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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
七章 砂漠の剣王

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若と呼ばれて①

 嵐の咆哮が収まった。この三日間、辺りはずっと夜のように暗く、吹きすさぶ風のおかげですっかり耳がおかしくなってしまった。

 ひさしぶりの太陽に目が眩む。他の皆も建物からぞろぞろ出てきた。日干し煉瓦の家はどれも傷みが進んでいるので、次に大きな砂嵐に見舞われたら持つかどうかわからない。それでも、集落の男たちは大工仕事よりも優先すべき仕事がある。三日も休んでしまったので、皆身体を動かしたくて堪らないようだ。

 採石場まで砂が入り込んでいるので、まずは手分けして砂を掻きわける。男たちが砂と格闘しているあいだに、女たちは家の掃除に溜まった洗濯に、水汲みととにかく忙しい。子どもが井戸の傍で叫んでいる。ここは良いオアシスで水が涸れる心配はなくとも、少年は井戸の底でそれを見たのだろう。

 精錬をして魔力を封じ込めた月光石は三年は持つ。

 腕の良い職人と名うての魔道士が関わったなら、更に二年伸びる。前にあの井戸へと月光石を落としたのはクライドだった。つまり、それだけの期間この村をはなれていたというわけだ。

 村長(むらおさ)がやってきて、子どもに月光石を持たせた。

 子どもの手の平に収まる大きさでも、二年は持つだろう。井戸へと落とされた月光石が淡い光を放ちはじめた。役目を終えて底に沈んだ他の月光石は、そこらの石とおなじ色をしている。あの光が見えなくなったら、効力がなくなった合図だ。

 国土の九割を砂で覆われたユングナハルで水は貴重である。

 一年の内に雨期は二度、あとは地下水に頼るしかないが清潔とは言いがたい代物だ。ちいさな子どもはすぐ腹を壊すし、大人だって病気になる。砂漠に点在するオアシスのおかげで水は奪い合わなくてもよくなったものの、飲めるかどうかは別だ。

 この村はまだ恵まれていると、クライドは思う。

 東の岩山は子どもらが遊び場にしている場所だった。でかい大穴が開いていて、度胸試しに打ってつけの場所というのはむかしの話、子どもらは追い出されて大人たちが出入りしている。

 クライドが少年の時分に、その石は偶然に見つかった。すっかり目の弱っていた村長が、落ち窪んだ眼窩(がんか)の下から黒目を大きくして叫んだ。こいつは月光石だと。

 それから、この村の住民たちは忙しくなった。

 男たちは朝早くに出て岩を削りに行く。見た目は他の石と見分けがつかないのに、水に触れると一瞬だけ白く光る。村長がこの光を知っていたのは、かつて王都ナナルの教会で助祭を務めていたからだ。月光石は貴重で、ナナルの古い文献にしか載っていなかったらしい。あの日は、たまたま雨水がその石に触れたのだ。

 でも、その偶然はこの村を救ったのかもしれないし、あるいは(わざわい)となったのかもしれない。月光石はどこでも採れるわけではないので奪い合いになってしまう。誰だって、自分の子を年端もいかないうちに亡くしたくはないのだ。

 この村で精錬の技術を持つ者はいないので、石は王都ナナルへと運ばれる。

 精錬にかかる時間は約三ヶ月、それから宮廷魔道士の元へと届けられる。金になって手元に返って来るのは半年が過ぎてからだ。村の代表者が英雄さながらに迎えられるものの、布袋から取り出されたのは精錬済みのちいさい月光石がひとつ、金貨が二枚と銀貨が三枚、あとは銅貨が十枚ほどだ。途中で着服したのだろうと疑いたくもなる額でも、他の者と代わったところで結果はおなじだった。男たちが汗水垂らして岩を削って、女たちが目を凝らしながら石を見分しても、下層階級の手元に金はほとんど残らないのが現実だ。

 村の男たちが何度か王都の職人たちとやり合ったことがある。

 追い返される決まり文句はいつもおなじ、この石は他でも採れるからぐだぐだ言うならよそから引き取る。もともと裕福とはいえない集落だ。それでは困ると、けっきょく村の者たちは朝から晩まで働き、この割に合わない仕事から離れられずにいる。

