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【完結】私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
第五章 青の海域

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青の海域-1

 船は無事に出航し、レオナルドの歓迎会もつつがなく終了した。というのも、ライアーを中心に一部の男性陣ががっちりとレオナルドを捕まえていたため、奏澄の方に来ることが無かったのだ。来れなかった、という方が正しい。

 酔い潰されるのではないかと奏澄は遠目から心配していたが、レオナルドも我が強いので、自分の意志はしっかり通していた。朝まで飲みそうな面子に引きずられることもなく、日付も変わる頃には部屋に戻ったようだ。レオナルドの部屋は相部屋なので、そのままゆっくり眠れたかどうかはわからないが。

 奏澄はマリーに愚痴をこぼしたり、ヴェネリーアで仕入れた酒の味見に付き合ったりしながら、楽しい時間を過ごした。


 しかし当然それでレオナルドが諦めるはずもなく。


 レオナルドは事あるごとにカスミに話しかけてきた。そしてそれを有志の乗組員が時々邪魔をする。

 何かを察知したらしいライアーと、それを聞いた数名の乗組員は「レオナルドをカスミに近づけない方がいい」と判断したようだった。しかし大半は「いい大人同士なのだから、行き過ぎた行為さえなければ当人たちの問題」という意見でいる。

 奏澄はもちろん後者に賛成なので、レオナルドとは適度に仲間の距離をたもっている。近づき過ぎはしないが、過度に避けたりもしない。

 メイズはと言えば、たまに視線を感じることはあるが、奏澄の言葉を気にしているのか何も言ってくることはない。奏澄の裁量に任せているのだろう。多少の信用は得られたのだろうか、と奏澄は少し安心した。


 この日も、上甲板で一休憩していた奏澄に、いつものようにレオナルドが声をかけた。


「カスミ。ちょっといいか?」

「レオ。珍しいね、髪下ろしてるの?」

「髪紐が切れちまって」


 いつもは後ろで一つに括られている黒の長髪が、今は背中に広がっていた。


「髪紐あるよ。貸そうか?」

「それもいいんだけどさ、良かったら簪の挿し方教えてくんない?」

「いいけど……レオが挿すの?」

「男が挿したらだめなやつ?」

「あ、ううん! そうじゃなくて。レオ、髪さらっさらだから……できるかなぁ」


 簪は癖毛の方が挿しやすい。細い髪や直毛は、髪がまとまらないのだ。

 レオナルドの髪を眺めながら唸る奏澄だったが、レオナルドは別段気にした様子もなく。


「ま、だめならだめで。やるだけやってみてよ」

「いいよ。じゃ、その辺座ってて。道具取ってくる」

「部屋行こうか?」

「それは無し」


 ちぇ、と軽く笑うレオナルドに苦笑を返して、奏澄は自室に向かった。

 軽口を叩いただけで、レオナルドも本気ではないだろう。よく話しかけてはくるが、強引な素振りは一度も無いし、過度なスキンシップも無い。奏澄の方も、二人きりにはならないようにしている。

 メイズはまるで奏澄が異性に対して全くの無頓着であるかのように言ってくるが、その実そんなことはない。レオナルドの件に関わらず、奏澄は以前から最低限の注意は払っている。それをレオナルドにも適応しているだけで、特別厳しくしているわけでも、逆に甘やかしているわけでもない。

 その最低限の基準が、メイズにとっては低すぎるのか、或いは偶然甘い場面ばかりが目に入っているのかはわからないが。


 鏡や櫛などを持って上甲板に戻ると、レオナルドが適当な木箱を椅子代わりに座っていた。


「お待たせ」


 一声かけて、奏澄は後ろに立った。レオナルドに鏡を二枚渡して、結っている間はそれを見ているように告げる。見づらくはあるが、これで後ろの手元も見えるはずだ。


「簪は?」

「これ」


 渡された簪は、シンプルな木製のものだった。一瞬サクラの簪を渡されたらと身構えた奏澄はほっとした。さすがに形見を扱うには自信が無い。


「じゃぁちょっと失礼して」


 レオナルドの髪を手に取り、軽く梳きながら一つの束にまとめ、捻じっていく。


「痛かったら言ってね」


 自分で挿す時は全く気にしないが、簪はかなりきつめに捻じり上げるし、挿す時も頭皮に当たる。下手をすると刺さる。そうでないと、少しでも緩めると簡単に解けてしまうからだ。

 人の髪をいじることなどあまりないので、どきどきしながら仕上げていく。


「よし、これでいったん……」


 まとまった、と思ったそばから、するりとほつれてしまう。


「うーん、やっぱりさらさらすぎる」

「難しい?」

「香油とかつけたらいけるんじゃないかな……。クリーム系のが良さそうだけど、何か持ってる?」

「いや。あんま髪とか気にしないし」

「手入れしなくてこれなんだ……羨ましい」


 羨望の眼差しで、奏澄はレオナルドの髪をすくった。どうして無頓着な人ほど高級天然素材を有しているのか。神は無慈悲だ。

 さらさらと流れる髪を手にして考える。奏澄の香油を使ってもいいが、それでもあまりしっかりまとまるとは思えない。今後レオナルドが自分でやるのだとしたら、本人が持っていない物を使うのもどうだろうか。


