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勘違いは程々に  作者: ゆうさと
出会い
8/43

映画の後は着せ替え人形

「やっぱ人凄いですね」


俺達は映画を観終わって昼食を取ったあと、ショッピングモールへやってきていた。

俺が産まれた時にはもうあった、駅に併設する形で建てられたレジャースポットである。

洋服や書籍、食材はもちろん、生活必需品はなんでも揃う。

それに加えて、映画館や芸能人のミニライブなんかも行われていて、

この場所は、人でごった返していた。


結衣は人混みを眺めながら頬を緩める。


「有宇さん、迷子にならないでくださいね?」


「……あれ、ちょっとまって。バカにされてない? 今の」


「そんな事ないですよ?念の為に迷子センターの位置も調査済みなだけですから」


「残念、俺も知ってる。経験済みだからな」


紅葉が迷子になった時だ。

あの時は本当に焦った。

迷子になった本人じゃなくて俺が泣きそうになった。

現に見つけた時は泣いてしまった。

これが親の気持ちの一片なのかもしれないな。


「そうなんですか?……じゃ、じゃあ……」


俺達はときに引き裂かれたりしながら人混みの隙間を縫って歩きながら話す。

それがお互いちゃんといるかの確認になるからだ。

勿論、後ろを振り返り、ちゃんと結衣がいるか確認する。


そんな結衣が恐る恐るといった表情。

シャツの裾をくいっと引かれる感覚。


「……はぐれちゃいますから」


視線を落とす。

遠慮しがちにシャツをつまんでいた。

なん、だと。袖……だと。萌える……これは萌えるぞ。

……とか秀なら悶絶しそうだなと思考に耽る。

じゃないと緊張で……

じわりと背中に汗が噴き出るのを感じる。


しかしこれ、手を繋いじゃった方がいいんじゃないか?

はぐれない為に繋がれたものなら、手を繋いでいた方がはぐれずに済む。

服も伸びないし。

そう考えるのと同時に息を飲み込む。

女の子と手を繋ぐなんてレベル高くないか?

