6. 顛末ハ、終ヮラナィ
葬儀には、多くの生徒が参加しなかった。
立て続けに起こる異変、そして遂に起きてしまった死亡事案に恐れをなし、家から出られなくなった生徒が多いためだ。
私は担任として、出席せざるを得なかった。
──踊り場の窓から誰かが転落した。
そう聞いて、真っ先に駆け付けたのは、私だ。
遺体の顔は、恐怖に歪み、涙で濡れていた。
──呪われたんだ。
私は直感した。……あの時と、同じ。
顛末を全て、私は知っている。しかし、彼女が死ななければならない理由とは、一体何だったのだろう? それだけが、分からない。
喪主席で悲しみに暮れる両親を見ると、罪悪感に心が、少し、痛んだ。
駅に向かう帰り道、私は色々思い出した。
──はじまりは、半年前。
上司に当たるオオクマという教務主任に、私は限界が来ていた。
職員室に毎日響く、怒声。
提出書類の誤字ひとつに、一時間は怒鳴り続ける。
「きさまはそれでも教師か!」
「教師が漢字を間違えるなど、生徒に申し訳ないと思わないのか? これが入試なら、確実に不合格だぞ!」
自分に火の粉がかからないよう、私に助け舟を出してくれる者など、いるはずもない。誰もが顔を伏せ、私を見ないようにしている。
その無駄な一時間のせいで、激務が押される。残業が多いと、能力が足りないと、また怒鳴られる。
ズタズタだった。自尊心も教師への矜恃も、全て打ち砕かれた。
家に帰り、ベッドに身を投げ、私は何のために生きているのか考える、そんな毎日。
そんな私を辛うじて支えているのが、ネットの掲示板だった。
愚痴スレに吐き出し、似た境遇のスレ民と傷を舐め合う。
そんな事でも、その当時の私に「自殺」という行為を思い留めるには足りていた。
そして、ある時。
スレ民の一人が、こんな事を書いた。
『憎い奴を確実に呪える方法がある』
あるゲームのガチャを、特定の方法で回すと行ける、異世界。
そこに、「死神」がいる──。
私は迷わず試した。
ネットで噂される、異世界へ行く方法や呪いなど、吐いて捨てるほど見た。
まさかと思った。
ロスカは、驚きで目を見開く私に、優しく微笑みかけた。
「呪いたい人の名前を、これに書いて」
差し出された紙にあいつの名を書き、渡された五寸釘を打ち付けた。──何本も、何本も。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!!」
憎い顔を思い浮かべながら叩き付ける金槌。これほどの快感はあるのだろうか。私は快楽に浸りながら、狂ったように金槌を振った。
気付けば、五寸釘にズタズタに破られた紙と、藁人形を覆い尽くすように生えた五寸釘が、目の前にあった。
「……気が済んだ?」
金槌を受け取り、ロスカはニコリとした。三日間のうちに、呪いは、果たされる──。
そして、オオクマは、事故で死んだ。
同じ駅に、私もいた。
向かい側のホームで、何かに怯えるよいに走り出した、あの男。
突然、回送電車の前に飛び出した──。
恐怖に歪み、涙に濡れた、最期の顔。
憎い相手の死とは、なんというエンターテインメントか。
私はその顔に、満面の笑みを返した。
葬儀に顔を出す生徒は少なかった。校則の指導が厳しく、生徒たちにも嫌われていた。
そして、喪主席に座る、奥さんと息子にも、涙はなかった。家庭内でもモラハラをしていたのだろうと、容易に想像がついた。
私は、みんなの為になる、良い事をしたのだ。
その事実が、私にこの上ない満足感を与えた。
──その、数ヶ月後。
定期的に行なわれるアンケートで、リンコがモナから嫌がらせを受けている事を知った。
個人面談の時、私はリンコに提案した。
