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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
四章 ラ・ガーディア-四葉の国-

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ウルーグの鷹

 フォルネからウルーグまでの道のりはカナーン地方の旅と比べてずっと楽だった。

 街道に従って馬を走らせて三日、国境の砦が見えた。ここはラ・ガーディアの最南フォルネ、隣のウルーグとは兄弟国なのに国と国を隔てる砦が存在することにレオナは驚く。

 でも、こういうものなのかもしれない。ひとつ境を過ぎればそこはもうちがう国、他人の国だ。

 あらかじめ国王ルイナスからの知らせがあったのだろう。衛士に誰何すいかされずにすんなりと中には入れた。案内役として同行するのはフレイアとクリス。金髪の少女はフォルネの王女で、白皙の聖職者は彼女の傍付きだ。

 ウルーグ最初の町へと着いたのは夜だったので、ともかくまずは休息した。あくる日、朝食を終えると幼なじみたちは話し合っている。ブレイヴとディアスとクライドと、最近ではよく見る組み合わせだ。アステアはクリスたちと薬を調達しに行ったようで、魔道士の少年はすっかり懐いた様子、他にも自由行動を許されてそれぞれが思い思いの時間を過ごしている。

「朝からどこに出掛けるんだい?」

 レオナを呼び止めたのはデューイだった。

「すこし、町を見てみようかなって。ちょっとした散歩」

「ふうん。朝から元気だなあ」

「朝って、もうお昼よ?」

 知ってる。そんな顔でデューイが笑う。悪戯が見つかって、でも叱られていないのに居心地が悪いときみたいに、レオナはそわそわする。

「で? 何を買いに行くつもりだったんだ?」

 出入り口を塞がれてしまったし、たぶん見抜かれてもいる。ここは正直になるべきだ。

「果物かお菓子を。ロッテがすこし元気になったでしょう?」

「ああ。昨日もちゃんと食べてたしな。いいことだよ」

 きっとクリスのおかげだ。レオナはそう思う。シャルロットの声は戻らないままでも、クリスはけっして無理をさせなければ彼のアルトの声はふしぎと落ち着く。

「俺も行くよ」

「えっ?」

「それともあんたの騎士に許可が要るかい?」

「そんなことは、ないと思うけれど」

 たぶん、ブレイヴはまだお話中だ。

「よし、決まり。じゃあレナードも連れて行こう」

 通りすがりのレナードが捕まった。赤髪の騎士はさっき朝食を食べたようで、ぼんやりしている。

「姫さまの護衛が二人なら安心だろ?」

「そうね、おねがいしようかな。それに、レナードに話したいことがあったから」

「へ? ……俺に、ですか?」

 目をぱちぱちするレナードにレオナはにっこりとした。

 マロニエの街路樹がつづく石畳を歩いて行く。ちいさな町でも街道に沿ってたどり着く最初の町だからか、地元の住民たちよりも巡礼者や旅人が目立つ。金髪碧眼の二人組みは祭儀の帰りなのだろう。町外れには教会があるらしい。

 赤髪の騎士ともう一人の青年も赤髪、しかしこちらは騎士の容貌にはほど遠く頭には重ねた布が巻かれている。彼らが護衛するのは青髪の貴人。それらしく見えるかしらと、レオナはちょっとどきどきしながら歩いている。対照的にデューイとレナードはたのしくお喋りをする。たのしくというのは案外間違いで、もっぱらデューイが揶揄っているだけ、どちらにしてもレオナの目には二人がじゃれ合っているように見える。

