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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
四章 ラ・ガーディア-四葉の国-

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空っぽのデューイ

 リンデル将軍の保護下に置かれて七日が過ぎた。

 宅邸内を自由に行き来できない不自由はあるものの、使用人たちは皆やさしくなにかとレオナたちを気遣ってくれる。ここ数日は寒さが厳しかったので暖炉に火を絶やさないようにと執事長が何度もきてくれたり、大台所の料理長がイレスダート人にも好みの味付けを気にしながら料理を出してくれたり、侍女たちが新しい旅服を持ってきてくれたりと至れり尽くせりだ。

 私たちは軟禁されているのであり、これは監視されているだけなのです。

 レオナの傍付きは何度も忠告する。考えすぎではないかと、レオナはルテキアに苦笑いで返す。彼らは将軍が連れてきた客人を歓迎しているだけで、リンデルの人となりがそうさせているのだと、レオナはそう思う。

 この家にはリンデルの他の家族はおらず、早逝した妻が残した二人の息子たちはとっくに独立してサラザールの文官になったという。どちらも気が優しくて内部で苦労しているのだと侍女たちの話をきいて、レオナは複雑な気持ちになった。

 幾日経ってからやっとルテキアの言葉の意味がわかった気がする。

 どんなにリンデルが人徳のある人間だったとしても、将軍は王国軍側の人間には変わりなく、けっきょくは解放軍の敵でしかないのだ。

 はやくここから抜け出さなければいけない。そう思ってもレオナたちは自由に動けずにいる。監視という言葉もたしかにそうだろう。心配性の使用人たちはこれからはじまる王国軍と解放軍の戦いに巻き込まれないようにと、レオナたちをここから出してはくれない。それになによりもシャルロットだ。レオナはずっと伏せったままの少女を見る。あれ以来、オリシスの少女は一日のほとんどの時間を寝台の上で過ごしていた。

 夕食の時間にもシャルロットはミルク粥をすこし食べただけだった。レオナもルテキアもあまり食が進まず、ゆっくりと胃の腑に収めていく。温野菜のサラダにライ麦のパン、人参を裏ごしした甘いスープと根野菜を包んだオムレツ。魚や肉料理はほとんど出てこなかったがいずれも薄味に変えてくれている。サラザールの情勢はイスカのシオンからもきいていたので、やはりいつまでも自分たちが客人としてここに居座るわけにはいかないと、レオナはそう思う。ここの人たちはやさしいからこそ、善意に甘えていては心が苦しくなる一方だ。

 食事が終わったあと、リンデル将軍が訪ねてきた。

 ずっと具合の悪いシャルロットのために新しい医者を連れてきてくれたらしい。今度の医者は若い男で、その顔が見えたとき思わずレオナは声を出してしまうところだった。

 若い医者はレオナたちを横切ると寝台のシャルロットに何かを話し掛けている。レオナはルテキアを見る。傍付きは毅然とした面持ちでいて、とにかく落ち着くように目顔でレオナに訴えた。

 そうか、ルテキアは彼に医者の知識があることを知っているのだ。そういえば魔道士の少年も薬には詳しかったし、それを実の兄から習ったのだと言っていた。だとしても、いったいどうやってリンデル将軍に接触したのか。

 一人はらはらした思いで見守るレオナにリンデルはやさしく微笑む。心配は要らない。好々こうこうやの顔で見つめるリンデルはあの子の祖父みたいだ。実際そうだったのだろうか。シャルロットの母親を知っていたリンデルはかの人を娘のように思っていたのかもしれないし、その娘に対する気持ちも偽りのないやさしさだ。

「薬をいくつか処方しておきましたので、しばらくはこれで様子を見てください」

 若い医者がそう言った。レオナには目も合わせてくれないので、彼が何を考えているのかわからなかったが、少なくとも余計な声をしてはならないと思った。リンデルが若い医者に銀貨を二枚手渡すのが見えた。彼は無言で懐へとしまうと、反対にリンデルに紙切れのようなものを渡した。

