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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
一章 イレスダートの聖騎士

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来訪者

 ガレリア城塞へと戻ったブレイヴを待っていたのは、上官の容赦ない罵倒の嵐だった。

 ランドルフという男はルドラス人をとにかく嫌悪している。旅商人や巡礼者であろうともけっしてガレリアに入れなければ、攻撃を加えるような男だ。たしかに、イレスダートとルドラスは戦争をしている国同士であり、敵と敵だ。けれども、ブレイヴはそれがすべてだとは思わない。そうでなければ、どちらかが滅びるまでこの戦争は終わらないからだ。

 上官は唾を飛ばしながらブレイヴを口汚く痛罵つうばする。

 報告を怠ったことも独断で動いたことも、紛れもない事実だ。では、どうあるべきだったのか。ブレイヴは己に問う。あのルドラス人を即座に拘束して上官へと引き渡す。男が言葉を落とすよりも前に、ランドルフは首をねる。城塞の警固をより厚くして、二度とルドラス人など入れないように下命かめいする。それで、終わりだ。

 ブレイヴの前には少年兵の遺体が転がっている。

 子どもの手足の爪はぜんぶ剥がされていて、身体中に殴打の痕が残されていた。ブレイヴは己の感情を殺す。イレスダートでは拷問は禁止されているはずだ。しかし、白皙の少年はすべてを告白しても許されなかった。ならば、ブレイヴもまた同罪だろう。

 聖騎士を拘束し、ただちに投獄せよと言い放つランドルフに動揺したのは、ガレリアの騎士たちだ。上官の声は絶対だが、ブレイヴはイレスダートの聖騎士である。ここにいる誰一人、その権限を持たない。だが、逆らえば自分が殺されてしまう。

 胴震いする騎士たちの前に立ったのは、ブレイヴの騎士ジークだ。

「ランドルフ卿のおっしゃることはもっともです。しかしながら、聖騎士であるこの方を牢に処するというのは、卿の……、いえ、軍やその上に立つ王の外聞に関わるのではないでしょうか? このような事態になり、冷静ではいられなくなるそのお気持ちはわかります。だからこそ、すこし落ち着かれて、いま一度ご遠慮ください」

 主の潔白をただ訴えるのでは逆効果だ。だからジークはあえて上官の立場を顧慮こりょした物言いをする。ブレイヴはジークの横顔を見た。感情を読み取らせない目は、まさしく騎士のそれだ。上官がそこで押し黙ったのもジークに気圧けおされたからだろう。唇をわななかせて、くぐもった声を喉の奥から絞り出すランドルフを他の騎士たちも諫める。しかし、ブレイヴは許されたわけではなかった。

「次の軍法会議で、貴様の聖騎士の称号は剥奪されるだろう。アストレアなどに味方する者は誰一人としていない。そのときが、たのしみだ」

 ランドルフは嗤う。ブレイヴが一介の騎士であれば、きっとあの少年のように殺されていた。己の言動のすべてが正しかったとは言わない。けれども、ブレイヴはこの目でルドラスの砦を見た。そこにはたしかにルドラスの騎士が集まっていた。 

 あの日、軍事会議で七万の兵を懸念したのは誰の声だっただろう。けっして誇張された声だと、ブレイヴは思わない。ガレリアからは森や山間にしか見えないそこも隠されているのだとすれば、本当にその数が国境に集まっているのならば、ガレリアはとても持たなければ、そこから南へと敵の進軍を許してしまう。そして、この耳でブレイヴは敵の騎士の声をきいた。銀の騎士ランスロットはイレスダートに和平を持ち掛けている。ブレイヴはそれを、王都のアナクレオンに届けなければならないし、ランスロットもブレイヴの言葉をルドラスの覇王へと伝えるはずだ。両国の関係は長き戦争によって冷えきっているが、停戦協定調印式が再び現実となればそれも変わる。そうすれば、終戦も夢の話ではなくなる。

 ブレイヴは呼吸を深くする。

 まるで自分自身に言い訳をしているみたいだ。ガレリアでのあらゆる権限を剥奪されたブレイヴは、軍事に携わることも新兵の指導もできなくなった。見張り塔へ足を運ぶのすら禁じられてしまっては、軟禁状態に近い。同郷の者はともかく仲間の騎士やガレリアの兵士たちも、ブレイヴにどこかよそよそしい態度でいて、目もろくに合わせようとしなくなった。

「あなたは、イレスダートの聖騎士である前に、アストレアの公子です。それをお忘れなきよう」

 そう声を落としたジークの横顔を見たときに、ブレイヴは悟った。ジークは怒っているのだ。そして、あの白皙の少年を忘れるなと言っている。少年兵はブレイヴの代わりに死んだ。白の王宮や元老院にとって、騎士などただの駒のひとつにしか過ぎなかったとしても、それでもブレイヴ・ロイ・アストレアという人間は、ただひとりなのだと。