「ちょっと、変則的なことしてもいい?」

「お好きにどうぞ」


 許可を得たので、奏澄はレオナルドの髪を編んでいく。そのままだとするすると解けてしまう髪を編み込むことでなるべく束にし、髪紐で留めてぐるりと巻いて団子状にする。その根元に、簪を挿した。


「お母さんのやり方とは違うだろうけど……こういう感じなら、挿せると思うよ」


 今回は奏澄がやったが、レオナルド自身がやるならサクラの簪を使うのも有りだろう。もし今後簪を身につけたいのなら、結い方に拘るより、使える方法を提示した方がいい。


「……ああ。ありがとな」


 鏡の中のそれを、レオナルドは目を細めて見つめた。

 ひとまず気に入ってはいそうだ、と奏澄は胸を撫で下ろした。しかし、余計だった気がしなくもない。

 そもそもレオナルドは簪を販売していた。それを櫛のように挿すとも。結い方に拘らず、とりあえず挿せれば良いのなら、別に奏澄がやる必要は無かったのではないか。


「なぁ、カスミの髪でやってみてもいい?」

「へ!? な、なんで!?」

「俺の髪でできないなら、人の髪でやってみようと思って。俺の店でも売ってたし、客に説明できた方がいいからさ」

「ああ、なるほど」


 奏澄はあっさりと納得した。簪屋の店員は大抵他人の髪が結える。そこまで考えているかはわからないが、もし簪を布教させるなら、結えた方がいいだろう。

 だが、髪を触るという行為は、果たして簡単に許していいのかどうか。

 今までならこのくらいすぐ了承していたと思われるが、メイズから受けた注意もある。奏澄の脳内ジャッジが始まった。


 感覚的には、異性に髪を触れさせるというのはそれなりに特別な行為だと思う。美容院では男性に担当してもらうことも珍しくないが、あれはそういう職業だからだ。それを言い出せば、医者は体のどこにでも触る、ということになってしまう。

 では仲間に触らせるのはどうか、と言えば。奏澄を子ども扱いして頭を撫でる乗組員は一定数いる。ぐしゃぐしゃ、という効果音が似合うやり方だが。

 そして奏澄はライアーに髪をいじってもらったことがある。これは大きい。ライアーが良くてレオナルドが駄目な理由は何か、と問われたら、答えられない。

 厳密には、奏澄に好意を持っている可能性があるから、という理由はあるものの、確定ではないし、拒む理由にはしづらい。

 脳内ジャッジは「まぁいっか」の方へ軍配が上がった。


「いいよ。じゃぁ交代しよっか」


 奏澄は木箱に腰かけ、レオナルドが奏澄の後ろに立った。


「一応鏡見ておくね」


 奏澄は鏡を手にして、後ろ頭が見えるようにした。


「んじゃ失礼して」


 レオナルドの大きな手が、奏澄の髪をすくい上げた。

 するすると髪をまとめていく指は細く長く、繊細な作業に向いていそうだ。


「ほい。こんな感じ?」

「はや! ああうん、合ってる。さすが、器用だね」


 さすがは職人だと奏澄は感嘆した。一度やって見せただけで覚えて実践できるとは。

 ライアーもなかなかに器用だし、二人は実は話が合うのではないか、などと余計なことを思っていると。


 ちり、とうなじのあたりに何かが走った。


「……?」

「ん? 何、どうかした?」

「……いや、何も」


 思わずレオナルドを振り返ったが、特に変わりない様子だった。

 もやついた気持ちのまま簪を外そうとすると、レオナルドが制止した。


「せっかくなんだし、そのままつけときなよ」

「だってこれ売り物でしょ? 返すよ」

「やるよ。そのつもりで使ったんだし」


 レオナルドは微笑んでいるが、奏澄は困ったように眉を下げ、簪を引き抜いた。


「あ」

「ごめんね。知らないとは思うんだけど、簪を贈るのって、特別な意味があるから。受け取れないよ」


 レオナルドの手に返した簪は、海の色をしたとんぼ玉が付いていた。

 波間に光が反射するように、ちらちらと輝きが見える。硝子の中に粉か何か入っているのだろう。

 奏澄は目を伏せてそれを見た。

 綺麗だ。これが友達からのプレゼントだったなら、喜んで受け取っただろう。

 簪が特別な意味を持っていたのは昔のことで、現代では必ずしもそうとは限らない。まして、この世界では誰も知るはずもない。それでも、レオナルドから受け取るわけにはいかないと思った。


「ちぇ。プレゼント作戦は失敗か」

「気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう」


 寂しそうなレオナルドに、奏澄は胸が痛むのを感じた。

 人の厚意を無下にするような行為は、奏澄にとっては負担だ。それでも、ここの線引きはしっかりしておきたい。

 この簪をつけて、メイズには会えないと思うから。


 レオナルドが他の乗組員に呼ばれたので、奏澄は道具を片付けに部屋に戻った。

 一人になって、ふと思い出し、うなじのあたりをさする。


 あの感覚は、どこかで。


 しかしほんの一瞬だったこともあり、気のせいだったかもしれない、と奏澄はそのことをすぐに忘れた。

 第六感を馬鹿にしてはいけないと、常々思っていたはずなのに。

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