 嫌気が差したのはいつだったかと、クライドは思い出す。

 この村の連中に()と呼ばれつづけたからか、それともナナルで取り引きの現場に立ち会ったからか、村長と大喧嘩をしたからか、きっとどれも当て嵌まる。

「おーい、若! なあに、黄昏れてるんだよ」

 クライドは顔をしかめた。男が二人、笑顔で近付いてくる。痩せっぽちのくせに背だけがやたら高くて、細目で狐顔のヤン。ずんぐりむっくりの体型で蓬髪(ほうはつ)、垂れ目と太眉が特徴の狸顔のタル。クライドと同世代の若者で、ちいさい頃に悪さをしては大人たちに尻をたたかれた仲間たちだ。

「その呼び方はやめろと言っただろう」

「そう言われても、なあ?」

「うん。若は若だ」

 クライドは嘆息する。むかしはちゃんと名前で呼んでくれた二人だったのに、クライドがナナルの王宮に呼ばれてからこうなった。

 細目のヤンには歳の離れた妹がいる。人懐こい子で、クライドもよく遊んでやった。ヤンと目元がそっくりなその妹は、十歳のときに熱病に罹った。三日以内に熱がさがらなければ助かる見込みはないと、この村で唯一の医者は早々に匙を投げた。

 妹を可愛がっていたヤンは寝ずに妹の看病をし、そのあいだずっと泣いていた。クライドはたまたまこの村に逗留(とうりゅう)していた行商人に、母の腕輪を売った。その金を持って医者のところへと行き、これでも渋るならその面をぶん殴るつもりだったものの、医者は手の平を返してすぐさまヤンの家に走った。あれは母親の形見の腕輪だった。

 狐顔のヤンは、一生掛けてクライドに金を返すと言っている。そんな余裕があるなら早く嫁を貰えばいいし、妹を王都の貴人にでもやったらいいと、クライドはそう思っている。

 垂れ目のタルには美人の嫁と、子どもが二人いる。

 村にはちいさくとも教会があり、そこで家族だけの式を挙げていた最中、野盗が乗り込んできた。

 貴人が煌びやかな纏うドレスなど、この村の娘たちにとって本のなかだけの存在だ。婚礼のときに着るシャルワール・カミーズは特別で純白の色をしている。新しく刺繍を加えたり、花嫁の体型に仕立て直したりと、娘たちが総出となって祝福する。その花嫁衣装のまま、タルの妻女は攫われた。

 日干し煉瓦の家の一番奥で、女々しく泣きつづけていたタルの臀をクライドは蹴った。

 タルの顔は野盗たちに殴られて腫れあがっていたし、腕も折られていた。花嫁を攫ったのは隣村の奴らだった。あそこでは月光石は採れないので、返してほしければ月光石を持ってこいと脅してきた。

 単身乗り込むつもりだったクライドに、村の男たちも勝手に付いてきた。

 弱いくせに先頭で得意げな顔をする細目のヤン。腕に包帯をぐるぐる巻いて、ぼこぼこに殴られたせいで余計に不細工になった垂れ目のタル。それからもう一人。

 一通り大暴れしたクライドたちに感謝するより早く、花嫁はタルの腫れていない方の頬をぶん殴った。

 ああ、そうか。あのときからだと、クライドは思った。

 親なしのクライドは失うものなんて何もなかったので、村で一番喧嘩が強かった。そのうち皆はクライドを大将のように扱いだしたし、ちょっとした善意も大袈裟なくらいに喜んだ。

 クライドを育てたのは村長夫婦である。絢爛(けんらん)なる王都に憧れて村を飛び出した村娘は、数年後に大きな腹を抱えて戻ってくる。産褥(さんじょく)熱で苦しんで死んだ娘は村から離れていた時間を誰にも話さなかった。しかし、生まれた子どもの父親が誰であるか、たぶん村長は知っていたのだ。そして、他の者たちも。

 この村でどこか疎外感を抱いていたクライドは、大人になる前にその理由に気がついた。

 いつか帰ってくるのはこの村だと、そうクライドは信じていた。ナナルの王宮に呼ばれても自分は自分だ。あるべきところは変わりはしない。そう、思っていたのだ。

 それなのに、クライドは異母姉の戴冠式を見届ける前にナナルを経っていたし、村にも戻らずにユングナハルを離れていた。五年。クライドがいなかったあいだのこの村は、何も変わってなどいなかった。

 砂嵐が収まった。太陽も戻って来た。なら、きっとまたすぐ奴らがやってくるはずだ。

「若、行こう。村長が待ってる」

 狐顔のヤンが言う。

「むかしみたいに喧嘩しないでくれよ。俺たちじゃ、止められないんだからさ」

 狸顔のタルがぼやく。二人の顔を交互に見て、クライドはちょっと笑った。

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