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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
七章 砂漠の剣王

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家族の事情③

「それで、家出しちゃったの?」

 問えば、赤毛の少女はこくんとうなずいた。

 だだっ広い部屋のなかにはそこここにクッションが置かれている。ぐるりと見回すとカウチと円卓、化粧台と本棚が見えた。天蓋付きの寝台に並ぶのはふたつのぬいぐるみ。兎と猫、可愛らしいぬいぐるみは少女の好みなのだろう。

「だって、お母さま。ぜんぜん私の話をきいてくれないんだもの」

 ぷうっと頬を膨らませながら、ファラはクッションに顔を埋める。ミルクと蜂蜜を落とした香茶は話しているあいだに冷めてしまったので、侍女が新しいポットを持ってきてくれた。焼きたてのジンジャークッキーも美味しそうだ。

「公務がつづいて、忙しいのかも」

 女王の味方をするつもりではなくとも、レオナはつい口走ってしまった。兄のアナクレオンはいつも職務に追われていて、いつ眠っているのかもふしぎなくらいだった。

「でも、もう半月もだよ。私、女王の娘なのに、いっつもほったらかし」

 今度は冷めないうちにと、レオナは香茶とクッキーを促す。美味しそうに焼き菓子を頬張る少女は、ウンベルトの三つ年下の十四歳らしい。甥と姪というよりも、歳が近いので友達みたいな感覚と、そう赤毛の少女は言う。

 では、クライドやガエリオはどうだろうか。

 彼らは女王イグナーツの異母兄弟である。このファラという少女は人見知りしない性格で、レオナともすぐに仲良くなった。

「だから、あの人のところに?」

「うん。ガエリオはこわい顔だけど、お菓子をくれるの」

 レオナは目をしばたかせる。そんな一面があるようにはとても思えなかった。ファラがガエリオの姪だからだろうか。

「こわいことも、意地悪も、されたりしない?」

「どうして? あそこの人たちもやさしいよ」

 ユングナハルの成人は何歳だっただろう。レオナは思い出す。たしかイレスダートとおなじで十八歳だ。となればまだ十五、六のジルは結婚できる年ではないはずで、婚姻が成立しているのかと疑問が残る。

「あのね、レオナはきっと誤解してる」

「誤解?」

「そう。ガエリオはね、レオナが思っているよりもずっと良い人だよ」

 それは善良だという意味だろうか。身内だからそう見えるのかもしれない。でも、あの人は自分の異母弟を。レオナは途中で思考を止める。ファラはまだなにか言いたそうにしている。

「たしかに、ガエリオにはたくさん愛人がいるよね。それが良いことなのか悪いことなのか、私にはわからない。でも、買われた子たちだって、あの家で不自由しているようには見えないよ?」

「でも、あのひとは自分の弟を殺そうとしたり、自分の部下たちを力で押さえつけてる」

「うん。だけどそれも、仕方ないんじゃないかな? だってガエリオを騙したり失敗したり。それにまず言い訳するでしょ? だから余計に怒るんじゃないかなあ?」

 視点を変えればそう見えるようだ。この少女は周りをよく見ているし、ちゃんと状況を把握している。この歳でそれはとてもすごいことだ。感心するレオナに向けてファラは苦笑する。

「だから、ごめんね。ルテキアを守れなくって」

「ううん、いいの」

 謝るべきはレオナだ。あのあと、レオナとルテキアはファラの部屋に泊まった。あれこれお喋りする少女は急に眠気が来たらしく、途中で眠ってしまった。朝になっていきなりガエリオが来た。ルテキアが連れて行かれたあとで、ようやくファラは起きてきた。

「勝手に乗り込んだのは、たしかにわたしだもの」

 ()()()()()とは言わなかった。レオナは傍付きを巻き込んでしまった。ジルはちゃんと保護されているだろうか。ガエリオとの対話を望んでも話は一方的に終わってしまった。

 たぶん、ガエリオはレオナの扱いに困っていた。とはいえこのまま返すのは矜持きょうじが邪魔をする。ルテキアを宮殿に送ったのはそのためだ。

「大丈夫だよ。私が、あそこに連れて行ってあげる」

「ありがとう、ファラ」

 胸を張る少女は目顔で皿を差した。最後の一枚のクッキーをくれるらしい。

「誤解しないでね。私、ウンベルトもジルも嫌いじゃない。家族だもの」

 家族。レオナも口のなかで繰り返す。

「私、最初から王女じゃなかったから。王女になってお母さまとあんまり会えなくなって悲しかったけど、でも悪いことばかりじゃなかったの」

「家族が、増えたから?」

「そう。ほんとうは、みんなで暮らせたらいいんだけどなあ」

 この少女はさびしいのだ。広すぎる部屋で一人きり、だからファラはときどき抜け出して、ウンベルトやガエリオのところへ行く。女王の異母兄弟たちは赤毛の少女を気の毒に思っているのかもしれない。本来の家族の在り方としては、あまりにこの少女が不憫すぎる。

「でも、だめだよね。後宮ハレムは男の人は入れないんだ。あのね、むかしはもっとたくさんの女の人がいたんだって。それに閹人(えんじん)たちもね」

「閹人って?」

「んーとね、男でも女でもない人のことだよ」

 レオナは目をぱちぱちさせる。

「私もよくわかんないんだけど……、でもみんなすっごく綺麗な人たちだよ。みんな親切だしやさしいの」

 うっとりしながらファラが言う。後宮というものがナナル宮殿に存在するのはレオナも知っていた。正妃とは別に愛人とも呼べる王の側室たちが暮らす場所だ。イレスダートやラ・ガーディア、それにグランには後宮がなかったものの、ユングナハルにはあるときいたのはいつだっただろうか。

「じゃあ、そこにルテキアは連れて行かれたのね」

 ナナルの女王イグナーツには夫がいない。ファラの父親だった人はずっと前に死んでしまったらしい。イグナーツは愛人を必要としていないようだが、後宮を解散させないのはそこで働いていた者たちを守るためだ。行き場のない者たちは女王に尽くす。でも、ルテキアはレオナの傍付きだ。返してもらわなければならない。

「だいじょうぶ。ナナル宮殿は迷路みたいに広いけど、ここからだったらそんなに遠くないよ。でも、用事もなく後宮をうろうろしてるとすぐ怒られちゃうの。私、王女なのにびっくりだよね」

 片目を瞑っておどけてみせるファラはレオナを元気づけてくれている。わたしもそうなの。レオナは本当のことを言ってしまおうかと思った。きっとファラはレオナがイレスダートの王女だと知っても驚かないし、もっと仲良くなれる気がする。


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