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そうして、俺は異世界最強だったことを思い出す  作者: 二十四時間稼働中
第0章『こうして、俺は繰り返していく』
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第二話 『不運な人生』

 

 俺の未来は親にとっても、自分にとっても、最悪と言うべきニートという道へと着実に向かっていた。いや、もう既にその道にどっぷりと浸かってしまっているのだろう。

 

 原因は簡単だった。今年の春から、高校生という希望に満ち溢れた生活が待っているはずなのに、俺ひとりだけがクラスに馴染めず不登校となった。誰かにイジめられたからではない。ただ単に俺は自分の居場所を見つけ出すことが出来なかったのだ。


 だからこそ、俺は部屋に引きこもってネットゲーばかりしていた。そうして、何かに思い悩むことから逃れ続けていた。


『もういい加減に出て来い!』


 父の怒号を聞いたのはいつだっただろうか?


 随分と前のような気もするし、今日だったのかもしれない。俺はいつのまにか時間という感覚を失っていた。自分が何年の何月の何日で何曜日の世界に住んでいるのか把握していなかった。もしかしたら、もう自分は高校を卒業する年齢に達しているのかもしれない。パソコンの右下画面の時刻の上にカーソルを合わせるだけでそのことは一瞬で分かるだろう。


 だが、俺はそれをしようとはしなかった。もしも、今を知ってしまったら、俺は立ち直ることが出来ないだろう。今までずっと、自分は現実に立ち向かわず逃げ続けていたのだから。誰もがぶつかってしまうはずの壁を俺は乗り越えようとせず、その内部にずっと閉じこもっていたのだから。


 こんな惨めな人間がニート以外の道なんて用意されているはずがなかった。社会不適合者というのがいいところだろう。誰もこんなゴミ溜めの俺を雇ってくる会社なんてあるはずがない。そもそも、俺自身がそれを望んでいなかった。


『あんたはやれば出来る子なんだから』


 結局、その言葉も全部嘘だった。錆びてしまった心を真っ白なペンキで塗りつぶしているだけだった。そんなキレイに飾っても俺は何にも変わらない。ただ、粋がってしまうだけだ。


 空にいる住人を今すぐに引き摺り下ろして、そのことを直接言いたかった。だけど、その想いは永遠に届かないことを知っている。それでも、俺は空に届かず、自分に戻ってくるツバを吐き続けるしかなかった。


 そんな社会の最底辺の住人になりつつある俺に人生で最大と言うべき出来事が起こった。いつものように俺みたいなゴミが集まる掲示板でアイドルや芸能人や社会の奴らに悪態をついていた。いかにもニートがやっていそうなことをしていたとき、ひとりのおじいさんが不特定多数のいる掲示板に俺を名指しするように、話しかけてきた。


『二十四時間稼働中くん、僕は君に会いたい』


 そのおじいさん(ハンドルネームがまさしくそう)が何の装飾もないメッセージを俺に投げかけてきた。明らかに怪しさが漂うその文面に俺は関わらないことを心に決めた。他の人間も俺と同じ考えのようで、彼のことは無視をして元の会話へと戻す。


『君に授けたいものがあるんだ』


 周りの連中が冷めた対応をしているはずなのに、おじいさんはそんなことを意に介さず、俺という個人に話しかけ続けていた。そんな彼の行動は俺にとって不思議で仕方がなかった。


 俺だけに用事があるというのなら、わざわざこんな誰が見ているのか分からない掲示板で話しかける必要なんてないじゃないか。ソイッターとかフェイクブックとかにダイレクトメッセージを送ってくれればいい。この掲示板のハンドルネームと同じ名前で活動しているわけだから、俺という個人を見つけるのは容易いことだろう。とは言っても、俺自身誰なのか分からないやつのメッセージなんて読もうとは思わないが。


『信用されていないと思うから、この写真だけを送っておく。そのあとのことはお前さんにまかせる。とにかく、君に会いたいんだ』


 そのおじいさんは相変わらず俺だけにしか話しかけて来なかった。そして、文面の通りに文字の下にはJPEG形式のファイルを開くためのリンクを貼り付けていた。だが、俺はそれをクリックして確かめたいとは思わなかった。


 この画像が気にならないと言えば、ウソになるかもしれない。だが、俺宛であるそのファイルは明らかに怪しかった。もしかしたら、開いた瞬間にパソコンが新種の立ちの悪いウイルスに感染してしまうかもしれない。そんなリスクあるファイルを何の考えもなしに開くなんてありえない。


