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茜色の世界へ、君に会いに行く  作者: たれねこ
Day 4 10月14日(日)
29/40

第29話 Day 0 島野康明

 俺があの日のことを話すには俺と安居朱香とのことをまず話さないといけない。それは気が乗らないことだし、個人的にはもう忘れたいことだ。


 なぜなら俺は安居朱香に気があって、事件当日に告白して振られたからだ。


 安居さんのことを意識し始めたのは二年生から始まった二クラス合同の芸術選択の美術で一緒になったことからだった。最初は単なる同じ授業を受けるあまり目立たないタイプの女子としか思っていなかった。

 二学期が始まった直後くらいだったろうか、たまたま彼女が美術室に忘れ物をし、それに気付いて届けたことがあった。そのとき、「ありがとう」と真っ直ぐに嬉しそうに笑顔を向けられ、迂闊うかつにもときめいてしまったのだ。彼女のことを意識する男子は少ないように思えた。これは誰かに彼女の魅力を気付かれる前に先に手をつければ、自分のものにできると思った。安居さん自身、恋愛とかそういうことに無縁むえんな女子に勝手ながら見えていたから口説くどくのも簡単だと思った。

 それから、美術の時間を中心にできるだけ関わろうとしたが、安居さんの周りにはいつも数人の女子がいてなかなか絡むタイミングがなかった。

 二週間くらい前だったかな――ふとしたタイミングで安居さんが美化委員に所属していることを知った。すぐさま自分のクラスの美化委員の男子に話を聞いた。そこで毎月一度、放課後に定例の委員の仕事があることを知り、それを真面目にやっている委員は少なく、ダラダラとこなすだけだと言うので、そのときに思い切って安居さんを誘い出して告白しようと決意した。放課後だし、部活や用事がある生徒以外はあまり学校には残らないので丁度いいと思った。


 そして、事件当日。俺は自分のクラスの美化委員の男子に頼んで、安居さんがどこを回るかをメールで教えてもらい、四階の中央階段脇で待っていた。

 教えてもらった通り、安居さんは美化委員の仕事で教室に出たり入ったりしていた。さらに都合がいいことに一年生のころにパシりに使っていた村中大樹も一緒にいて、運が向いていると思った。

 教室から出てきて中央階段を過ぎようとしていた安居さんに、俺は声を掛けた。

「あのさ、安居さん。ちょっといいかな?」

「ごめん。今、委員会の仕事してる最中だから後にしてくれないかな?」

 安居さんは取り付く島もないほどあっさりと断ってきた。しかし、ここで引き下がる気はなかった。委員の仕事が形だけで真面目にやっている人がいないということを知っていたから、押せば付いて来てくれるという確信があった。

「そんなに忙しくしてるようにも見えないんだけど――少しの時間でいいんだ」

 しかし、自分の予想に反して、安居さんは明らかに困ったような顔をする。ここでもう一つ何かきっかけがあれば安居さんは動かせるかもしれないと考え、村中を安居さんに気付かれないようににらみ付ける。村中に何か言えと暗に強制する。そうすれば、あいつは勝手にこっちに都合のいいことを言うだろうと思っていた。村中はそういうやつなのは同じクラスだった一年間でよく知っていた。

「や、安居さん。僕が一人で点検の続きするから……」

 案の定、村中は面倒ごとを避けるかのように渋々切り出す。安居さんは、「でも……」とまだ迷っているようだった。

「村中もああ言ってくれてるんだし、ほんの少しだけなら問題ないっしょ」

 できるだけ笑顔で俺はそう付け加える。ここまですれば断る方が難しいだろう。

「行っておいでよ、安居さん」

 幸運なことに村中がさらに一言、安居さんの背中を押すようなことを言った。心の中でナイスと俺は叫んだ。

「分かった。でも、すぐ戻るからそれまでお願いしていいかな?」

 安居さんは渋々といった感じだったが、連れ出すことに成功した。そして、人の目を避けるために下の階に移動することにした。

 そして、三階の階段脇の放課後はまず人が来ない地学講義室に連れ込んだ。

「それで、話って何かな? 私、早く戻りたいんだけど……」

 安居さんは目を伏せながら尋ねてくる。

「俺、安居さんのこといいなと思ってたんだ。よかったら、俺と付き合ってくれないか?」

 安居さんは顔を上げ、俺の顔をじっと見つめる。

「……そう、言われても……」

「俺じゃあダメかな? 俺は彼女は大事にするタイプだし、安居さんのことを絶対幸せにするよ」

 安居さんはまたしても目を伏せる。そして、

「ごめんなさい……」

 と、小さな声で拒否を示す言葉が返ってくる。

「なんで? 何か付き合えない理由とかあるの?」

 安居さんは相変わらず目を伏せている。誰も来ないならこのまま押し倒してしまおうかという考えが脳裏のうりによぎったが、それはさすがに自制心が働いた。

「もしかして、付き合ってる人とか好きな人でもいるの?」

 安居さんは小さく頷いた。それでは現状自分には何もすることはできない。引き下がるしかもう道はない。ただ、安居さんの想いを寄せる相手だけは知っておきたかった。それが自分以下のやつなら腹いせに嫌がらせが出来ると思ったからだった。

「で、それは誰? 誰にも言わないから、聞かせてもらってもいいかな? それだけ聞いたら大人しく諦めるから」

 安居さんは迷っているようで、名前を口にするまでの十秒足らずの時間が十分にも感じられるほど長かった。それほど苦痛に満ちた、みじめな時間だった。

「え、えびすだ――」

 俺はカッとなって近くの黒板を叩いた。戎谷と言ったら、二つ上の戎谷先輩のことだろう。見た目も頭もよくて、女子にもすごい人気がある、完全無欠が服を着て歩いているような人で――あんな人に太刀打たちうちできるわけがない。いわば、アイドルとか芸能人とかそういう類の雲の上の人種だ。

 そして、安居さんの前に好きになった一年のときに告白した相手も戎谷先輩が好きだからという理由で振られた。そんな記憶と混じった。だからこそ、思わず頭に血が上って黒板を叩いてしまった。

 安居さんは突然の大きな音と俺が黒板を叩いたことで恐怖が目に浮いて見えた。

「あんたも夢見がちなそこらへんの有象無象うぞうむぞうと一緒なんだな。がっかりしたよ。でも、早く分かってよかったよ。そんな人だって――」

 俺はそんな捨て台詞ぜりふを吐いて、乱暴に地学講義室の扉を開け放ち、自分の教室に鞄を取りに戻ることにした。

 振られたこともそうだがむしゃくしゃした気持ちで胸がいっぱいで、何かに当り散らしたかった。だから、四階に戻り、自分の教室の扉も開ける前に一度蹴飛ばしてから乱暴に開けて中に入った。近くにあった掃除用具入れも蹴ったが、当たり所が悪く自分の足の方が痛かった。

 それで頭が冷えて、冷静になるとアホらしくなって、教室の窓から外をぼんやりと眺めた。そこから見える景色は夕焼けに全てが染まり、思った以上に綺麗だったのを覚えてる。

 夕焼けを見て綺麗だなんて思ったのは小学生のころ以来で、そもそもこんな時にそう思った自分のことがバカっぽくて、なんだか笑えた――。

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