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イレスダートの聖騎士  作者: 朝倉
七章 砂漠の剣王

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家族の事情②

「兄に会ってください」

 寝台から動けない少年は、ブレイヴにそう言った。

 最初に顔を一発殴られて次には腹を蹴られた。ウンベルトは自分の異母兄の前で、嘘偽りない声をするつもりだった。ところが、ガエリオは皆まで大人しく待つような男ではなく、少年は無抵抗のまま痛めつけられた。

 彼らだけで話をさせるのは間違いだった。

 歯が二本折れていたので、少年の顔は腫れあがっていた。肋骨も折れて内臓も傷ついていた状態で、セルジュが治せたのは外傷だけだ。私は専門ではありませんので。そうのたまう軍師を責める気にはならない。クリスやシャルロットは宿場にいるし、幼なじみはここにはいなかった。

 頭を強く打ったせいでまだ吐き気がするらしく、ウンベルトは寝たり起きたりと短い睡眠を繰り返している。

「兄、というのは?」

「クライドです。あの人なら、助けてくれる」

 ここで自分たちの味方を増やそうと考えるなら、正直に呆れる。家族の問題だから、ここで血縁者に助けを求めるのは至極まっとうな理由だとしても、だ。ウンベルトは弱々しい笑みを見せた。

「こんなことに巻き込んでしまって、申し訳なく思っています。あなたは、兄に会いに来たのでしょう?」

 ブレイヴはうなずく。女王イグナーツへとアナクレオンの書状を渡した。回答はどうあれ、ブレイヴの目的は果たされた。あとは個人的な用件を残すのみだ。

 客間にはブレイヴとウンベルトだけしかいない。傷ついたウンベルトの治療のために、執事が部屋をひとつ貸してくれた。この惨状を見ても顔色を変えなかったのは、これがここでの日常なのかもしれない。暴力と陵辱。少年たちが逃げ出したくなるのは、大人が助けてくれないからだ。

 ジルは侍女が連れて行った。無理やり同行させたようにも見えず、年も少女とそう変わらないように見えた。侍女というよりその娘もガエリオの愛人なのだろう。セルジュは一度宿場へと戻り、ジークはレオナとルテキアを探してくれている。半日待って戻って来なければ諦める。ガエリオの言葉が正しかったと認めるしかない。

「兄の故郷を教えます。でも、気をつけてください。あそこはまだ、揉めていますから。戦える人をちゃんと連れて」

「クライドの村にはダビトが?」

 痛みがぶり返してきたのだろう。苦痛に喘ぎながらウンベルトは呼吸を荒くする。この館には医者や魔道士はいないのか。常駐したとして、そこまで面倒を見るつもりはないのかもしれない。執事の姿もあれきり見ていない。

「ダビトは、月光石を狙ってるんです」

 ユングナハルの集落を荒らし回っているだけでは飽き足らずに、イレスダートへと侵入したのがダビトという男だ。ガエリオの凶暴性を目の当たりにしたあとだと、そのダビトという人間はもっと手に負えない獣だと、そうブレイヴは判断する。そんな危険な人物を野放しにするこの国の女王はやはりおかしい。

「あそこはちいさな集落ですから、ずっと狙われているんです。でも、抵抗できる力があるとわかれば、しばらくは襲ってこないはず。その隙にクライドを」

「わかった」

「兄がいれば、ファラにも会えます」

「ファラ?」

「ガエリオが言ったでしょう? レオナはファラが連れて行ったと」

 ブレイヴはまじろぐ。彼が気を失っているあいだにガエリオと交わした言葉はたしかに伝えた。

「姪です。俺たちの。ファラはイグナーツの娘」

 ウンベルトは笑おうとして失敗した。痛みが勝ったらしい。

「すみません。俺は動けないので、あの子に会いに行けません」

「わかってる。しばらく安静にした方がいい。そのうち、誰か連れてくる」

 にこっとした少年は、それが慰めるための方便だとでも思ったようだ。クリスは教会に行っているはずだし、シャルロットをこんなところに連れて行けない。

「俺よりも、ジルを」

 ウンベルトが寝具の下から手を伸ばしてくる。ブレイヴはその手を受け取った。

「俺が不在のあいだは、レナードとノエルを付ける。セルジュもここに残す」

「ありがとう、ございます」

 でも、と。ブレイヴはそこで声を止める。わかっているのだろうか、この少年は。クライドが加勢してくれる保証もなければ、味方が増えても状況はなにひとつ変わらない。ジルがガエリオの愛人である限り、少年たちのやっていることはままごとだ。

「俺も、必要なんです。月光石が」

「月光石?」

「イレスダート人のあなたには馴染みがないのかもしれませんね。でも、思い出してください。オアシスの水は綺麗だったでしょう? ナナルもそうです」

 たしかにそうだ。井戸水を飲んでも誰も腹を壊さなかった。

「月光石の力です。採掘したときは、ただの白い石にすぎません。でも、精錬して魔力を込めれば、浄化の力を宿せます」

 馴染みがない理由がわかった。イレスダートでは不要のものだからだ。森と湖に囲まれたアストレア。そこで生まれ育ったブレイヴは、水で苦労した記憶がない。

「俺は、あれを精錬できる技術を持っています」

 商家の息子でも教会関係者でもなかった。王族の少年は少なくとも人や金に困っているようにも見えなかった。大人に守られているだけの子ども、ブレイヴの目にそう映っていたのがウンベルトという少年だ。

「俺は王子でもなんでもないんです。母さんはとっくに死んでいるし、俺を引き取った人は他人です。鍛冶職人の親方。無口だけど悪い人じゃない。あの人が俺を引き取った理由は簡単です。鍛冶は表向きの仕事で、本当は月光石の精錬に関わっている。あの技術を持つ者はそれほど多くないので、儲かるんです。穀潰しが一人くらいいたって、どうってことない」

 一気に喋って疲れたのか、ウンベルトはそこでふた呼吸を置いた。ブレイヴはグラスに水を注いで、少年の背を支えながら飲ませてやる。

「本当はね、どっちだっていいんです。ダビトが奪った月光石だって入ってくる。クライドがきいたら、怒るでしょうね」

「きみは、クライドとは」

「会いましたよ。でも、兄はすぐ去ってしまいました。たぶん、俺のことなんて覚えていないんでしょう」

 水を飲み干すとウンベルトはまた息を吐いた。

 ずいぶんとややこしい構図になってきた。イレスダートに害を為そうとしたダビト。そいつの狙いはイレスダートとは別で、本当はナナルを掌握しようとしている。一方の女王イグナーツはダビトを捨て置くつもりだ。他国の王が説明を求めてきても意に介さない胆力の持ち主だが、女王の異母兄ガエリオも負けてはいない。他国の王女を拐引(かいいん)した事実を認めず、聖騎士を(ほふ)ることも(いと)わない。

 その弟ウンベルトもなかなかだ。まともな人間が一人もいないと、そう思いかけたところで思い出した。クライドがいる。厄介者だらけのこの兄弟たちと同類の扱いをされたら、きっと怒るだろう。

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