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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
四章 ラ・ガーディア-四葉の国-

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求めたのは言葉よりも

 イスカの冬は厳しいときいていたが、日中には耐えられた寒さも夜になると胴震いするくらいに冷え込んだ。

 吹き抜けの長い回廊の外を見てみれば雪が降っている。どうりで寒いはずだ。大広間では蒸留酒ウイスキーが振る舞われているようで、しかしこうも冷えるとあたためた果実酒がほしくなる。

 回廊を擦れちがって行くのはイスカの戦士にウルーグの騎士、あるいはフォルネの文官もいる。数日前まで戦場で戦っていた者同士でも、ひとたび剣を収めれば皆はもう兄弟も同然だ。イスカの戦士がウルーグの騎士に戦士の祈りの動作を教えている。左手は開いて右手に拳を作る。イスカでは拱手きょうしゅと呼ばれる伝統的な礼儀作法でもある。

 右手に拳を、左手でそれを包み込む。

 ブレイヴもシオンから習い、イスカの要人と会ったときにはそうやって挨拶を交わす。なるほど、イレスダートやウルーグでいえば、これは握手の代わりなのだろう。

「すこしは慣れたか?」

 前を行くシオンはブレイヴを置いていく勢いで進んでいくので、追いつくのも大変だ。イスカの王城は入り組んでいるために、ちょっとよそ見でもしようものならば迷子になりかねない。苦笑いで返したブレイヴにシオンはにやっとする。

 あの言葉の意味はふたつ。拱手と、それからイスカの王城にと両方の意味だろう。

 最初の一日はそれぞれの軍を纏めたり、怪我人たちの治療をしたりととにかく追われた。

 イスカでは治癒魔法の使い手がいないので、ウルーグの魔道士部隊の到着を待ってからが忙しくなる。とはいえ、主だった者たちは他にもやるべきことがたくさん残されていて、フォルネのルイナスやウルーグの姉弟を集めて話ができたのが二日目、あくる日になってようやく城内を自由に行き来することが可能になった。

 シオンから幼なじみがここにいるときいて、驚きと安堵が一度にやってきた。

 二人は人質として連れて行った。そう言って笑うシオンにブレイヴも苦笑した。しかし安否を確認できてほっとするのも束の間、彼女が倒れたと知って居ても立っても居られなくなる。ブレイヴの軍師は獅子王のところに行ったので、そのあいだにブレイヴはシオンを捕まえる。心配は要らない。目顔でそう言ったシオンに対してブレイヴの顔は冴えない。

「以前、あれに問うたことがある。お前はイレスダートに戻らなくてもいいのか、と」

 返ってきた声は容易に想像がつく。シオンが相好そうごうを崩す。

「あれはなかなか頑固な男だ。帰るべき場所も、あるべき主君もいたくせに首を縦には振らなかった」

 スオウはセルジュを許すだろうか。答えはきかずともわかっている。

「まあ、私からすれば恩を仇で返された気分だがな」

 当てつけにもブレイヴは笑って返すしかない。不思議な人だ。シオンもスオウも。ブレイヴは彼らの友だった一人の戦士を思う。不幸な出来事だったと、そんな言葉だけで片付けられない絆が彼らにはあったはずで、本当ならセルジュはとっくに処刑されている。それでもシオンもスオウも、セルジュをブレイヴのところへとちゃんと帰してくれる。そこが、軍師にとってあるべき場所だと知っているからだ。

「お前の周りには面白い人間ばかりがそろっているな」

 ブレイヴはまじろぐ。惚けたふりをしても無駄かもしれない。

狷介けんかいな軍師に赤い悪魔、それに箱入り娘に見えてあれはなかなかのじゃじゃ馬だな」

 それは褒め言葉か何かだと、ブレイヴはそう受け取っておく。

「逃げだそうとでもしましたか?」

「いいや。だが、私に向かって啖呵を切った。それに()()()()()()()()()などとのたまうような姫さまだ。マイア王家の人間は皆ああなのか?」

 さて、どう答えるのが正解か。ブレイヴはすこし考えてみたがそのあいだに目的地に着いたようだ。

「邪魔をするよ」

 部屋には扉はないため、ノックの代わりにシオンは声を掛けた。返事がきこえる前にシオンは入室する。寝台の他には蘇芳色の絨毯が敷かれただけの部屋に、幼なじみともう一人がいた。

「また、ここにいたのか?」

 シオンに咎められて、子どもが幼なじみのうしろに引っ込んだ。濡れ羽色の髪はイスカの子の証。黒曜石のような瞳は母親そっくりで、太眉とぷっくりと厚い唇は父親に似ている。

「だって、おはなしをききたくて……」

「そう毎日纏わりついたら迷惑だろう? それにこの時間は剣の稽古じゃなかったか? じいが探していたぞ」

「はあい」

 子どもはしぶしぶといったように返事をして幼なじみから離れた。二人のやり取りを見て、遠い故郷のアストレアと自身の母親を思い出した。シオンはブレイヴよりもせいぜい十歳そこら上、自分の母親みたいだと言えばきっと怒る。

