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4. 後悔ハ、呪ィ二転ズ

 ──美辞麗句。

 うまいこと言って誤魔化すだけの意味のない言葉。

 私には、担任の言葉がそう聞こえた。

 生徒指導室を出た後、教室には行かなかった。同級生殺害未遂事件の犯人だと疑われてると、わざわざ教えられて、噂の渦中へなど行けるはずもない。

 私は屋上へと繋がる階段の踊り場に身を置き、膝を抱えた。


 私が助けなきゃ、リンコは死ぬだろう。……いや、もう助からないかもしれない。でも、あの様子を見て、何もせずにいることなど、私の良心が許さない。


 ……今晩、もう一度行く。


 私は心に決めた。そしてチャイムの音に紛れて、学校を飛び出した。




 夕方。

 母親からひどく説教された後、私は部屋に駆け込んでベッドに身を投げた。

 床に投げ出した通学カバン。ホームセンターで買った鉈が入っている。果たして、あちらの世界に持ち込めるのだろうか? 私はそれだけが不安だった。


 ──四時四十四分。


 昨日と同じようにガチャを引く。昨日と違うのは、手に固く、鉈が握られていること。

 画面にロスカが現れ、そして視界は暗転する。


 ──目を開くと、暗い森。

 私はすぐに右手を確認した。……鉈は、手にあった。

 私は駆け出した。目的地は分かっている。ロスカに見つかる前に、早く……!


 無数の藁人形をまとった巨木。凹んだ幹の隙間に、リンコの足が見えた。……身体が半分飲み込まれて、だらんと垂れている。

 でも、やるしかない。

 私は走る勢いのまま、鉈を巨木に突き立てた。

 ──ズン。

 奇妙な振動があった。だけど私は手を止めず、鉈を引き抜きいて、リンコの身体を絡め取る枝を斬り払った。

 ──グオーン。

 脳を突き刺すような異音が響く。構わずにもう一本、もう一本と、枝を剥がした。しかし、リンコがめり込んだ幹を削らなければ、救出は無理そうだ。

 鉈の刃先を差し込んで幹を削る。しかし、元々そういう使い道でない道具だ。引っかかってうまくいかない。私は焦りと苛立ちに任せて、再び幹に深く刃先を突き刺した。

 ──ブォン。

 近くで風を切るような音がした。その途端、側頭部を酷く殴られて、私は枯葉の上に吹き飛んだ。

「──痛ッ!」

 耳を押さえて、掌に血の感触を感じるのが精一杯。何とか顔を上げて、加害者を探す。ロスカだろうか?

 しかし、そこに白装束の少女の姿はない。

 代わりにあったのは、黒くゴツゴツとした枝だった。それは鞭のように伸びて、私の体を絡め取った。

「────!!」

 抵抗する間もない。勢いよく振り回され、暗い地面に叩き付けられる。息が詰まる。枝は容赦なく、再び私に襲いかかる。


「……やめて、ボルクス」

 状況に不釣り合いな落ち着いた声がした。鋭い枝先が、私の目の前で止まった。痛みと恐怖で涙があふれ出た私の視界に、ロスカが現れた。

「#標的__ターゲット__#でない人を、殺してはいけないわ」

「……コイツ……オレヲ……キッタ……」

 神経をささくれ立たせるような、低い、声とも音ともつなかない言葉が響いた。ハッと顔を上げると、巨木の顔が私を睨み下ろしている。……木だと思っていたのが、木に似た怪物だったのだ。それは、枝を腕のように動かして、私から離した。──そこから、真っ赤な血が垂れている。私は耳を触った。この血は、私の怪我ではなく、この木のものだったようだ。

「痛かったわね。……でも、恨んではいけない。そんなことをすれば、あなたが呪われるわ」

 ロスカは巨木に近付き、腰から垂らした綿布を枝に巻いた。

「そうすれば、呪いの連鎖が起きて、悲しみがどんどん深くなるだけ。

 ──人間の世界みたいに」

 布を巻いた枝に頬を寄せるロスカの横顔を見て、私は不審に思った。


 呪いを撒き散らす立場なのに、何を言ってるの……?

 リンコは、私のために犠牲になった。私が友達として助けるのは当然だし、助けようともしないこいつはどうかしてる。

 苦しんでる人を助けないとか、心を持っていないのか。


 私の中に激しい憤りが湧き上がった。その気持ちを抑えられずに、私はロスカの方へ足を進めた。

「呪いの依頼をするわ」

 ロスカは微笑みを口元に張り付かせた表情で私を見た。

「いいわ。──紙に、名前を書いて」

 ひったくるように紙を受け取ると、私は木の幹に紙を押さえて、まっさらな紙面に大きく文字を書き殴った。

「……それが、あなたの願いなの?」

「そうよ! あなたがいなくなれば、呪いの連鎖も、人が死ぬのも、悲しみも、全部なくなる! ──この、忌まわしい世界も……!」


 私は、『ロスカ』と大きく書いた紙を、彼女の顔の前に示した。


「私は、あんたを憎んでる。あんたがいなければ、リンコも、モナも、エルカも、あんな事にはならなかった!

