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先生、トイレ行ってもいいですか

作者: 吉狐

「先生、トイレ行ってもいいですか」


松下俊太まつしたしゅんたは先生に許可を取ると、そそくさと席を立ち授業中の教室を抜け出した。


「おい、明人あきと。あいつ、またトイレ行ったぞ。朝からこれで3回目だ。」


「ああ。昨日も、一日に7回、一昨日は6回だ。今週に入ってから、あいつ、なんかおかしいな。」


俊太の親友である、豪力明人ごうりきあきと神木隆二かみきりゅうじはここ数日の親友に違和感を感じていた。


「おい!そこ。こそこそ、うるさいぞ!俺の授業がつまらんのなら、廊下でしゃべってろ。」


「「すいませんでした!」」


先生に注意され、二人は背筋を伸ばす。


しかし、やんちゃ坊主の中学二年生。集中モードがそう続く訳もなく隣の席同士の親友二人は再び、俊太の話題になる。


隆二は俊太の違和感について話し始めた。


「ここ最近あいつ、どっか上の空だし、いつもは俊太から遊びに誘ってくるのに、今週は俺たちが遊びに誘っても『用事がある』とか言って断るよな。」


明人が続ける。


「あいつ、他の人にばれたくない秘密でもできたんじゃないか。どうせ、トイレでもなにかやましいことしてるんだろ。」


「ちょっと、俊太に聞いてみるか?」


「いや、隠し事なら俺たちにも喋れないかもしれない。」


本人から事情を聴くのが一番だと思った隆二だったが明人は違った。


「じゃあ、どうすんだよ。俺たちに隠し事されたままで、お前、いいのかよ!?」


明人の疑り深い態度に、隆二は少し感情的になった。明人も別に名案があるわけでもなく、何も言えない。


隆二は、黙り込んだ明人を見て少し申し訳なく思ったが、親友である俊太を信じたい気持ちもあった。


ただ、俊太が何か自分たちに隠し事をしているということは二人とも感じていたことであった。


「なあ、今度あいつが席を立ったら、後をつけてみるか。」


明人の思いがけない提案に隆二はたじろいだ。


「そんな。なんか、俊太に悪いよ。」


「じゃあ、お前は来なくていいよ。」


明人は突き放すように隆二に言った。


「お前ら!静かにせんのなら運動場に立っとれ!」


「「すいませんでした!」」


先生の檄が飛んで再び二人の背筋が伸びる。


次は本当につまみ出しそうな先生を前に、これ以上二人は何もしゃべることはできなかった。






二人はトイレのドアの前にいた。


時刻は11時半。まだ、四時間目の途中である。


四時間目が始まるとすぐに席を立った俊太を追うように明人は席を立った。隆二は迷っていたが、結局明人の後に席を立ったのだ。


さすがの先生も、三人目の隆二には「トイレぐらい休み時間に済ませとけ」と小言を言ったが、制限することもできず、三人の生徒が無事教室を抜け出した。


「いいか。絶対声、出すんじゃねーぞ。」


明人は隆二にくぎを刺す。明人は神妙な顔でうなずく。そして、ゆっくりと外開きの扉を開けた。


「!!!」


明人は驚愕した。


隆二に声を出すなと言った手前意地でも声を出さまいとはしたが、少しうめき声に近いものがこぼれる。


辛うじてドアを閉めた明人に隆二が詰め寄る。


「おっ、おい。大丈夫か?

 めっちゃ驚いてたけど、あいつトイレで何してたんだよ。」


隆二の問いに明人は答えない。


ただ焦点の合わない眼差しで、ぼうっと隆二の顔を見つめるだけだった。


不意に、明人が隆二に寄りかかる。いや、隆二に倒れこんだ。


隆二は咄嗟に明人を受け止める。


「おい!明人!大丈夫か?しっかりしろ!おい、おい!」


隆二は動転して明人を必死にゆする。


だが、ぼうっと何か遠くを見つめるだけで、反応がない。


隆二は無我夢中だった。目の前で突如、親友が倒れたのだから無理もない。


そのため、残念なことに隆二は気づくことができなかったのだ。


トイレのドアが僅かに開き始めていることに。


顔を上げればすぐに気づくはずだったが、倒れてしまった明人に必死であるため、気づくことはない。


音もたてず静かに開くドア。


そこから、現れたのは松島俊太だった。しかし、俊太ではなかった。


厳密には、明人や隆二の知っている俊太ではないと言うのが正しいだろう。


彼の瞳は夕日よりも真っ赤に輝き、頭髪は腰まで伸び、黄金にきらめく稲穂の如く輝いていた。


身体は、丸びを帯び、魅惑的な桃のような尻、顔をうずめたくなるような豊満な胸をたたえていた。


そして、極め付きは黄金色の中からひょいと覗いている、一対の獣の耳。


尻からは抱き枕にでもなりそうな、フサフサの立派な尻尾。


どちらも、黄土色をしており、一目で狐のそれと分かる。


顔立ちや風貌こそ俊太だが、明らかにその人はボーイッシュな感じの女性であった。頭部と尻にある狐のそれを除けば。


「隆二クン。明人ばっかり見ないで私もかまってよ。」


彼女が媚びるように隆二に言う。その声は、全くの女性であった。


隆二は仰天して腰を抜かす。


「ひゃっ!!だ、誰だお前!」


「やだ、隆二ったら。俊太じゃない。」


「う、嘘をつくな!

