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そうして、俺は異世界最強だったことを思い出す  作者: 二十四時間稼働中
第0章『こうして、俺は繰り返していく』
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第三話『人生で一番の不幸な日』

 

 部屋から出たのはいいのだが、おじいさんがダイレクトメッセージで送ってきた集合場所をよく知らなかった。自分の部屋のパソコンから調べればいいのだが、もう戻る気力がなかった。それに、部屋なんかに戻ったら、そのまま外に出向くことはなくなるだろう。


「適当に歩いていくか……」


 そう独り言を呟きながら、玄関の前で誰のか分からない靴を履いていた。サイズが合っているから、たぶん俺のだろう。随分と古びていたが、今の自分にはお似合いだろう。ニート予備軍で親のすねを齧り続けてしまう俺には。


 さっきから父の姿は見当たらないが、どこか仕事に行っているのだろうか? もしもそうなら、さっさとあのおじいさんと会って用件を終わらして、父が帰ってくる前に部屋へ戻りたい。俺はまだ、いやこれからもずっと父に頼っていきたい。最低な人間なのかもしれないが、社会で生きていくことが出来ない俺にはそうするしかなかった。


「そんなことはどうでもいい、今は違うだろう?」


 また独り言を呟いて、俺はやっとの思いで扉を開いた。


「いや、君が二十四時間稼働中くんかい?」


 玄関の外にはあの写真に写っていたおじいさんとは全く別の人物が立っていた。全身黒ずくめでマスクとサングラスを被っていて、それはまさしく不審者という名がふさわしかった。俺は住所特定以外とは別の不安が生まれた。


「ち、違いますと言ったら、ど、どうします…」


 俺がそう言うと、不審者はスマホを取り出してパシャリと撮る。そして、撮ったその写真を俺に見せる。それはまさしく今まで社会に立ち向かわなかったみすぼらしい俺の顔だった。


「まあ、この写真がネットに流れることになるね。君のハンドルネームと住所を添えてね。素直に従ってくれるとありがたいよ。とりあえず、僕がここに来た理由を話した方がいいね」


 不審者の話を聞く限り、あのおじいさんに頼まれて俺の家に来たらしい。俺がネットで見た同じ写真を元にこの家まで辿り着いたらしい。つまりは、周りの風景だけで僕の家は特定されてしまっている。そう考えると、ネットにばら撒かれたあの写真がいかに危険なものなのかが分かる。一刻も早くあのおじいさんに会って、削除要請しなければならない。いや、俺の弱みを消すことなんてないかもしれない。そう考えると管理人に削除要請してもらったほうが良いのかも。


 そんなことを考えていたが、どっちにしろ、一度おじいさんに会う必要がある。もしかしたら、不審者はおじいさんが俺に会いたい理由を知っているかもしれない。おじいさんに会う前に聞いてみるのも損はないだろう。ろくでもない頼みだったら、このまま部屋に戻ることだって出来る。


「あ、あの……」


 そういえば、まともに他人と会話したことなんてほとんどなかったな。家族すら、引きこもって以来、一度も話したことなかった。そんな俺が不審者相手に話しかけることなんてできるはずがなかった。そんな俺の心中を読み取ってくれたのか、不審者は自分からおじいさんのことを話し始めた。


「君が今から会う人は正直あまり知らないんだ。僕はただの喫茶店のマスターでね。ちなみに、その喫茶店がこれから向かう場所のことね。お客さんが急に来て頼まれたんだよ。常連でもないのに、いきなりそんなこと頼むからびっくりしたよ」


 どうして、そんなことを引き受けたんですか? と聞き返そうとしたが、うまく言葉に出来なかった。相変わらず、他人とのコミュニケーションが欠如しているようだ。こんな奴だからニートの道しか進めることができない。


「あれ? どうしたの? そんな神妙そうな顔をして。……ああ、僕が引き受けた理由について、知りたいんだね。そうだね、君には一から説明をする必要があるね。まあここで話すのは何だかだし、歩きながら話そうか」


 不審者は俺が知りたかった情報、いや、それ以上のことを自ら話してくれた。他人と会話が出来ない俺からすれば、一方的に話してくれているのはありがたかった。目的地に辿り着くまでの間、彼の話を聞き続けた。