「これは……?」

「あなたの息子を名乗る男から預かりました」

 リンデルの顔つきが変わった。二人のあいだに、しばらく緊張した沈黙が流れた。

「叛乱軍の決起は近い。……どう答えるのかは、あなた次第です」

 それだけ言い残して若い医者は出て行った。リンデルは彼を追わずただため息をひとつ落とすと、レオナたちに向き直った。

「心配は要らない。そなたたちは必ず国に返そう」

 老将軍の笑みに胸が苦しくなる。本当のことを言えば楽になれるのかもしれない。たぶん、ブレイヴたち解放軍はリンデル将軍を味方につけようとしている。こちらの事情を皆まで話してしまえば、リンデルは力を貸してくれるのではないか。けっきょく思いを留めたまま、レオナはリンデルの足音が遠ざかっていくのをただきいていた。シャルロットが待っている。

「セルジュは、なんて言ったの?」

「迎えがかならず来るから、このままここにいなさい、って」

 やはり、解放軍はまもなく動き出す。

「それから、これ……」

「軍師殿はこんなに薬を寄越したのですか?」

 少女が握りしめている麻袋を見て、ルテキアが言う。

「ううん。ちゃんと動けるように、食べなさいって」

 麻袋のなかからはお菓子がたくさん出てきた。胡桃と無花果いちじく入りのケーキの他にも焼き菓子が入っている。あの見るからに融通の利かない堅物の軍師が自らこれを買ってきたのかと思えば、ちょっと可笑しくなってレオナは笑ってしまった。でも、彼はあれでやさしいところもあるのだ。

「ねえ、レオナ。あのひと……、だいじょうぶだよね?」

 少女の薄藍の瞳がレオナを見つめている。どう答えれば少女を安心させられるだろう。リンデルは敵だ。解放軍がこれから戦う相手、大丈夫だなんて無責任な発言はできない。

「だからセルジュは、きてくれたのよね?」

 はっとして、レオナは伸ばしかけた手を止めた。カナーン地方を抜けてウルーグに来た。もともと華奢だった少女が旅のあいだにもっと痩せてしまった。イスカですこし元気になったはずが、サラザールで逆戻りだ。でも、この少女は聡い。きっとあのとき、リンデルが語った話もきいていたし、己の出自にも気がついている。 

「ロッテは、どうしたい?」

「あのひとを、たすけたい」

 レオナはうなずく。たとえこれから戦いがはじまろうとも、その思いはレオナも一緒だ。

「それに、にげたくないの」

「ロッテ……?」

「私のほんとうの母さま。ずっと贖罪ばかりつづけていて、だから私……生まれてきてはいけない子なんだって、そう思ってたの」

 否定しようとして、けれどレオナは声を止めた。最後までちゃんときいてあげよう。レオナは傍付きと目配せする。

「ラ・ガーディアから最後はオリシスに流れ着いて、しばらくは大聖堂でお世話になっていたけれど、母さまは死んでしまった。そのあと、オリシスの公爵家に呼ばれて、アルウェン様の養女になって。でも、私ずっと苦しかった。みんなに大事にされるたびに、こわくなるの。私は要らない子なのに、って」

 シャルロットは大切な瑪瑙オパールの首飾りに触れている。

「アルウェン様もテレーゼ様も、ロア姉さまもみんなやさしかったの。みんな私の本当の家族じゃないのに、私には本当の母さまも、兄妹だっているのに……。でも、そんなのは関係なかった。だって、私はみんな大切だったもの。それなのに、私。あのひとのこと……アルウェン様を、一度だって父さまって呼んであげられなかった」

 透明な雫が少女の目から落ちていく。後悔、懺悔、哀愁。どれも少女の本当の心だ。

「クリスがね、言ってくれたの。じゃあ、今度は大切なひとたちを大事にしてあげなさいって」

「ロッテ……」

 白皙の聖職者は、ラ・ガーディアへの旅の途中でシャルロットに寄り添っていた。常日頃から人々の告解をきいているクリスは、人の心をほぐしてそれから本当の声を引き出してくれる。クリスにこの少女を託してよかった。レオナはそう思った。

「ねえ、レオナ。私、まだ間に合うかな……? たしかめるために、ここに来たの。だからもう一度、会ってちゃんと話がしたいの。私を、見つけてくれたから」

「ぜんぶ終わったら、いっしょに会いに行きましょう?」

 レオナはシャルロットを抱きしめる。涙でぐちゃぐちゃになった少女の顔を手巾ハンカチーフで拭いてくれるのはルテキアだ。

「もちろん、そのときは私も一緒です。あの男は逃げてしまうかもしれませんから」

 絶対に逃がしません。鼻息を荒くする傍付きに、レオナもシャルロットも思わず笑ってしまった。












 両親を思い出すたびに、それは絵本のなかに描かれたようなどこかの他人の家庭みたいだなと、いつもデューイは思う。

 王宮の庭師だった父親は職人気質の頑固者、いつも口をへの字に曲げた無口な男で、反対に母親はいつも明るくお喋りだった。物心ついた頃から昼間は両親どちらも家にいなかったので、幼いデューイは近所のじいさんのところに預けられていた。