 シオンのうしろで隠れていたブレイヴに気づいた子どもは、知らない大人だと認めて目も合わせずにささっと出て行った。そのちいさい背中にため息がおりる。

「すまん。あれは人見知りする子どもでな。どうにも気が弱くて難儀している」

「きっと、獅子王に似ているんですよ」

 スオウのような強い戦士になって、やさしく温和な大人になるだろう。

「ブレイヴ……?」

 そして、幼なじみもやっとブレイヴの存在に気がついたようだ。蘇芳色の絨毯の上には絵本が散らばっている。シオンの子に読みきかせていたのだろう。幼なじみはすっくと立ちあがり、ブレイヴのもとへと駆け寄った。

「ブレイヴ! よかった……。無事、だったのね」

 泣くのを堪えているのか、幼なじみの声は震えていた。ブレイヴはまず笑みで応える。大丈夫だと、そうつづけようとしたものの、幼なじみの次の声が早かった。

「たくさん、戦ったのでしょう? 怪我はしていない? 獅子王と戦ったって、そうきいたわ。もし、手当てがまだならわたしに、」

「レオナ」

「セルジュとエリスも一緒だったのでしょう? ふたりとも、無事なのね? それに、クライドとフレイアも。まだここには来ていないのね?」

「レオナ、待って。それよりも、きみの」

「他に怪我をした人はいるかしら? わたし、もう動けるからだいじょうぶ。みんなの傷を癒やすことだって、」

「レオナ!」

 幼なじみがびっくりして声を止めるのと、シオンが大笑いするのとほぼ同時だった。ブレイヴとレオナはそろってシオンを見る。 

「まったく、見ていて飽きないな」

 言いながらシオンはまだ笑っている。急に恥ずかしくなったのか、幼なじみは一人分の距離をブレイヴから空けた。

「じゃあ、私はもう行く。ルイナスが今日帰るらしいからな。一応、見送りくらいはしてやるさ」

 どうぞごゆっくり。シオンは片目を瞑って、それから出て行った。獅子王の連れ合いであるシオンにはまだ終わっていない務めがたくさんあるはずで、それなのに自らブレイヴを彼女のところに連れてきてくれた。あとでちゃんと礼を言うべきだろう。

「あのね……、シオンも何度かきてくれたの」

 やさしいひとね。幼なじみはそうつづける。

「あなたのことも、みんなのことも。きいてはいたけれど……、会ってたしかめるまでは心配で」

 心配性な幼なじみらしい。手と手を重ねてもう大丈夫だと、たしかめ合う。

「エリスはエディと一緒にいる。二人とも無事だし、セルジュはいま獅子王と会ってる」

「うん……」

「俺も大丈夫。手当てはセルジュがしてくれた」

「セルジュは、治癒魔法が使えるのね?」

 とはいえ、本職である者に比べたらあくまで応急処置程度だ。これを言えば幼なじみが自分の力を使いかねないので、ここは黙っておく。

「ルテキアとアステア。それにクリスとシャルロット。皆、ここに来てる。もう会った?」

「ううん、まだ。ちょっと会うのがこわくって。たぶん……、怒ってると思うから」

「どうして?」

「わたしたち……、エディとディアスと。先に監獄の街に向かったの。そのあと、イスカに行くことになって。みんなに会えないままで」

 レオナが心配性ならば傍付きであるルテキアだってそうだし、魔道士の少年やオリシスの少女もきっと幼なじみを案じているだろう。

「クライドとフレイアも大丈夫だ。俺もまだ二人には会えていないけれど、ちゃんと治療を受けているってきいたから」

「そう……」

 幼なじみが安心するように順番に皆の名前を出していく。そうしてようやく安堵したらしく、レオナはやわらかい笑みを見せてくれた。

「あっ、そうだわ。ディアスもね、すこし前までいたのよ。あの子がきてからどこかに行ってしまったけれど……。でも、だいじょうぶ。ずっといっしょだったから」

 それは知っている。レオナをディアスに託したのはブレイヴ自身だ。きっと、ディアスならば彼女を守ってくれる。ウルーグにて、一度は話をきく前から断られたけれど、二度目は有無を言わさず押し通した。これでレオナは危険から遠ざけられた。そう思っていた。

 だからこそ、あれは想定外だった。

 白の少年。あの子どもがふたたび現れて、そして彼女たちを襲うなど思いもしなかった。ブレイヴは唇を噛む。考えが甘かったといまさら悔やんでもどうしようもない。白の少年の()()()()()()()()()判明しない限り、対抗策などいくら考えたところで無意味なだけだ。

「ブレイヴ?」

 沈黙が長すぎたのかもしれない。幼なじみがブレイヴの顔を見あげている。

「ごめん」

「どうして、あやまるの?」 

「危険な目に遭わせてしまった。だから……」

 そんなこと、気にしなくてもいいのに。幼なじみがそうつぶやく。やさしくあまやかな、人の心を蕩かすような微笑みが見える。でも、ブレイヴは笑うことができない。

「きみを、失ってしまうところだった」

 ディアスならばレオナを守ってくれる。随分と勝手で押しつけがましい感情だ。赤い悪魔の異名を持ち、こんな遠い西の国の戦士にもその名が通っているディアスでも、異形の力には勝てなかった。だから幼なじみはまたあの竜の力を使ってしまった。守れてないじゃないか。エディから仔細をきいたとき、無意識のうちに作った拳が震えていた。先にディアスと会わなくて正解だったと思う。理不尽な言葉で、もう一人の幼なじみを傷つけるところだった。