 彼の話を要約すると、こうだ。


 あのおじいさんが突然彼の店に入ってきて、パソコンを貸してほしいと頼み込んだらしい。その店に置いてあるパソコンは不審者が使用しているものではあったが、コーヒーを頼んだくれた客であるため、快く承諾をした。多分、そこで掲示板で俺とあのようなやり取りをしたのだろう。俺に集合場所をダイレクトメッセージで送った後、突然立ち上がり彼にこの集合場所まで案内してほしいと言ってきたらしい。今度は頼むのではなく、命令するように。ただマスターである彼は店を空けるわけにもいかず、その要件を断ったのだが、おじいさんは食い下がらず、何度も行くように命令し続けた。温厚(自称)である彼もさすがに怒りを露わにしたが、切羽詰まった様子であったため、店番をしてもらうことを条件に引き受けたらしい。


「いや、本当に困っちゃったよ。僕もあまり人の頼みごとを断れない性格でね。ついつい、引き受けるんだよね。これなら、振り込み詐欺にも騙されちゃうね」


 誰も望んでいない自虐ネタを織り込んで、豪快に笑っていた。俺はこういう人間が苦手だった。これっぽっちも面白くないのに、人を笑わせようと強要してくる。


 俺は無理やりでも顔を緩ませて、笑った顔を作っていた。早く要件を済ませて、自室に戻りたかった。そして、いつものように親のスネを齧りながら生きていこう。俺は社会人に向いていないことを改めて実感させられた。


「もう着いたよ。いや、久しぶりに若い人と話したから時間もあっという間だったよ」


 俺は不審者の話を聞くのが苦痛すぎて、時間が長く感じた。まともに顔を見ることが出来なかったから、ずっと周りの風景をキョロキョロと見ながら、聞くことしか出来なかった。そのせいで、店までの道順を覚えてしまった。


 予想通りというべきか、不審者が営んでいる喫茶店は年季の入った古びた建物だった。街から外れた特定の常連しか通わない場所にあった。若者が好きそうな流行りの食べ物とか飲み物はないだろう。コーヒーとちょっとした軽食があるぐらいだろう。俺は少しだけ昔ながらものに憧れていた。


「ずいぶんと古い建物でごめんね。これでもこの喫茶店開いてから30年以上経っているんだよ。若い子が好きなタピオカだったっけ? そういうのはないけど、コーヒーには自信があるんだよ。良ければ、飲んでみてよ」


 俺は適当に返事をしたが、少しだけ興味が出ていた。もしも、社会人にふさわしい人間になったら、この場所に行こうと思った。そのもしもの可能性はないに等しいけどね。さっきから思ったが、この不審者の口調は落ち着いていて、コミュニケーションが苦手な俺でも緊張はあまりしていない。他の人間と話していたら、きっと俺は発狂していたに違いない。


 不審者は喫茶店でよくある鈴を鳴らしながら扉を開けた。店内は掃除が行き届いていないのか少しホコリっぽかった。カウンターの席は四つしかなく、奥にテーブルがひとつあるぐらいだった。そこのテーブルにあの脅しに使われた写真に写っていたおじいさんがいた。


「店に人は来ていたかい?」


 不審者はおじさんにそう答えていた。


「いいや、別に誰も来なかったよ。それよりも、わざわざありがとうね。無理に頼んじゃったみたいで」


 おじいさんの声は少し意外だった。老人のようにか弱い声ではなく、若者のような野太い声だった。服装も老人が好む安っぽい色ではなく、若者が好む黒であった。まるで、顔の見た目だけが老人になったかのように感じた。


「それは構わないよ。それよりも、私は少し外したほうがいいかな?」


「ああ、そうしてくれるとありがたいね」


「じゃあ、裏の倉庫にいるから何かあったら声をかけてくれたまえ。あ、君はコーヒーいるかい?」


 不審者(いい加減、この喫茶店のマスターと呼ぶべきだろう)のコーヒーの誘いに対して俺は首を横に振って断った。飲んでみたい気持ちはあったが、それよりもまず目の前にいるおじいさんと話をする必要があった。


「そうかい、また機会があるときに飲むとよい」


 そう言って、不審者は倉庫があるのであろうカウンターの裏にある扉を開けた。


「いやあ、元気にしていたかい?」


 おじいさんは不審者が倉庫に入るのを確認してから、俺に声をかけてきた。

そのおじいさんは初対面にも関わらず、まるで長年の旧友が戦争に戻ってきた映画のワンシーンのように気色悪い笑顔を俺に向けてきた。だが、俺はその満面の笑顔に違和感があった。まるで、おじいさんは笑っているお面を被っているようだ。眼が全く笑っていない。死んだ魚のような眼(まあ、俺と同じような眼なのだが)の中に何かを恨むような憎しみが宿っているような気がした。そんなおじいさんを見ていると、自分は息が出来なくなるほど胸が苦しくなった。


