表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
第四章 緑の海域

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/82

カラルタン島-6

 翌日。コバルト号に来客ありと報告を受け奏澄が出迎えると、そこにいたのは顔を腫らしたアントーニオだった。


「ア、アントーニオさん!? ど、どうしたんですかその顔!?」

「あ……はは、ちょっと、殴られちゃった」

「殴られちゃった、って」


 まさか、自分が誘ったせいで。奏澄は青ざめた。


「これは、いいんだ。気にしないで」

「でも……!」

「それより、君に一緒に来てほしいところがあって。いいかな……?」


 遠慮がちな声だが、眼差しは真剣だ。奏澄はしっかりと頷いた。


「あの、メイズも一緒でも?」

「あ、も、もちろん!」


 少し迷ったが、アントーニオの事情はメイズも知っているし、護衛も兼ねて同行を許可してもらった。


 奏澄とメイズは、アントーニオに案内されるまま、黙って歩いた。何も言わないが、今のアントーニオからは暗い雰囲気は感じない。客と店員という立場ではなくなったからか、口調も砕けていた。仲間になるかどうかは抜きにしても、もう心配は要らないかもしれない。


「ついたよ」


 開けた場所に出て、強い風に奏澄は目を閉じ、髪を押さえた。ゆっくり目を開くと、そこは海を臨む墓地だった。


「ここ、って」

「ここにね、先代のお墓があるんだ」

「え……」

「って言っても、遺体はここにはないんだけどね」


 先代とは、アントーニオを店に誘ったという前の料理長のことだろう。二代目になった事情は知らなかったが、まさか亡くなっていたとは。

 アントーニオは、静かな笑みのまま、一つの墓の前に座り込んだ。奏澄は少し迷って、アントーニオの傍に立った。メイズは口を出す気は無いらしく、後方で傍観の姿勢だ。


「昔、あの店にセントラルから出張の依頼がきたんだ。本当は、ぼくが行くはずだった。でもぼくは、自信がなくて……見兼ねた先代が、代わりに行ってくれた。向こうでのイベントは大盛況だったけど、帰りに運悪く嵐に遭って。先代は、助からなかった」


 拳を握りしめたアントーニオに、奏澄は胸が痛んだ。


「店は二代目が継いで、何とかなったんだけど。二代目は、先代のことが大好きだったから、ぼくのことが許せなかった。お前が代わりに死ねば良かったのに、って」

「そんなこと……!」

「ぼくも、思ったよ。あんなに好かれて、頼られていた先代が亡くなって、どうしてぼくが生きてるんだろうって。あの時、ぼくがわがままを言わなければ、こんなことにはならなかったのにって。その引け目があるから、二代目に何を言われても、今までぼくは言い返せなかった。ぼくに当たって二代目の気が紛れるなら、それでもいいと思ってた」


 奏澄は言葉が出なかった。

 この人は。弱いから、臆病だから、何もできなかったのではない。

 強いから、優しいから、耐えてきたのだろう。それが理不尽な八つ当たりだとわかっていて。

 やり場のない悲しみを、受け止めてきたのだ。一人で、ずっと。


「でもそれは、二代目のためじゃ、ないよね」


 アントーニオは自嘲気味に笑った。


「ぼくは二代目に怒られることで、勝手に罰を受けている気になっていたんだ。そうする度に、ぼくは先代にしたことを思い知って……二代目は、嫌でも先代を思い出す。今ぼくが二代目のために、店のためにできることは……多分、あの場を離れることだ」


 それは。果たして、それで、いいのだろうか。それでは結局、わだかまりは解けないままだ。


「後ろ向きな理由だって、思ったかな?」


 アントーニオに見上げられて、奏澄はどきりとした。思っていたことを、見透かされたようだった。


「アントーニオさんは、それで、辛くないんですか。結局、恨まれたままじゃないですか」

「うん。そうだね。だから、殴られちゃったんだけど」


 から笑いするアントーニオだったが、何故かふっきれたような顔をしていた。


「でもぼくは、これで良かったと思ってる。例え許されないとしても、逃げ出したと後ろ指をさされても。誰かに許しを乞うような生き方じゃなくて、ぼくを必要としてくれる場所で、ぼくにできることをして生きたいから」


 そう言って、アントーニオは墓に手を合わせた。


「だから先代。ぼくは、あの店を、この島を、出ます。あなたが教えてくれたことを、忘れてしまわないように。場所は変わっても、ずっと料理を作り続けます。ぼくを見つけてくれた人のために」


 決意を込めたアントーニオの言葉に、奏澄はそっと隣に座って、手を合わせた。


「先代さん。アントーニオさんを貰っていきます。大切にすると、約束します。安心してください」


 至って真剣に言ったつもりだったが、言った後で、なんだか嫁に貰い受けるようだなどと思ってしまった。言葉の選択を誤ったかもしれない。


「ごめんね、こんなところまで付き合わせて。どうしても、先代の前で話したかったんだ」

「いえ。むしろ、大切な場所に連れてきていただいて、ありがとうございます」

「えっと、それじゃ、改めて」


 立ち上がって、ズボンで手を拭ってから、アントーニオは背を丸めて奏澄に手を差し出した。


「ぼくを、船に乗せてください」

「はい。歓迎します、アントーニオさん」


 奏澄はその手をしっかりと握って、笑顔を見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