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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
七章 砂漠の剣王

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忘れてしまわないように

「ファラがいなくなってしまったの」

 困惑した表情で見つめる幼なじみに、ブレイヴは驚きを隠せなかった。

 午後になったらナナル宮殿へと赴き、ファラという少女のところに行く。クライドはそう約束してくれた。レオナをあそこから連れ出すためだ。

 しかしいま、ブレイヴの目の前にレオナはいるし、幼なじみは自分の足でここまで来た。きけばファラは朝から姿が見えないらしい。

 おかしな話だ。その少女に会いに行くと、たしかに伝わっていたはずだ。けれどもファラは急に用事ができたからと、レオナに謝罪したと言う。

「いま思えば、すこし様子がおかしかったの。いいえ、昨日だけじゃない。もっと前……。そう、ルテキアと会ったときから」

「そのとき、どんな話を?」

 ブレイヴはとにかく幼なじみを落ち着かせようとする。

「たしか、ダナンの話をしたわ。自分はここから出られないけど、セルジュに情報を届けるためだって。そこでダビトって人のことをきいて。ええと、それから……」

 正確に記憶を辿ろうとしているのだろう。レオナは部屋のなかを行ったり来たりしている。ここはしばらくそっとしておいた方がよさそうだ。

「そう、ダナンよ。流行病のことをきいて、それでファラが」

 ちょうどそこでセルジュとクライドが戻って来た。アステアも一緒だ。魔道士の少年は白皙の聖職者クリスたちと大聖堂に行っていたので、彼らも宿場へと戻ってきたところだろう。

 アステアが目顔で幼なじみをカウチへと誘導する。熱々のナナルの香茶からは生姜ジンジャーとミルクの甘いにおいがする。ありがとう。にこりと、幼なじみはアステアに微笑む。ようやくすこしは落ち着いたらしく、ブレイヴも二人の向かいに腰掛ける。魔道士の少年は人数分の香茶を用意してくれたのに、セルジュとクライドはまだ立ったままだ。

「ダナンの状況をファラが知った?」

「そう。それで、あの子怒っていたわ。どうして女王はダナンを助けないのかって。ダナンを見捨てるつもりなんだって」

 ブレイヴはクライドを見た。イグナーツの身内ならばその人の性格をよく知っている。

「助けたくても助けられない。動きたくとも動けないんだろ、あの人は」

「そうね……。ルテキアも、おなじことを言っていたわ」

 独り言みたいなクライドのつぶやきに、レオナはうなずく。

「でも、ファラは納得してなんかなかった。ダナンには友達もいるって、そう言って……」

「それで一人で勝手にダナンに行ったと? まったく、自由な姫君ですね」

 当てつけじゃないのか。ブレイヴとアステアは同時にセルジュを見た。レオナだけじゃない。ジークやレナードまで含めた完全なる八つ当たりだ。

「まあ、あいつなら考えられるな」

 あの馬鹿。そう、クライドは付け加える。あきれているというよりも、ほとほと困っているといった表情だ。

「じゃあ、迎えに行かないといけませんね。ファラさんを。ダナンはいま、いろいろと大変なのでしょう?」

「そうだな……」

 声を落としながらも、躊躇っているのがブレイヴの本音だ。

 ダナンにはダビトがいる。それはすでに過去の話で、くだんの相手がこのナナルに潜伏しているとしたらここを離れるのは得策ではないだろう。しかし少人数での砂漠越えは危険すぎる。少なくとも五人、案内人を抜いても四人は要る。