『何だよこれ?ただのおじいさんが映っているだけじゃないか』


 いや、先ほどのことは訂正させてもらおう。この掲示板にいる奴は興味方位で後先を考えず行動する奴ばかりだった。自分のパソコンがウイルスに感染しようが関係ないのだろう。得体のしれないものを知らずにはいられない性分なのだろう。


 とにかく、このファイルはウイルスの類ではなかったらしい。コメントを見ている限りではただの写真が載っているだけらしい。だから、このフォルダーを開いても何の問題もないのだろう。


「だとしてもな……」


 ウイルスに感染しないからって開こうと気にはならない。しかも、俺宛であるのだから余計に気が滅入ってしまう。どうせロクなことにしかならない。いっそのこと、おじいさんのコメントを消してもらうように管理人に要請しおうかな。


『ここに映っているところって、〇〇県の〇〇市の〇〇神社じゃん。俺の近所じゃねえか』


 おじいさんのコメントの削除要請をしようとしたときに、自分の住所を半分以上曝け出すようなコメントが流れてきた。俺はそのコメントを見て驚いていた。だって、その場所は俺の住んでいる場所だった。しかも、〇〇神社って、俺のすぐ目の前にあるところだ。


 まさか、あのおじいさんは俺の住んでいるところ知っているのだろうか。もしも、そうなら無視し続けていたら住所特定というマズイ状況になってしまうのではないか。


「くそ、何だってんだよ……俺になんか恨みでもあんのかよ……」


 仕方なく、俺はそのファイルをクリックしてみた。そこには俺の住む町を背景にした数々のおじいさんの自撮写真があった。その中に俺の家が映った写真もあった。そして、その写真だけは嬉しそうに満面の笑顔をこちらに向けていた。


「くそお、俺のことをバカにしやがって! だから、ネットは嫌いなんだ!」


 とか言いながらも、今まで、そのネットという世界にいつまでも居座り続けていた。だって、そこでは複数の仮面を被ることができたから。どんな人物にも装えるし、どんな人物も創ることができた。だから、バカにされたって別のハンドルネームを使えば、その人物はいなくなることになる。それがこのネットのやめられない理由だった。


 だけど、あのおじいさんに住所が特定された時点で、俺は何かを演じることが出来なくなってしまった。どんな言葉を呟いてもそこには俺という人間でしかなくなった。奴らの目には俺が舞台上で立っているようにしか見えなくなってしまう。


『見てくれたかい?僕は今すぐにでも君に会いたいんだ』


 明らかに、脅迫以外のなにものでもなかった。もしも、俺が断ってしまったら、すぐさま、俺だと特定する情報をこのネットに流出させる気だ。俺に選択権なんてこのメッセージが送られた時点で何ひとつなかったのだ。


「くそったれ!何で俺だけなんだよ!いっつも、いっつも、俺ばかり……」


 エロゲーやライトノベルが並ぶ棚を思いっきり蹴った。そうすると、安い家具屋で一番安いものを選んでしまったせいか、ものの見事に真っ二つに割れてしまった。そして、棚の中身は俺の趣味が駄々漏れしてしまうようなものたちが床一面に散らばった。今、部屋の扉を開けられてしまったら、きっと「気持ち悪い」という精神を削られるような言葉を投げかけられてしまうだろう。まあ、ニート予備軍の俺には今更なことだけどな。


 そんなどうでもいいことばかりを考えても今の状況は全く変わらないことは知っていた。だけど、あらかじめ決められてしまったことに対し、抵抗の意志は示しておきたかった。誰も人に指示されたことを素直に受け入れる奴なんていない。絶対に頷かなければならないことでも、自分の意志だけは少しでも貫いていたかった。とは言っても、モノを攻撃する行為は何の意味を為さなかった。だって、ここには俺ひとりだけしかいないのだから。


「何も出来ない奴が大口叩きやがって……」


 結局、俺はあのおじいさんの言うとおりにしなければならなかった。そうしなければ、きっと今よりももっと最悪な状況に陥ってしまうのは考えずとも分かった。あの掲示板で粋がっていた俺だから、何もないなんてありえないのだから。


 気付けば、ソイッターのダイレクトメッセージにあのおじいさんから届いていた。そこには時間と集合場所を載せていた。一体、こんな脅迫まがいなことをして、俺に何の用があるというのだろう。それも直接会う必要があるなんて。何か俺はとんでもないことに巻き込まれてしまうのではないか。


 そんな不安を抱えながら、俺は何年も洗っていない24時間営業の複合店で買った安物の服に腕を通して、いつ以来になるか分からない扉をゆっくりと開けた。

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