 お前、俊太はどうしたんだ!」


「やだな~。もうばれちゃった。って、あったりまえか~。

 私はね、大昔に人間どもに封印された狐のあやかしなの。」


「狐!?アヤカシ?」


隆二はまたもや仰天した。


「あやかしは妖怪のことよ。みんなそう呼んでるからね。私は好まないけど。」


「ひっ!よ、妖怪!」


驚きで声が上ずる。


「私ね、神社に閉じ込められてずっと寂しかったのよ。でもね、人間どもがだんだん神社に参拝しなくなって、管理もされなくなったから封印の力が解けて晴れて自由の身ってこと。」


「そ、それで俺たちに何の用があんだよ!」


妖狐は微笑みながら、隆二に答える。


「そんなに、こわがらないで。

 私、これからちょっと人間たちにやり返しをしようと思って。」


「やり返し?」


隆二は困惑する。


「そう、やり返し。その第一歩に私の身体と下僕を見つけないといけなかったのよ。

それで、探してたら生きのいいのが三ついたからちょうどよかったの。

先ずは、体を手に入れることが先決だから、この“依り代”に私の妖力をすこしそそいだわ。

人間に妖力が入ると妖力の持ち主に体が乗っ取られるのよ。つ・ま・り私の好き放題!」


隆二は何か察して、背筋が凍る。そう。この人、いや、この妖狐の恐ろしい魂胆を理解したのだ。


「あっ。気づいてくれた?そうよ、あなたには私の下僕になってもらうわ。私、物分かりのいいしもべは大好きよ。」


隆二は恐怖した。すぐさまこの恐ろしい怪物から逃げねばならぬが、腰が抜けて力が入らない。


「逃げちゃダメよ。ほら、その子はもうしもべを受け入れてるじゃない。依り代のほうは、結構粘り強かったけど、下僕ちゃんのほうは案外素直に堕ちてくれたわね。ウフフ…」


妖狐はそう言うと明人に目をやる。


なんと、明人の体が変わり始めていた。


体から黒い毛がモサモサと生えてきたと思うと一気に伸び、同時に体が中型犬ほどに縮んでいく。

骨格も四足歩行の体に変わる。かかとが地面から浮いて伸びていき、接地面積の少ない脚へ、腕も同様に脚へと変わる。


人間の平べったい顔は、鼻が黒く湿り口とともに前に突き出して、細く伸びていく。そして、三対の長いひげがピューとのびるとマズルが形成される。


耳が頭部へ吊り上がっていき、妖狐のような三角形のきれいな狐耳が完成する。しかし、その色は漆黒の黒である。


同色の尻尾がフサフサとその黒狐にたたえられると、妖狐の下僕が誕生したのだった。


その様子を唖然として見つめていた隆二は、大粒の涙を流して懇願した。


「何でもしますから!どうか、お許しください!ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」


妖狐は一笑すると、優しい口調で話しかける。


「私は、人間を許せないのよ。身勝手に私を封印して。だから、今度は私が身勝手になる番よ。私の身勝手な遊びに下僕として参加できるのだから、うれしく思いなさい。」


それは、隆二への死刑宣告に等しかった。


「そうそう、依り代クンは体が少しずつ私に支配されていって、変化した体をトイレで必死に隠してたみたいだけど、あなたはそんなに粘れるかな?黒狐ちゃんみたいにすぐ、屈服しちゃうと思うけど。あら、やっぱり。もう、変わってきてるじゃない。」


明人は驚いて、指をさされた自らの左腕を見ると、そこには青い鱗がびっちりと生えてた。


いつの間にか隆二にも妖力が注がれていたのだ。


「やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!やめろやめろやめろやめろやめろやめろおおおおおおおおぅぅゥゥグゥオオオオオオオオオオオオ」


隆二の叫びはやがて獣の雄叫びのように響いた。


隆二も下僕に堕ちたのだ。


そこにいたのは隆二ではない。全身を空よりも深い青色のうろこに覆われた一匹の龍である。


鋭い眼光に狐より長いマズルから一対の長い長い髭。


蛇のような胴体には、蛇にはない黄色のうろこに覆われた鳥のかぎ爪ような短い脚が三対。全長は十数メートルはあるだろう。


妖狐は雄大な青龍の背中に飛び乗り、竜の頭に生えている二本の立派な角をつかむと叫んだ。


「さあ!我と共に、この広い世界をとくと楽しもうぞ!」


黒狐が妖狐の後ろにひょいっ飛び移ると、妖狐と黒狐を乗せた青龍は廊下の窓から高い高い大空へと消えていった。



給食時間、俊太と明人そして隆二が行方不明になったことと、未確認飛行生物の話題で学校はパニック状態であった。


誤字脱字がありましたらご一報いただければ幸いです。

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