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茜色の世界へ、君に会いに行く  作者: たれねこ
Day 2 10月12日(金)
13/40

第13話 静かな朝に

 夢を見ていた気がする――。

 私は階段を上がっていた。上に人がいることは分かっていた。

 階段を上る前に嫌なことがあった。階段の上にいる人物に会えば、その嫌なことを忘れることができる気がした。

 その日、私は大事なことをその人に伝えたかった気がする。

 何を伝えようと思ったんだっけ?

 そう、思い出した。


 私はちゃんと君を、君自身を見ているよ――。


 夢の中の私はちゃんと伝えることができたのだろうか――?



 目が覚めると見慣れない天井を見上げていた。まだ陽は昇りきってないようでカーテンの隙間から入ってくる光はまだ淡い色を帯びていて、どこか肌寒さを感じる。

 目尻にはまだ涙が残っていたようで、まばたきをすると涙がすっと流れた。

 私は目が覚めたのが嬉しかった。眠ってしまうともう目が覚めないかもしれない恐怖があったからだ。

 私は死んで初めて、目が覚めるのは当たり前ではないこと、つまりは生きていることへの喜びを知った。

 体を起こして、ふと有悟ゆうご君の方に目を落とすとゆっくりと肩が上下していて、そのことが、そんなことだけでなぜだかホッとできた。寝顔を見ることは――やめておこう。

 ゆっくりと伸びをし、耳を澄ませると外からはすずめの鳴く声と、新聞配達だろうかバイクの音が聞こえてくる。

 その全てが、一つ一つが世界を形成していて、私はもうその世界からは外れてしまった。こんな当たり前の朝がどうしてこんなにも特別なものに思えるのだろうか?

 気が付くと零れる涙を止められずにいた。部屋の中にはもう誰にも届くことのない小さな嗚咽おえつ交じりの泣き声が混じりだす。

 どれくらい泣いただろうか――声を押し殺していたのに有悟君が起きてしまい、彼は心配そうな顔を向けながら、私の前の床に膝を付いた。

安居やすいさん? 大丈夫?」

 私は何度も頷いて見せる。しかし、誰が見ても――見える人はもう一人しかきっといないけれども、私は大丈夫ではないのだろう。

 どんなに泣いても布団にシミ一つ付けないことで、私の今ここに存在する意味はなんなんだろうかと私の中の不安は大きくなる一方だった。

 有悟君は困った表情を浮かべていたが、ギターを手に取り弾き始めた。

 最初は昨日も聴かせてくれた竹内まりやの『涙をふいて』。それをサビやメロを繰り返して長くしたもので曲が終えるころには涙は止まっていた。有悟君はそれを見てホッとしたような表情を浮かべ、違う曲を弾き始める。それは有名なアニメーション映画にも使われている、松任谷まつとうや由実ゆみの『やさしさに包まれたなら』だった。

 有悟君のかなでる音は優しい感じがして、いつの間にか心の中は穏やかな気持ちに包まれていた。

 有悟君はギターを床に置いて、優しい声音こわねで「落ち着いた?」と尋ねてくる。私は一度だけしっかりと頷いて見せる。

 有悟君は時計をちらりと見て、立ち上がり、

「じゃあ、そろそろ紗和子さわこさんが朝食の用意すませてくれてると思うから、僕は朝ごはん食べてくるよ。安居さんはもう少しゆっくりしてるといいよ」

 と言い、ドアに向かって歩き出す。私はそんな有悟君の背中に無意識に話しかけていた。

「ねえ、有悟君。私のことも下の名前で呼んでもらっていいかな?」

 私は自分で言って驚いた。それは唐突に提案された有悟君も同じようで――。

「ごめん、ごめん。今のなし! なしねっ。なしなんだからね」

「そう? 僕はどっちでもいいよ。朱香あけみさん」

 私は顔が急に熱くなるのを感じた。言葉が出てこなかった。有悟君はそんな私に初めて見せる悪戯っぽい微笑みを浮かべ、部屋から出て行った。

 しばらくのぼせたようになって機能を停止していた私の脳は活動を再開させる。

「朱香さん……だって」

 私は恥ずかしさと嬉しさが混じった感情をどう処理していいか分からず、顔を手でおおって声にならない声を漏らしながら悶絶もんぜつした。

 それから気を取り戻し、部屋に設置されていた姿見の鏡で身支度を始める。制服が皺になってないようで安心した。そして、お風呂に入ってないにも関わらず、体臭や髪は臭くない。さらに手櫛てぐしもなんなく昨日の朝と同じように通る。

 まるで私だけ時間が止まっているようだった。

 左手には昨日と同じように痣があるし、鏡をよく見ると髪に隠れているだけで首にも絞められたような痕がある。私はそっと鏡を見ながら痕に触れる――。

 自分を死に至らしめた痕のはずなのに、今だけはこれが有悟君との繋がりを保つための印に見えた。

 幽霊としてずっと存在できるなら――それで有悟君といびつだけれども一緒に過ごせるならば、自分の死の真相は解決しなくてもいいような気さえしてくる。

 だけれども、両親の姿を思い出すとそんなわけにはいかず、私の未来を奪った相手が誰なのかちゃんと知らなければならない。


 私はもう死んでしまって、今存在している目的はそれしかないのだから――。

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