「一度、ホームルームで話し合おうか?」
誰かを虐めているという事実を、他人から認識される事で、やりにくくなる可能性もあると思ったからだ。
オオクマみたいなモラハラも、本人は正当な事をしていると思い込んでいる場合が多い。そこを指摘する事で、雰囲気は変わるかもしれない。
しかし、リンコは首を横に振った。
「私は大丈夫。……ここだけの話、あいつをネタにしたスプラッタ漫画描いてるんだ」
好評なんだよ……、リンコがニヤニヤと言っていた投稿漫画を、ネットで探して読んだ。
モナに当たると思われる登場人物が、リンコに当たる、ゾンビと化した主人公に、不死化された上で、ズタズタに切り裂かれ、顔を焼かれ、熱湯を浴びせられ……。目を覆うばかりの暴虐を受ける、という内容。
私はスカッとする感覚を覚えた。
私も漫画が描けたら、あんな世界に行かなくて済んだのかもしれない、と、思った。
ところが。
あの子が転校してきてしばらくした頃、リンコからまた相談を受けた。
「あいつら、あの子までターゲットにしたんだよ」
漫画は自分の鬱憤を晴らすだけ。でもやっぱり、あいつらに報復してやりたい。もう二度と、虐めなんてできなくしてやりたい……。
私はリンコに聞いた。
「あなたは、あの子が死んでもいいと思ってる?」
少し迷った後、リンコはうなずいた。
──私は、『異世界ガチャ』の方法を教えた──。
試すも、何を望むかも、リンコの意思。
私は方法を教えただけで、実際にやるかやらないかは、本人の責任。
包丁を調理に使うか殺人に使うか、その違いと同じ。私は関係ない。
──しかし、その顛末を見るのは、娯楽だった。
モナを呪ったリンコが、罪悪感を軽くするためにエルカにも教え、そしてモナが死にかけたら、あの世界で呪いの取り消しを頼みに行ったのだろう、こちらの世界に戻れなくなり、唆されたエルカが自殺未遂……。
覚悟が足りないから、こんな事になるのよ。滑稽だわ。
しかし、あの転校生には少し同情する。誰に呪われたのか、誰を呪ったのか、知らないけど、まさか、死ぬとはね。
でも、ひとりじゃないから。今朝、モナとリンコのご両親から、死んだと、連絡が来たの。
エルカは、相変わらず狂ったまま。この先どうなるかなんて、知った事じゃない。
どうかあの世では、三人、仲良くやってね。
唯一の問題は……。
みんな死んじゃったら、私の娯楽がなくなるじゃない。
次の犠牲者を、探さなくちゃ。
ふと気付くと、辺りは時期外れの霧に包まれていた。霞んだ景色に、人影はない。
──駅に向かう大通り。いくら休日の昼間といえ、こんな事は有り得ない。
ねっとりとした風が街路樹を揺らした。黒く霞む木陰を見て、私の脳裏に強烈な印象が思い浮かんだ。
──呪いの、森。
嫌な汗が流れた。しん……と静まり返った街の風景が、あの森に飲み込まれている、そう感じた。
背後に気配を感じる。怒りも憎しみも、喜びも悲しみも、全ての感情を廃した、虚無。
私は恐る恐る、振り返った。
そして、そこにある存在を確認し、ゆっくりと、その名を口にした。
「……ロ、ス……カ……」
呪術師の少女は、一本歯の下駄をカランカランと鳴らして、私に近付いてくる。
「あの子の望みを、叶えに来たの」
「あの子の、望み……?」
私は後ずさりながら、ロスカから目を離せないでいた。
「正義って、気持ちいいもの。一度、その味を知ってしまったら、止められない。
だから、この呪いを終わらせるには、あなたが死ぬしか、ないの」
金縛りが全身を凍り付かせる。そんな私を見ながら、ロスカはニコリと微笑んだ。
「もう、満足したでしょ?」
恐怖に揺れる視線の先で、ロスカは、掌の上で五寸釘をくるくると回した。
「出番よ、ルーシー」