「おい、大丈夫か?これから力を与えなければならないのに。その君が死にそうになってどうする?」


「いや、死にそうって……」


 おじいさんも大袈裟なことを言う。少し息が出来なくなってしまっただけじゃないか。そんな簡単に人間が死ぬわけがない。


「そ、そんなことはどうでもよくて、そ、その力って一体なんだ?」


 そういえば、おじいさんは掲示板に向かって、俺に授けたいものがあると言っていた。それが何かは分からないが、力を与えるということだったのか。俺は今から山に連行されて、修行でもさせられるのだろうか?


 俺の馬鹿げた妄想とは裏腹に、おじいさんの作り笑いは消えていて、そのためだけにここに来たかのように神妙な面持ちで、重々しく口を開いた。

「君はたった一度だけの世界最強の能力を手に入れたらどうする?」


 何かとんでもない重要なことを言うのかと思っていたが、俺の妄想と大して変わりもない精神年齢が低そうな者が好みそうな話だった。


「はあ?どういうことだよ?」


「そのまんまの意味さ。君はそんな能力を手に入れたら、どういうところで使う?」


「だから、どういう意味なんだよ……」


「いいから答えろ!」


 おじいさんの顔はどこまでも真剣だった。一体、その質問にどんな意味が込められているのか、俺には全く見当がつかなかった。


「そ、そりゃ、も、もちろん世界を救うために使うさ。も、もしも、誰かが必要となれば俺は迷いなく使える……と思う」


 俺がそう言うと彼は少しだけ頬を緩ませながら笑っていた。「そうだよな、そうだよな」と呟きながら、妙に嬉しそうにしていた。


「それで?」


「え?」


「だから、何でそう思ったんだよ?理由があるんだろう?」


 年寄り特有の図々しさを発揮させたおじいさんは俺が答えようとするまでずっとそう聞き続けた。だが、それに対し俺は怒りというものを感じなかった。むしろ、友達が気軽に(ひきこもりにそんな奴はいないのだが)話しかけているようだった。


「じ、実はさあ、これはまだ誰にも話したことがないんだけど……」


 そもそもそんなことを話す相手が今までいなかった。


「ああ、聞かせてもらうよ」


「誰にも言わないでくれよ……」


「それはもちろんのことさ。それにひとりでいるこんな老いぼれじいさんにそんなことを話す相手がいると思うかい?」


 おじいさんはそう言っているが、パソコンを扱える時点で信用できない。それなのに、彼を疑っているはずなのに、俺は自分のことを話さずにはいられなかった。自分の中でそうしなければならないという使命感が芽生え始めていたのだった。


「そうだね、話すよ。僕が世界を救いたいと思ったことを」


 ……それから1時間ぐらい経っただろうか。その間に随分と色んなことを話した。自分が憧れていた存在とか、過去にあった悲痛な出来事とか、自分の書いた小説のこととか、墓場まで持っていくはずだった言葉を目の前にいるおじいさんに話し続けた。



「何だか、こんなこと話していると恥ずかしいね」


 そう言って顔を上げるとそこには涙を流すひとりのおじいさんがいた。


「どうしたんだよ? 何で赤子まで真っ赤になるような恥ずかしい話をしているのに、泣いているんだよ。そんな要素どこにもないじゃないか」


「いや、ちょっとな」


 おじいさんはその涙を隠そうと必死に服の袖で拭っていた。


 俺はその涙を見て気付いたことがあった。それはこの男は俺にとって信頼に値する人物だということだ。だからこそ、今までのこと全部包み隠さずに話していたのだろう。


「それよりも、君には力を与えないといけないな」


 俯きがちに言っているおじいさんはどこか諦めているようだった。


「あ、ああ、頼むよ。な、何だかよく分からないけど、そ、その力が俺にとって必要になっていくんだろう?」


「ああ、そうだよ。君にとっても世界にとっても……」


「え?」


 そのあとも何か呟いていたが、俺にはよく聞こえなかった。


「さあ、始めようか」

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