「俺が行く」

 ブレイヴはふたたびクライドを見た。彼ならそう言うと思った。

 ここはユングナハルの王都ナナル。クライドの故郷であり、どれもそれも彼の身内に関わる案件ばかり起きている。他人任せにするほどクライドは冷血漢ではなかった。

「やめておいた方がよろしいのでは?」

 ところが、セルジュは冷静に彼を止めた。もっとも重要なことをクライドは忘れている。

「その流行病、大人のユング人が罹ると厄介なようですが。あなた、まだ罹っていないのでしょう?」

 クライドの瞬きの回数が急に増えた。誘導尋問。けれど、セルジュの読みは当たっている。

「あいつは俺の姪だ。放っては置けない」

「まって。わたしが行く」

 今度は幼なじみだ。カップには香茶がまだ半分は残っている。アステアの好意を無駄にしたくなくとも、それ以上にいても立ってもいられないのが幼なじみだ。

「ファラにはずっとお世話になったもの。ひとりになんてしておけない」

「でも、あんた」

「レオナよ。姫さんとかあんたとか、そういうのはやめて」

 喧嘩がはじまりそうだ。でもそれでこの話が終わってくれるなら、その方がずっといい。そう思ってしまうのはブレイヴがファラという少女をよく知らないからだ。

 まったく、冷たい人間になってしまった。ともかくいまは、一触即発な二人をどうにかしなければ。

「では、僕も同行します」

 レオナを止めるどころか加勢するあたりがアステアらしい。魔道士の少年はにこっとした。

「あと、クリスさんたちにも相談しませんか? ダナンにも大聖堂があるのでしょう? 機会があれば行ってみたいと、そう言っていましたから」

 セルジュがわずかに顔をしかめたのが見えた。勝手に話が進んでしまっている。止めるならいまでも、いまさら難色を示したところでレオナもアステアも納得しないだろう。

「まあ……たしかに。あいつがいれば、教会内部にも入りやすくはなるだろうが」

「でしょう? きっと一緒に行ってくれますよ。僕、さっそく話してきますね!」

 まるでとりつく島もない。アステアはもう行ってしまった。

「でも、クリスたちがいっしょなら、わたしも心強いわ」

 そう、レオナが言う。本音を言うならセルジュが止めてくれると思った。しかし、ダナンでは流行病の他に奇妙な事件も広がっている。それに竜族が関わっているという線を捨て切れていないから、セルジュはだんまりを決め込むつもりらしい。幼なじみなら同族たちの力にも対抗できるからだ。

「どいつもこいつも勝手だな」

 クライドの本心は別だろう。さっき自分が行くと言ったのも、本当にそうしたかったのかもしれない。わかっているよ、クライド。でもいまここで動くべきじゃない。ブレイヴは目顔でそう伝える。アステアの次に出ていったのはセルジュだ。宮殿にいるルテキアに手紙を書くのだろう。階下では、レオナをここまで連れてきてくれたファラの侍女が待っている。

「ウンベルトに話してくる」

 クライドも行ってしまった。あまり大事にはしたくなくとも、知らせておくべきと判断したようだ。それに駱駝を借りるには、ウンベルトの口利きが要る。大怪我をしたウンベルトもようやく元気に歩けるようになった。

 みんな出ていったので二人きりになった。それなのに、幼なじみはどうにも居心地が悪そうにしている。

「……おこっている?」

 幼なじみはちいさくそう落とした。ブレイヴはちょっと考える。レオナがいなくなってから、彼女を心配しなかった日はなかった。ファラのところでいるから安全だと言われてもだ。ブレイヴはやおら立ちあがると、レオナの隣へと腰掛けた。幼なじみはぱちぱちと目をまたたかせた。

「怒ってはいないよ。でも、心配はした」

「ごめんなさい……」

 あの夜、ガエリオの配下たちはジルと間違えてレオナたちの部屋に押し入った。フレイアとルテキアがいたし、レオナも抵抗しただろう。でも、それでは男たちの目的が知れない。だから自分から捕まった。そんなところだろうか。

「ごめんなさい。わたし、いろんな人を巻き込んでしまってる」

 それはルテキアとファラの両方だろう。そうじゃないよ。ブレイヴはまず笑みで応える。

「大丈夫だよ。ジルはガエリオのところからあまり離れられないけれど、ノエルが付いてる。酷い扱いはされていないと、そうきいてる。ルテキアだって自分の役目をちゃんと果たしてくれてる。ファラのことだってそうだよ。遅かれ早かれ、自分でダナンの状況を知ったと思う」

「でも……」

 何かを紡ぎかけた彼女の唇をブレイヴは人差し指で押さえる。

「でも、そうだね。レオナはちっともわかっていない」

 そのまま親指でレオナの唇をなぞっていく。本当にわかっていない。そんな無垢な目をしても駄目だ。怒っていると正直に言えば伝わっただろうか。

「ちょっと目を離しただけで、レオナはすぐどこかへ行ってしまう。せめて目の届くところにいてほしい」

「うん……。わかってる」

 わかってなんかいない。白の王宮という箱庭からレオナを連れ出したのはブレイヴだ。幼なじみを鳥籠には閉じ込めたくはなかったからだ。アストレアで帰りを待っていてもらうこともできたのに、そうしなかった理由もレオナは知っているはずだ。

「ぜんぜんわかってないよ。俺が、きみをどれほど愛しているのか」

 抵抗する間を与えずにブレイヴは彼女の唇を奪う。これはきっと独善だ。わすれてしまわないように、ちゃんと彼女の膚に残しておかなければいけない。

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