 会話が途切れると、レナードがちらちらとこちらを見はじめた。きょとんとするレオナにおっかなびっくり切り出してきた。

「あのお、俺に話があるって」

「ああ、そうそう。そうだったわね」

「なんだよ。何かやらかしたんだろ?」

 にやにやするデューイをうるさいなあと押しのけつつも、レナードは捨てられた子犬みたいな顔をする。思わずレオナは笑ってしまった。

「ごめんなさいね。そんなにこわがらなくてもいいの」

 昨日のことだけどね、レオナはつづける。

「お礼を言わないと、そう思って」

「ええと、お礼? 俺、なんかしましたっけ?」

「昨日、ルテキアと夜いっしょに出かけていたでしょう?」

「え! なんだそれ、初耳! お前、けっこうやるじゃないか!」

 レナードの背中をデューイが遠慮なしにたたいて、ちょっとお前は黙ってろよと、レナードが応戦する。やっぱりじゃれ合っている。レオナはくすくす笑う。

「あのね、怒っているわけではないの。ルテキアもね、ずっと気を張っていたでしょう? だから息抜きは必要だと思うの」

「そうそう。ああいう真面目な女騎士を落とすのは大変だからな」

「ルテキアはあんまりお酒は得意じゃないみたいだけど、でも話し相手は必要でしょう?」

「うんうん」

 合いの手を入れてくるデューイを無視して、レナードは真顔になる。

「あいつは、なんていうかその……真面目だから。ジークのことだって、たぶん信じてないと思うんです」

「うん。そう、ね。きっと、みんなおなじ……」

 けれど、一番長くアストレアの鴉を知っているのはルテキアだ。

「幼なじみなんです。あいつ……ルテキアとジークは。もともとルテキアはアストレアの北部の生まれで、でもあいつ次女だからかこっちに来て、それでジークの家に世話になったとかって」

「彼女のこと、たくさん知っているのね」

「ええ……、それは、まあ」

 目を逸らされてしまったのは、照れ隠しだと思うことにする。

「だいじょうぶ。ブレイヴには、内緒にしてるから」

「ええと……、そうですね」

 お願いします。最後の方は小声でよくきこえなかったけれど、ちゃんと約束は守るつもりだ。

「あれ? そういえばさノエルは一緒じゃなかったんだ?」

「ああ、ノエルはロッテと一緒だよ。あいつもほら……妹いるからさ」

「ふうん。兄さんがたくさんいていいな、ロッテは」

 今日のルテキアは朝寝坊をした。きっとお酒を飲んだからで、ルテキアの代わりにノエルがシャルロットと一緒にいてくれる。面倒見の良い奴なんだよ。そう、レナードがはにかむ。目的の露天商へと着いてレオナたちはそこで足を止めた。もうすぐ午餐の時間だからか、たくさんの人で賑わっている。焼き菓子の甘くていいにおいがしたので、レオナは行ってみましょうかと二人を目顔で誘う。そのときだった。

「おい、そこのお前!」

 いきなりだった。歩き出そうとしてびっくりしたレオナとデューイは同時に振り向く。金髪の男が二人、そのうちの一人がこちらを指差している。

「間違いない。こいつだ!」

 詰め寄ろうとする男の前にレナードが立つ。

「なんだお前は!」

「どいてくれ! お嬢さんじゃない。用があるのはそっちの男だ!」

 レオナはデューイを見た。いや知らない。初対面だ。デューイがそんな顔でいるから男は歯を剥き出しにする。いまにも飛びかかる勢いの男を、もう一人が慌てて止めた。 

「おい、どうした? 落ち着けよ。みんな見てる」

「止めるな! この赤頭に、俺はたしかに金を貸したんだ!」

 全員がデューイを見ている。騒ぎを遠巻きに見物していた買いもの客たちも、露天商もだ。

 それはいつの話なのだろう。デューイはラ・ガーディアからカナーン地方に来た。サリタにたどり着いてそのまま孤児院に居座った。少なくとも半年は経っている。

「ねえ、デューイ。ほんとうなの?」

「いやあ、まいったなあ」

 こういうとき、デューイは平気で嘘を吐く。もしも出会いがそうでなかったなら、レオナだってきっと彼を信じていた。

「まって。あの、逃げたりなんかしません。だからちゃんと話を、」

「何の騒ぎですか?」

 ふいに響いた声は落ち着いていた。もう一人、金髪が現れる。レオナは目を瞬く。少年だった。

「あの……」

「エディ! きいてくれ、こいつが」

「喧嘩は困ります。話でしたら、あちらで伺います」

 背丈も顔も、やはり少年に見える。最初の男たちとおなじく金髪で、でも少年の髪はもっと綺麗な金糸雀カナリア色だ。この騒ぎでも好奇の色をまったく宿していないその目は、男たちとデューイ、レナードとレオナと順繰りに見つめていく。