 あなたが死ねば、リンコは助かる。モナも、エルカだってきっと……!

 あなたさえいなければ、何も起きなかった!」

 ロスカは静かに聞いていたが、やがてポツリと口を開いた。

「エルカも、リンコと同じ」

「……どういうこと?」

「彼女は、自分で死を選んだの。モナを呪った結果を恐れて、自分を呪ったの」

「……嘘、だって……」

「呪いは、一人から受けるとは限らないわ」

「…………」

 呆然とする私に、ロスカは金槌と五寸釘を差し出した。

「どうする?」

 私はしばらくロスカの美しく整った顔を見つめた。けれど、その表情からは、何の思惑も、何の感情も読み取れない。

 私は手を伸ばした。奪うように白い手から金槌を取り上げ、五寸釘を握った。

 そして巨木に向き直り、金槌を振り上げた。紙を押さえ付けた五寸釘の頭に、迷いなく打ち下ろす。

「あんたなんか、信じない。人殺しなんて、信じられない!」

 黒い森に金属音が響く。一打一打に怒りをぶつける。その行為は、黒い快楽に満ちたものだった。

 どんな言い訳をしようとも、ロスカさえいなければ、誰も死なずに済む。恨みも呪いも、極端な形で現われることはもうない。この一打一打が、私の大切な人を守るんだ。私は、正しい──!!


 ──死ね!死ね!死ね!死ね!


 心の思いが、言葉となって口を動かしていた。歪んだ唇に呪詛が溢れ、目は狂気に満たされる。しかし私は、自分の正しさを信じて疑わなかった。

 リンコの、モナの、エルカの、仇を取る。これで──


「私が、全部、終わらせる──!」


 深々と幹に打ち込まれた五寸釘を見ながら、私は肩で息をした。

 後ろからロスカの声が聞こえた。

「気は済んだ?」

 私は無言で、金槌を差し出した。それを受け取ったロスカは、感情のない笑顔を見せた。

「三日間のうちに──」

「分かってる!」

 吐き捨てて睨んでも、ロスカは表情ひとつ変えない。静かに手を私に向けた。

 と、急に動きを止めた。

「その前に、ひとつ言わなきゃいけないわ」

 ロスカは穏やかな目を、リンコがいた場所へと向けた。

「彼女は、全て自分のためにやったのよ。

 あなたがクラスに馴染めない原因を教える必要なんかないのに、自分の仲間にしたくて、あなたにメールを見せた。そのせいで、あなたは彼女を見捨てられずに、ここに来た。

 モナに見下されてるのをエルカに教えて、この場所を教えたのも彼女。

 彼女が、全ての元凶。

 あなたは彼女に、同情する必要なんかないの」

「うるさあああい!!」

 私は声の限りに叫んだ。しかしそれは、暗い霧の中に吸い込まれていった。

「他人の事を言うくらいなら、自分の罪を自覚しなさいよ!!」

 刺すような視線をロスカに送る。ロスカは薄笑いでそれを受け止めた。しばらくそうしていた後、ロスカは無言で、私に手を差し出した。

 視界が歪む。捻じれる。意識が暗闇に落ちる。


「──遅刻するわよ!いい加減起きなさい!」

 いつもの、母の苛立った声。

 私は目を開き、カーテン越しに揺れる朝日を感じた。

 時計代わりのスマホを見る。

 するとそこには、藁人形の絵が映っていた。……確か、名前はルーシー。

 その顔に、五寸釘に穿たれた、紙。

 なぜか、何も書かれていない。

 しかし、あの出来事は夢ではなく、現実だと理解するには十分だった。

 ──これで、いいんだ。

 モヤモヤと渦を巻く心を納得させるように、私は大きく息を吐いた。




「……ドウ、スルンダ?」

 しんと静まり返った森で、巨木鬼がロスカを見下ろした。

 答えられず、沈黙するロスカの表情に、笑みはない。澄んだ瞳は、暗い虚空を眺めていた。

「……コノ、セカイ、ダレガ、ツクッタカ、ナンノタメニ、アルカ、オモイダセ」

 ぬめりとした風が、柔らかい栗毛を揺らした。

 やがて、ロスカの口が、静かに動いた。

「……そうね、この世界を作っているのは、人間たちの、恨み」

 巨木鬼は、白布が巻かれた枝を、そっとロスカの肩に置いた。

「恨みのために死にきれない魂を解放するために、私がいる」

「ソウダ……」

 巨木鬼の赤い目が細められた。

「ナラバ、シヌベキハ、ダレダ」


 ロスカは、ゆっくりと顔を上げた。

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