 父さんは城に、母さんは下流貴族の家に働きに行っている。二人とも働き者の良い若者だよと、じいさんはいつもそう言っていた。夕暮れがはじまるくらいに母親が迎えに来て、晩ごはんのいいにおいがする頃に父親が戻ってくる。長机にはいつも花が飾られていて、お待たせと言って母親が鍋ごと持ってくるのは根菜のシチューだ。たぶん明日もシチューで明後日もきっとおなじ、けれどもデューイは母親の作ったシチューが大好きだった。

 いわゆる中流家庭で育ったデューイは、食卓に並ぶのが固くて酸っぱい黒パンとスープ、たまに出てくるニシンの塩漬けとしょっぱい乾酪チーズも、質素な食生活だと思わなかったし、いまでも思い浮かべると口のなかに唾が沸く。黙々と食事を進める父親とずっとたのしそうに喋っている母親と、デューイはちぎった黒パンをスープに浸してから口に入れる。それすら自分ではなく、実は他人の記憶なのではないかと、時々思う。ああ、そうか。あのあたたかさは、もう二度と戻っては来ないからだ。

 いきなり投げられた林檎をデューイは落っことしそうになった。ガゼルがにやにやとしている。こういうとき、ガゼルはいつも勝手に人の心を読んでいる。

「お嬢ちゃんは元気そうみたいだな」

「……また寝込んでるって、そうきいたけどな」

 片眉をあげるガゼルを無視してデューイは林檎に齧りつく。固い上に酸っぱくて水気もない林檎だ。最初にガゼルがデューイに与えた食事も不味い林檎だった。路地裏で猫のように丸くなって眠る。空腹とあまりの寒さに何度も目が覚めては厨芥ちゅうかいを漁りに行く。まるで自分がごみみたいだ。嫌なことを思い出しかけて、デューイは夢中で林檎を囓る。

 ある日突然、母親がいなくなって、しばらくして父親が城から帰ってこなくなった。面倒を見てくれていたじいさんも死んで、デューイは本当に一人になってしまった。貧困窟へとたどり着いたときのデューイは空っぽだった。服はぼろぼろ、お腹はぺこぺこ、喉はカラカラ。そうした子どもは他にもたくさんいて、別にデューイだけが特別じゃなかったのに、ガゼルはデューイを見つけた。手負いの猫みたいに暴れるデューイを手懐けるのは苦労しただろうに、けっきょく最後まで自分の手元に置いた。この男も変わり者なのだろう。デューイはそう思う。

 芯まで残さずに林檎を食べた。露天で盗んできた林檎を巡って殴り合いをするような世界だ。自分の分はなかったらしく、ガゼルはデューイが食べ終わるまで黙って見ていた。こういうときだけ父親面するところは昔とぜんぜん変わっていない。

「なあ、上手くいくと思うか?」

 サラザールに帰ってきてからずっとききたかった。ガゼルの周りにはいつも仲間たちがいたし、他にもイレスダート人やらがいる。二人きりになれる時間はそうそう見つからず、そもそもデューイは勝手にサラザールを飛び出した身だ。

「上手くいってくれなければ困る」

 当たり前の言葉で返してくるガゼルに辟易した。この男はいつもそうだ。あれこれと説教をするくせに、肝心なところではぐらかす。けれど、ガゼルが皆を導いている。ガゼルの言葉で皆が動く。

「リンデル将軍のことはよく知ってるんだろ? 将軍は、本当にこっちの味方になってくれるのか?」

「いいや」

 デューイはぎょっとして辺りを見回した。路地裏には二人の他に誰もいなかったものの、絶対に仲間たちにはきかせられない声だ。

「おいおい。じゃあ、何のために、」

「いいじゃないか。軍師殿が行ってくれたおかげで、お嬢ちゃんたちに知らせることができたんだ。あとは迎えに行ってやるだけだ」

「そうじゃない。あんたは将軍に伝えたかったんだろ? なんて書いて渡したんだよ」

「不肖の息子から、親父へと感謝の気持ちだ」

 こいつ殴った方がいいんじゃないのか。すんでのところでデューイは止まった。ガゼルみたいな大男に挑めば痛いだけじゃ済まなくなる。少年の頃、何度もやり合ったデューイは身を以て知っている。