「だいじょうぶ。だって、もう戦いは終わったのでしょう?」

 逃げ出したくなったのはどうしてだろう。ブレイヴは幼なじみの目を見た。青玉石サファイア色の瞳はこんなにもやさしい色を宿している。

「まだ、終わりじゃないんだ。これからも、まだ」

「でも、きっと良い方に向かっている。そうじゃないと、みんなあんな風に笑えないよ? 終わらせることはできる。あなたには、それだけの力がある。だからみんな、あなたと一緒にあるのだと思う」

 彼女の瞳に映る自分はただの人間だ。イレスダートの聖騎士。そんなものはただの称号でしかない。自分たちの仲間がここに帰ってきても、すべての命が還ってきたわけじゃない。兄弟国でありながらも憎しみあい戦ったウルーグの騎士たち、イスカの戦士たち、そのどちらでもない傭兵たちも死んだ。犠牲が少なかったからよかっただなんて、誰が言えるだろう。そんなことはレオナだってわかっているし、だからこそ言葉に乗せているのかもしれない。

「俺は……、」

 ブレイヴは幼なじみの前でうまく笑うことができずにいる。最初にエリンシアの申し出を受けたときに、すべてを受け入れた。これは、守るために選択した道であり、何を利用したとしても前に進むためには仕方のないものだと、割り切っていた。けれど、レオナにもディアスにも見抜かれていたのだろう。だとしたら、これは見せるべきではない感情だ。押し殺したままでいるべきだ。それなのに――。

「俺は、ずるい人間だから。これは善意なんてものじゃない」

 ブレイヴの唇からは勝手に言葉が紡がれていく。

「ルイナスの頼みを受けたのも彼の友人になったのも、エリスに手を貸したのも、スオウたちの代わりにサラザールに行くのも、ぜんぶ自分のためだ。彼らに恩を売って、それをイレスダートに戻る力にしようとしている」

 幼なじみから目を逸らそうとしてもできなかった。真っ直ぐで偽りのない目が、ブレイヴを見つめている。彼女は嘘を吐くのが下手な人間だから、偽りを声に乗せてもすぐに見抜かれてしまう。

「間違っていると思う。こんなやり方は、きっと許されない」

「でも、みんなあなたを信じてる。ディアスやセルジュだけじゃない。ここまでいっしょにきてくれたみんな。それだけじゃない。ルイナスもエリスもエディも、シオンもスオウも」

 あたたかいと思った。繋いだ手のぬくもりが愛おしくて、彼女にもっと傍にいてほしくなった。人はこの感情を何と呼ぶのだろう。

「こんなに弱くて浅ましくて、ずるい人間なのに?」

 作り笑いなんて彼女の前では意味がなかった。

 善人のふりをつづけているだけだ。本当の自分を欺いたところでいつかは露見する。軽蔑、あるいは失望しただろうか。おそろしくて、彼女の目を真っ直ぐに見られない。目を逸らさないで。幼なじみがそう言った気がした。レオナの手がブレイヴの頬へと伸びる。両の手で包み込んで、そうして彼女は微笑む。少女の頃の幼さはもう見えない。

「半分は本当で、でも……もう半分は嘘だわ」

 囁くようなあまやかな声が、ブレイヴの耳朶を打つ。 

「だって、あなたはやさしすぎる。ねえ、ひとりで抱え込まないでって、そう言ったのはブレイヴよ?」

 覚えている? と彼女の目がそう言った気がした。

 ブレイヴは目をみはった。あれはオリシスの庭園だった。自分の落とした声を忘れるくらい無責任な人間じゃない。失念していたのはこんなにも情けない自分に嫌気が差していたからだ。

「きみを、レオナを――」

 失いたくない。ブレイヴはふたたび幼なじみと手を重ねた。清冽せいれつな花のにおいがする。その純真たる青玉石の瞳に吸い込まれそうになる。留めていた理性のたがが外れたそのとき、ブレイヴは幼なじみの腰に手を回した。

 彼女が、名前を呼んだ気がする。

 貪るように唇を奪ったあと、吐息が漏れた。逃げようとしたのだろうか。離れたはずの唇を舌でこじ開けて歯列をなぞる。声にならない声がきこえる。舌を絡ませ合い、十分に彼女を味わってからようやく解放する。呼吸さえも許さなかったせいか、幼なじみの目の縁に涙が溜まっている。唇で涙を吸い取ると、びくりとレオナの身体が震えた。

 ブレイヴはもう一度、謝罪を口にする。いまさら謝ったところで遅いのもわかっていたし、自分がひどい人間であるのも認めている。だとしても、いまだけはこのひとを離したくはなかった。

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