「しかし、私には先に約束があります。それまですこし、待っていただけますか?」

「やくそく?」

 少年がうなずく。着古した外套はずいぶんと年季が入っているものの、少年の挙措は男たちとはちがう。それに、声。レオナは口のなかで呟く。

「はい。イレスダートの客人と会う約束をしています」

「イレスダート……?」

 レオナの問いに少年はにこりとも返さなかった。










 

「すこし落ち着いたらどうなんだ?」

 声を掛けたのはクライドで、しかしすぐ近くにいるディアスもおなじ顔をしていた。

 幼なじみが町に出かけたときいたのは小一時間前だ。朝寝坊をしたレナードと、それからデューイが一緒だという。事後報告だがちゃんと知らせてくれたのはノエルで、別に人選に問題があるとかそういうわけじゃない。ブレイヴが落ち着かないのはそれから二時間が経っていたからだ。

 ちょっとした散歩と理由付けて出て行くのは簡単でも、ブレイヴにはこれから約束がある。反故にしてしまえばこの先ウルーグの王女に接触する機会を失うのだから、そのための監視役がここに二人もいる。そういえばブレイヴを過保護だと言ったのは誰だっただろう。最近のことなのに思い出せない。

「その少年はウルーグの要人なのか?」

「ああ、顔見知りらしい。フォルネの王女と縁がある人物……まあ、それしか情報はないが」

 先ほどから部屋を行ったり来たりを繰り返しているブレイヴを置いて、クライドとディアスが会話をつづける。フォルネの王女という単語が出てきてクライドの顔が曇った。前に大声で叫ばれてからというもの、あの少女をどうにも苦手としているらしい。

「それにしては帰ってこないな」

「アステアも一緒だ。薬屋に行ってる」

 そう、ブレイヴが返すとクライドは肩をすくめた。寄り道をしそうにない三人組なので、待ち合わせ場所に行き違いでもあったのかもしれない。

「後悔してるんじゃないのか?」

「……なにを?」

 惚けたわけじゃない。本当に幼なじみの意図するものが読めなかった。

「案内役のあの男だ。そもそも、最初から信用するべきじゃなかった」

 そういうことか。ブレイヴは苦笑する。話が逆戻りしているが、たしかにそうかもしれない。でも、他に良き手段なんてなかったじゃないか。ブレイヴはそういう目顔で幼なじみに訴える。つまり、他人を信用しすぎるなと言いたいようだ。

「結果論だよ。他に、どうしようもなかった」

 サリタ脱出の際、デューイにレオナを託した。そもそもそれが間違いだったのだろうか。ブレイヴは口のなかで否定する。それは、きっかけに過ぎない。彼女の力がふたたび目覚めたのは、きっと誰のせいでもない。

 いまになってこんなことを言い出したのは、ディアスも後悔しているからだ。答えに納得していないのに、幼なじみは何も返さずに部屋を出て行った。過保護なのはディアスも一緒じゃないか。もう見えない背中に向かってブレイヴはごちる。

「で? なんで交渉人が少年なんだ?」

「ああ、それは……」

 フレイアは彼を()()()と言った。フォルネの王女よりも若いとなると少年、つまるところは推測だ。

「自分以外の人間を、すべてあの子と言ってるだけなんじゃないのか?」

「そうだとしても、ウルーグの王女に繋がればいい」

 要人というからには王家に近しい上流貴族の子どもなのだろう。ウルーグの中心地から離れたこの町ではまだ落ち着いているものの、城下街ではイスカとの戦争に備えているはずだ。フォルネの密書を携えてやってきたのは他国の聖騎士。素直に道を開けるとは思えない。

 となれば、老獪な大人を相手にするよりも簡単だ。交渉役の少年が素直に動いてくれたら話は早く進むと、そう睨んだからこそブレイヴは約束の時間を待つだけだ。

 扉が開いた。ディアスだ。散歩から戻ってくるには早すぎるくらいで、ブレイヴはまじろぐ。

「レオナが帰ってきた」

 ブレイヴは安堵しても、幼なじみがそれだけ知らせるために戻ったとは思えない。ディアスにつづいて一階の談話室へと入る。レナードとデューイ、それからレオナもたしかにそこにいる。ただし、他にも金髪のウルーグ人が三人。呼んだ覚えはない。

