流砂の神殿②
洞窟のなかを進んでいるうちに、レオナはとある違和感に気が付いた。
違和と言うのは間違いかもしれない。言うなればこれは既視感だ。そう、あのときとよく似ていると、レオナは思った。地下深くの洞窟のなかなのに、不安も恐れも感じていない。もちろん、魔道士の少年という同行者がいるので心強いのも本当の気持ちだ。
アステアは気付いているのかしら。レオナはちらっと魔道士の少年の顔を見た。もともと好奇心旺盛で探究心の強い少年である。顔は緊張しつつもわくわくしているのが、伝わってくる。
ほんとうに頼もしい。レオナは口のなかでつぶやく。でも、きっとこれを感じ取っているのはレオナだけだ。だとしたら、レオナは巻き込まれたのではなく、故意にここへと連れて来られたのだろう。ファラが泣くことなんてなかったのだ。巻き込んでしまったのは少女たちの方だ。
「わたしたちの他に、何人くらいがいたの?」
最初の分かれ道は左を選んだ。反対側の空洞には少女たちが集まっていたという。
「二十人、でしょうか? みなさん、ファラさんやジルさんとそう変わりない年頃の方たちでした」
「きっと、間違えられたのね」
「えっ……?」
疑問を声に出したアステアに、レオナは笑みで応えるだけにする。おそらくその少女たちも、少なからず身体に魔力を宿した人間なのだろう。レオナはユングナハルに来てからというもの、己の魔力を調節していた。それが完全に仇となってしまったというわけだ。
「反省しなくちゃいけないのは、わたしの方だわ」
「でも、この先に進めば炎の一族と会えますよね?」
巻き込んでしまったのはアステアもだが、少年はどこかたのしそうでもある。
「すみません、さっき言わなかったことがひとつあるんです。少女たちが見たというおじいさん……おそらくドラグナーですが、僕も見ました」
なるほど、魔道士の少年が迷いなく歩いている理由がわかった。アステアは竜人が向かった方へと進んでいるのだ。
「話しかけてみたのですが、じろっと睨まれてそれきりで。そのまま神殿の方へと行ってしまったんです」
これは叱った方がいいのかと、レオナはちょっと迷った。竜人にもいろんな部類がいる。人間に近しい者もいれば竜に近しい者だって存在するのだ。当然、後者は危険だ。魔道士の少年だって、王都マイアで竜に変化した竜人を見たはずだ。
「セルジュだったら、きっとここでお説教ね」
「はい……、すみません。ちゃんと反省してます」
「素直でよろしい」
意地悪はやめて、レオナはくすくす笑う。しかしどこまで行くのだろう。神殿は見えたがなかなか近づけない。もしかしたらあれは幻覚で、結界かなにかで守られているのだろうか。
「砂漠の剣王と月の双剣」
「えっ……?」
「ああ、すみません。ちょっと思い出して」
レオナも本が好きだが、魔道士の少年の読書量には負けてしまう。アステアは魔道書や歴史書に留まらず、神話や伝承、あるいは巷間で人気の小説も選り好みをせずに読む。
「ナナルの王立図書館で見たの?」
「はい、すこし。炎の一族のことはウンベルトさんからききましたし、剣王と月の双剣の話はクライドさんのお友だちに教えてもらったんです」
「この神殿と、なにか関係があるのかしら……?」
「ふと思い出しただけなのですが、盗まれた月の双剣がもしかしたらここにあるかもしれないって」
「盗まれた?」
アステアがうなずく。
「はい。あの剣は王家の宝剣らしいのですが、何世代も前に宝物庫が荒らされたときになくなったとかで」
「それはクライドが話してくれたの?」
「いいえ。でも、クライドさんのお友だち……ええとヤンさん? いやタルさんだったかなあ? 前にクライドさんが酔った勢いでいろいろ喋ったのだとか」
レオナは思わず笑ってしまう。魔道士の少年も話しながらくすくす笑っている。
「クライドでも、そんなところ見せるのね」
「きっと、故郷のお友だちの前だからでしょうね」
「月の双剣は聖なる竜刃と似た役割があるのかしら?」
「おそらくは。レオナは、なにか感じますか?」
問いにレオナはすこし間を空けた。感じ取れる魔力は色々だ。連れ去られた少女たち、ファラとジル、それにアステア、竜人たち。
「わからない。なにかもやもやした、嫌な感じもするけれど……」
そこで二人は足を止めた。たぶん、待っていたという表現が正しいのだろう。だとしたら追っていたのではなく誘い込まれた。それでもレオナは冷静だった。
「あなたが、炎の一族ね?」
長衣を纏った老人だった。痩躯だが腰は曲がっている。こんなに早くに追いつけたのは脚や腰が悪いのかもしれない。
いくら待っても声は返ってこなかった。レオナはもうすこしだけ近付いてみる。竜人たちは詠唱もなしに攻撃魔法を放てる。しかし、敵意があるならもうとっくに攻撃していると、レオナはそう思う。
「話がしたいの。わたしを、ここに連れてきたのはそのためでしょう?」
アステアがレオナを見た。そうだ。魔道士の少年たちは巻き込まれただけなのだ。竜人たちの狙いはレオナ、おそらく彼らは魔力をたどって手当たり次第に少女たちを攫った。
「それなら、もうあの娘たちは必要ないでしょう? わたしは逃げたりしないから、あの娘たちを解放して」
これは交渉ではなく命令だ。竜人たちはレオナの力をわかっているから、見誤ったりはしない。ふた呼吸が空いた。話が通じる相手だとレオナは認めている。それに、竜人たちは少女たちを殺すつもりなんてないのだ。あの果物はこんな洞窟では育たない。だからきっとあの少女たちのために、竜人は街の露店で盗んできたのだろう。
しばらくして、老人の唇が動いた。
「え……?」
レオナは耳に届いた音に目を瞬かせた。
「待って、いま……なんて?」
それは声にはほど遠い音だった。グラン王国で、古き竜はレオナの脳内直接声を届けたのを思い出す。しかし、似ているようでちがう。これは単語のようにもきこえても解読のむずかしい言葉の羅列にレオナは戸惑う。
「古代ユング語でしょうか……?」
「わからない。でも、怒っているように、きこえる」
罵倒されているのだろうか。いわばレオナは竜人たちの敵だ。イレスダートを統べる王家、その最初の王はおなじ竜族でありながらも人間に味方をした裏切り者の竜だ。グラン王国でもそうだった。竜の谷、その地下深くで竜人と会った。竜人の青年は敵意も悪意も見せなかったが、本心ではマイア王家を憎んでいた。そう、レオナには見えた。
竜族の言葉か、あるいは古代ユング語か。
どちらも聴き取れないレオナに失望したのかもしれない。そのうち竜人の老人は洞窟のさらに奥へと消えていった。拒絶されたのは明らかだったので、レオナはそれ以上追えなかった。




