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茜色の世界へ、君に会いに行く  作者: たれねこ
Day 2 10月12日(金)
22/40

第22話 二人だけの夜更けに

 有悟君は話し終えると、私の方に顔を向ける。

「これが僕と兄さんの関係だ。どうだい? 兄さんに幻滅げんめつしたかい? それとも僕の不甲斐ふがいない人生に笑えてきたかい?」

 有悟君の口には薄っすらと笑みが浮かんでいた。しかし、私は笑うことができなかった。

 一人だけで耐えて生きてきた有悟君に――ここ数日で見てきた有悟君の笑顔の裏にあったものの一端に触れて、私はなんだか涙があふれて止めることができなかった。

「なんで、朱香さんが泣くんだい?」

「それはきっと有悟君が泣かないからだよ――きっと今の私の涙は今まで有悟君が流しそびれた涙を代わりに流してるんだ。私は有悟君を有悟君として見ているし、見ていたんだよ――知ってた?」

 有悟君は小さな声で何かを言っていたが聞こえなかった。でも、月明かりでぼんやりと見える口の動きから、「知ってたよ。だって――」と、途中までだがそう呟いていたのは分かった。

 そして、有悟君はまた空に視線を移す。その横顔は今にも消えてしまいそうなほどはかないものに見えた。それは幽霊の私なんかよりもずっと危うい場所にいるのではないかと心配になるほどだった。

 私の涙は止まる気配がなくボロボロ零れる。こんなにも静かに涙が流れ続けるということは経験がなかった。私は胸を締め付けるような感情の行き場を見出せずにいた。きっと実体があれば有悟君を抱きしめるとかして体温を感じあって、安心するということもできたのかもしれない。

 ただ、私は一度も彼に触れたことも体温も感じたこともないし、これから先、そのような機会は絶対に訪れない。私と彼の住む世界は近いようでとてつもなく遠い。

 私と有悟君のたった五メートルもない距離は永遠よりも長いのだ――。私はその途方もないほど離れた五メートル先の彼をただただ涙を流しながら眺めたるしかなかった。


 それから何分が経ったろうか――おそらく十分は経っていないだろう。私の涙はやっと流れることをやめ、クリアになった視界で有悟君を見つめる。彼はまだ空を見ていて――。

 私はゆっくりと近づいて隣から空を見上げる。星なんてほとんど見えない夜空でそれでも有悟君は空を見ていた。

「有悟君は空に何を見ているの?」

「僕は……ただ上を見ていると安心するだけだよ」

「どういうこと?」

「なんというかさ、人間って生き物は上下のランク付けをしたがるし、僕の上にはいつも兄さんの存在があった。でも、実際見上げた場所には当たり前だけど誰もいるわけではないんだ。僕はそのことにホッとするんだ。ただそれなりに高い場所や開けた場所でないと、上に人が見えちゃうから気をつけないといけないんだけどね」

「そういうことなら、学校の屋上は丁度ちょうどいいよね」

「うん。学校周辺に高い建物がないから空を見上げるには最適だよ。ただあんまり清掃されない場所だから横になると制服がすごい汚れちゃうんだけどね」

「そうなんだ。もしかして、経験者?」

 有悟君は隣で空を見上げたまま頷いた。

「有悟君ってさ、何気に抜けてること多いよね。私がこんなんになってから何度そう思ったか……」

「僕みたいな人間になると、少々抜けたことをしても見過ごされるんだ。元々人としての注目度は低いから、それは余計にね。だから、ミスをしても人知れずリカバリーとかできるのは強みだよ」

 私は有悟君の隣で肩を揺らす。

「ははは。ほんと生きてる間にそんなところを知りたかったよ。もし知ってれば、天然の優等生なんていう面白い性質の男の子の観察とかしてたかもしれないのにな」

「そんなことしても僕は普段は人一倍気を張ってるから、表情の変化にさえ気付かれないと思うよ」

「それ、意識してやってたの? なんか有悟君ってさ、とことん不器用というかずれてるよね。なんかそういうところが――」

 私はかわいいと思ったし、好きだと思った。言葉にするのは恥ずかしくてすんでのところで呑み込んだ。

 有悟君は窓だけ閉めて、月明かり差し込む窓の脇に座り込む。私も隣にちょこんと座り、暗闇で見えない有悟君の手に自分の手を重ねてみた。

 触った感触も体温も感じることはできないが確かに私と有悟君は繋がっていた。

「生きてる間にこんなことしたかったな――」

「そうだね。僕もこんな形で朱香さんに触れたかったよ――」

 そのまま私と有悟君は眠りについた。私は落ちていく瞼と意識のなか、どうか有悟君は幸せな夢を見れますようにと月に祈った――。

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