「レオナを返してほしい」

 金髪の男たちが困惑した表情を浮かべた。

「これは心外ですね。彼女が、私たちをここへと連れてきたのです。イレスダートの聖騎士と会わせるために」

 三人のうち、一番若い男がそう言った。纏った外套は真新しくなかったが、彼の容貌は他の二人とは明らかにちがう貴人のそれだ。

「あの、ブレイヴ。彼は……」

 幼なじみにブレイヴはうなずく。大丈夫。ちゃんとわかっている。どういうわけか、ウルーグの要人はフレイアたちと入れちがって先にレオナと接触したらしい。では、金髪の男二人は少年の護衛なのだろう。沈着な面持ちでいるのは壮年に差しかかった年齢のためで、もう一人は落ち着きのない方は大きな目でブレイヴを睨みつけている。異国の騎士を警戒するのは当然だ。

「あなたがイレスダートの聖騎士ですね?」

 少年はブレイヴに視線を留めずに他の者も見る。イレスダートの貴人が一人、騎士が二人、あとはイレスダート人ではない者が二人。異質な組み合わせでも事前にきいていたはずだ。

「エディと。私のことはそう呼んでください」

 少年ならば籠絡するのも容易い。そんな考えでいた自分は甘かったのかもしれない。ブレイヴはあえて笑みで応える。エディと向かい合ってブレイヴもカウチに掛けた。金糸雀色の髪、草原とおなじ色の瞳。少年を形成する色は美しく、名をきかずとも上流貴族の貴人であることは明らかだ。

「フォルネの王ルイナスより密書を預かっています」

「きいています。……それをここで、私に託していただくわけにはいきませんか?」

 こちら側だけではなく、少年側にいる金髪の男たちも驚いていた。

「どういう、意味でしょう?」

「言葉どおりです。手短に申しあげると、時間が惜しいのです」

「時間がない、と?」

 感情を押し殺した声でブレイヴは返す。

「誤解なさらないでください。私が、ではなく。王女がです」

 言い分はわかる。情勢が逼迫しているなかで、他国の騎士などと会っているような時間はたしかに惜しいだろう。 王女エリンシアに手紙を渡せばそれでいいとルイナスは言ったが、こちらも允許いんきょを得るまでは退くわけにはいかない。

「あなたを信じる証が足りない」

「そうですね。おっしゃるとおりです」

 彼は真顔でそう答える。金髪の男が少年の名を呼ぶ。エディは愛称だ。本当の名前が彼にはある。

「だめだよ、ここで渡したら。兄様の約束、破ったりしたらだめ」

 フレイアも帰ってきた。うしろには白皙の聖職者もいる。

「エリスと会わないと意味がない。だいじょうぶ。エリスは友だちだから」

 交渉するにはあまりに幼く頼りない物言いでも、フレイアの声は凜と響いた。少なくともフレイアは嘘は言っていない。アステアが忍び込んで幼なじみの手を引くのを、ブレイヴは視界の端で捉えた。狭い部屋で大人の男が何人も並んでいたらそれだけで窮屈だ。ここから連れ出しても不自然ではない。

「フレイア。あなたはカナーン地方にいたはずでは?」

「帰ってきただけ。母様の死んだ日だったから」

 少年が気色ばんだのはこの場からレオナが消えたせいか、それともフォルネ側の要人がフレイアだと知らなかったためか。両方かもしれないとブレイヴは思う。エディと言う名の少年はなかなかの曲者だ。

 フォルネからの返答をウルーグは待ち望んでいる。これが本音だろう。少年が時間が惜しいと言ったのも真実で、他国の聖騎士を危険視しているのもおなじく、ただしいまここで彼がフォルネの密書を取りあげるのは不可能だ。わかっているからこそ、エディは沈黙を貫いている。

「わかりました。……姉に会わせます」

 ブレイヴは立ちあがりそうになった。思いも寄らない単語が出てきた。

「姉? ではあなたがウルーグの鷹?」

「面白い表現をなさいますね、フォルネの王は」

 彼の目がわずかに細くなった。ブレイヴにしてみればここでも騙された気分になった。ルイナスといいエディといい、王族は市井に紛れて微行する癖でもあるのだろうか。

「でも、言い得て妙だ。ウルーグに仇なす者は私が射殺します。たとえそれが鹿だろうと獅子だろうとも」

 ウルーグのエドワードには気をつけろ。あのとき、たしかにルイナスはそう言った。


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