 それから三日が経った。後悔も反省もするだけの時間はたっぷりあったものの、さすがに自室に籠もりきりとなると余計に気分が塞ぎそうだ。身の回りはジークがすべて見てくれるから問題ないのだが、ブレイヴの麾下はまだ怒っているようで必要外の声をしてくれない。ここまで従者が不機嫌を隠さないのもめずらしく、いつ以来だったか思い出そうとしてやめた。どちらにしても、彼がそういう顔でいるのはブレイヴに非があったときだけだ。それにランドルフ――いかに、総指揮官とはいえどそのやり方は勁烈けいれつすぎると思っているのかもしれない。誰だって主を軽視されれば、それなりの怒りを持つのは自然だ。

 ブレイヴは途中まで読んでいた本を栞も挟まずに閉じた。

 そこそこに分厚い本でも、三時間ほどあれば読み終わってしまうのに、どうにも進まなかった。立ちあがって肩や腕を運動させて、次に視線を机に向けたものの始末書のつづきをする気にもなれず、またカウチに座り直す。扉をたたく音がきこえたのはそのときだ。

 どこか控えめに、けれどたしかに三度音がした。どうぞ、と。ブレイヴが入室を許可してもまだ扉は開かれず、しばし待ってみてもおなじだったので自分から扉を開けた。ブレイヴを見あげる幼い瞳には、どこか怯えの色が見える。

「あの、聖騎士さまに、お客さまが……」

「客人?」

 少年兵はただうなずく。聖騎士に関わると自分もひどい目に遭うのだと、信じ込んでいるのだろうか。そのとおりかもしれない。ガレリアの上官にはすっかり嫌われてしまった。

「あの、王都からの使者って、」

「アストレアの公子ですね?」

 ブレイヴと少年兵とのあいだに割って入ったのは、背の高い女だった。ブレイヴは目をみはる。想定外といえばそれは無礼になるだろう。イレスダートで女の騎士はめずらしくはないものの、しかし騎士の容貌は戦場より遠いところにあるようにも見える。貴人の護衛役や傍付きか。どちらにしても、ただの使者ではないことはたしかだ。なによりも騎士の軍服の色がそれを物語っている。マイアで白の軍衣を身に纏うのは、限られた者たちだけだ。

 女の騎士はそこで少年兵を下がらせる。やはり、それなりの身分にある貴人のようだ。とはいえ、使者が来るには早すぎる。王都マイアから早馬を飛ばしたところで三日で往復は不可能だった。

「下命は、ランドルフ卿を通して頂かねば困ります」

率爾そつじながら、これは火急のことゆえに、お許し頂きたい。それに、他の者の耳に入れるわけにはいかないのです」

「どういう、意味でしょう?」

「私がお伝えするのは、たしかにアナクレオン陛下の声ですが、しかし王命ではないということです」

 王命とはちがう。ブレイヴは騎士の声を繰り返す。では、いったい何の要件でブレイヴの元を訪れたのか。 

 騎士は視線を横へとずらしてブレイヴを誘導する。それまでブレイヴは気がつかなかったのだが、そこにはもう一人がいたのだ。

 背が低いので、まだ少年なのだろう。顔は、フード付きの外套で足元から頭までをしっかり隠しているために、判別ができない。

「この方を、アストレアにて預かって頂きたいのです」

 興味本位でその人を見ていたわけではなくとも、ブレイヴは叱責された気分になった。よほどの要人だということは理解したものの、ブレイヴには思い当たりがない。雰囲気にしても服装からも騎士には見えず、あるいは王家に連なる魔道士か。いくら巡らせてみても答えには行き着かず、そもそもこんな辺境の地へ連れてくる意図が読めないのだ。それに、アストレアを出したということは、やはりブレイヴはガレリアを離れることになるのだろう。

 どこか、何かが妙だ。ブレイヴが感じたときに、その人は騎士の制止を無視してブレイヴの前へと進み出た。

 息をすることも、声を出すことも忘れていた。ブレイヴはただ呆然とし、フードから零れたその色を見る。青。それならばイレスダートの人間には稀な色ではなかった。ブレイヴもおなじ、相対する騎士もまたその色だ。

 けれども、そうではない。背に流れる髪の毛も、長い睫毛に縁取られた双眸も誰よりもうつくしく、神聖だった。ブレイヴはそれをよく知っている。こんな北の辺境とはほど遠いひと。イレスダートの王女。ブレイヴの幼なじみが、そこにはいたのだった。

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