「なんだよ。いまになって怖じ気づいたとか、そんなのはナシだろ」

 ガゼルはただ笑っている。本当にそうなのかもしれない。

「リンデル将軍に賭けるって言ったのはあんただ。それをいまさら、」

「そうは言っても、あのじいさん頑固者だからな」

「あんたの父親みたいな人だったんだろ? どうにかするのが息子の役目なんじゃないのか?」

「父親……、まあそうだな。親父でもあり友でもあり、恩人でもあるな」

「なんだよ、それ。意味わかんねえよ」

 くそ、やっぱり殴ればよかった。収拾のつかない自己嫌悪に駆られてデューイはガゼルを睨みつける。ガゼルはずっとにやにやしている。それこそ、ちゃんと大人になった息子に向ける目でデューイを見つめる。

「俺がもし、リンデルの立場だったらお前は止めたか?」

「はあ? そんな無駄なことするわけないだろ」

「そういうことだ。しかもな、あいつは騎士だ」

 意味がわからない。会話をさっさと終わらせようと、デューイは歩き出そうとする。

「まあ、待て。お前はイレスダートの騎士とずっと一緒だったんだろう? なら、見てきたはずだ」

「知らねえよ。……たしかに公子は国を追われてるって話だけど」

「騎士はどうあっても主君を裏切れない。そういう生きものだ。剣を捧げた相手を守り通す」

「いや、けど公子は主君にっていうよりも」

「なら、お姫さんがブレイヴの主君みたいなもんなんだろ」

 さっぱりわからん。お手上げだ。諦めてガゼルから視線を外した前に、魔道士の少年が現れた。

「親子喧嘩ですか?」

 いつも着ていた白い長衣ローブはここにいればすぐ汚れてしまうので、古着にちゃんと着替えている。寸法が身体に合っていないので少年がより子どもみたいに見える。まるで、少年の頃にガゼルのお下がりを着ていたデューイのように。

「そうじゃないよ」

「そんなところだ」

 二人が同時に答えたのでアステアはぷっと吹き出した。

「みなさん、ガゼルさんを待ってますよ」

「ああ、いま行く」

 大男の背中に向けてため息をおとしたデューイに、魔道士の少年はまだ笑っている。

「早く迎えに行きましょうね。きっと、会いたがっていると思いますよ」

 デューイはまじろぐ。あの子は王の落胤らくいん。少女の出生の秘密を皆まで語ったデューイは()には触れなかった。でも、皆もう知っている。

「いろいろありましたけど……。でもサリタのあの街であったこと、偶然とかじゃないって、僕は思うんです」

「ふうん。アステアは運命とかそういうの信じるたちなんだ?」

「そんな大げさじゃないです。なんて言ったらいいのか……、そう縁です。繋がりって言うのかなあ?」

 ぶつぶつと独り言を落とすみたいにつづけるアステアにデューイも笑う。

「そうだな。アステアも兄さんと会えたもんな」

「はい! だからデューイさんも、見つけたのならぜったいに目を離しちゃだめですよ」

「なんか……、アステアが言うと説得力あるよな」

 たしかに偶然だと思う。サリタの街でレオナたちに会ったのも、そこでオリシスの少女に会ったのも。けれども、その先は人の意思だとデューイは思う。

 ラ・ガーディアへの案内役を買って出たのはずっと探していた()()を見つけたからだったし、あわよくばサラザールに公子を関わらせようとしていた。デューイがあれこれと画策しなくとも、けっきょくブレイヴたちはサラザールへと来た。

 王政が成り立たずに壊れかけたラ・ガーディアの最果て。養父であるガゼルがやろうとしていることなど非現実的で、だとしても勝手に死なせたくはなかった。もっと大勢の人間が関わってくれば、他の国も動き出せば現実に近づくかもしれない。当たりだった。それを運命なんて言葉だけで済ませるつもりはないけれど。

 デューイは服のなかに忍ばせてある瑪瑙オパールの首飾りに触れる。

 空っぽの少年。でも両親が残してくれたふたつの首飾りと、それから兄妹がデューイには残っている。

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