きっと今ここで手を繋いでも周囲の人間は不自然には感じないだろう。


紅葉みたいにそっと手に触れたら、繋ぎ返してくれれば……

いやしかし、もしそれで気まずくなったら……


葛藤していた俺は結衣との繋がりが外れた事にすぐに気づけなかった。


「有宇さん?有宇さん、何処ですか?有宇さん?」


声は聞こえる。

不安に揺れた声に、最初から迷わずに掴んでいればよかったと後悔する。

しかし今はそんな事も考えていられない。

結衣の声が遠ざかっていく。どうやら人波に乗ってしまっているみたいだ。

俺も人混みをかくように突き進むが声のある所まで距離を詰められない。


「っいた!」


手を何もない所でパタパタとさせているのを見つける。

まるで溺れているようだ。

手首に巻かれたシュシュを見て結衣だと確信する。

必死に手を伸ばす。

大きかった隙間も徐々になくなっていき指先が触れる。


「っ結衣!」


もう離さないように、ぐいっと手を掴む。


「っきゃ!……有宇さ、ん?」


一瞬、手を掴まれて怯えていた結衣だったが、

俺だと気づいて安堵する。

俺も見つける事が出来て安堵しようとしたのだが……


「うっぐ……よがったあ……有宇さん!」


不安がピークに達した所に俺が来て、安堵してしまったからだろう。

みるみるうちに涙が溜まっていく。

それを見て俺も余裕がなくなっていく。


「ご、ごめんな?もう絶対離さないから!な?」


「うっぐ……ほんと?」


俯いたまま、手の甲で涙を拭く彼女を見ればどれだけ不安だったのか見て取れる。


「ああ、本当だよ……恥ずかしいけど、今日は特別だ」


と頭にポンと手を置く。


すると瞳を潤んだまま見上げて来て、


「特別なのは……今日だけですか?」


ゆらゆら揺れる瞳に顔が赤くなっていく。


「……馬鹿、調子乗りすぎた」


コツっとおでこを突く。


「ありゃ……嘘泣きだってバレちゃいましたか?」


てへっとさっきまで泣いていたのが嘘かのように笑顔になる。


「言ったろ?俺には妹がいるんだ。そういうのは経験済みだ」


「あ、なるほどーだから探し出すのも上手かったんですね?」


「いや、あれは偶然」


関心していた結衣はズコッと肩が落ちる。


「そこは胸張って欲しかったところですよ?……でもそれだけ必死に探してくれたならいいです」


ウインクする結衣。


「ほれ」


「ん?どうしたんですか?」


結衣の目の前に手を差し出したのだが、分からないらしい。


「……手だよ。またはぐれてもアレだし」


「で、でもさっきのは嘘泣きですよ?いいんですか?調子乗っちゃっても……」


「まぁ……今日はって約束したしな。約束は守るタイプなんだ。」


恥ずかしさから結衣を見る事が出来なかったけど、

結衣はそれはもう嬉しそうな声で手を繋ぐ……


「うわ!何やってんだ!」


「むふふーいいじゃないですか?さあさあ行きましょ!」


のではなく腕に抱きついて来た。

悪戯が成功したような笑顔を向けてくる彼女に、

しょうがないなと折れた。


「……言ったろ?俺には妹がいるって」


結衣には聞こえない程の声でぼやく。

結衣は嘘泣きだって言ってたが、確かにあの時。

結衣が見つけられて安心からぽろぽろと涙を流していたのは嘘じゃなかった。

それに気づかないわけがない。

もうそんな顔はさせたくない。

だから今日だけは特別にね?


「ん?何か言いました?」


「いや、なんでもないよ」


そうやって俺は胸の鼓動を誤魔化して、結衣の横を歩くのであった。


「あっ、えっと……ここにしよ!」


「……えっ?、あ、はい」


結衣は俺と組んでいる反対側の手で、

目の前に見えるメンズ・カジュアルファッション店を指差した。


洋楽の流れる小洒落た店内を俺達は進んでいく。

俺は普段、一人でこんな洒落た店に来ない。

服と言えば、デパートの安売りセール品を適当に見繕うだけだ。

基本的にあんまりこういう店にはこない主義の俺である。

緊張するからね。値段も敷居も高いからね。

因みに上と同じ理由で美容院も嫌い。


店内に展示されるマネキンファッションショーを眺めていると、

腕を組んで顎に手をやる結衣、


「ん~と……うん! ちょっとここで待っててくださいね!」


にこりと笑って、そそくさとどこかへ行ってしまう。


「……置き去りかい」


唯一の心のよりどころがいなくなって、不安な気持ちになる。

一人になった俺は正面にあるマネキンくんの指をひん曲げたりして遊ぶ事にした。


店員が、俺の背後でやたら咳払いをしながら、

少しずつ距離を詰めてくる。

別に人見知りというわけではないが、

服屋で店員に話しかけられるのは苦手だ。

嘘ついた。女の人が苦手です。


ふと視線を落とす。マネキンの指っ!

通常の人間だったら完全に骨がバキバキになるほど歪にねじ曲がっている。

小学生低学年のような俺の行動が、さらに辱める。


俺は瞬時に指から服の値札へとスライドし、どれどれといった表情で眺める。


さあ、俺はただ服の値段を調べているだけだ。

好きにさせてくれ、買い物くらい!


「どのような物をお探しですか?」


だよね……


「……そうですね」


こういう洒落た店に来ると、気の利いた言葉の一つや二つ言えないとダメみたいな空気が辺りに広がっている気がして苦手だ。

勿論そんな事ないんだろうけど。


「思わず……おぉ~!って称賛したくなるようなのがいいですかね?」


何を言っているんだ、俺は。疑問形だし。


「……称賛、ですか。これなんてどうでしょうか?お客様によくお似合いだと思いますよ」


俺の自分でも分からないトークに乗ってくる店員。

分厚い黒革のファー付きジャケットを勧めてくる。

なんだこのイケ男御用達みたいなのは。6万なんだけどこれ。

6万なんて下手すれば3ヶ月分の食費だぞ?


「あぁ、なるほどなるほど……」


 なぜか服の細部を見て思考するふりをする。

……帰ってきて。


「あ、あのーご試着なさいますか……?」


 本格的に面倒くさい方向になってきた。


「そ、そうですね……」


「っ!ではコチラに!」


 しまった!なんで断らなかったんだ俺!

下手したらご購入コースだぞ?

そう思いつつ、厳ついジャケットを持った店員の後に続く俺だった。


店員の女の子はマネキンの事を注意しようと近づいたのではなく、

有宇の容姿を見て、話して見たいと恐る恐る近づいただけなのだけど、

有宇は知らない。


「あれ、有宇?」


俺を呼び止める声。扉の外に顔を向けると、そこには。


「……秀」


お茶らか兼爽やか系男子、腐れ縁の室井 秀。

片手をあげながら店内に入ってくる。

秀が店員の持つ厳ついジャケットを一瞥する。


「有宇……服、買うの?」


「いや、違う」


「くく!……違うの?」


「いや、違くないけど、違うんだ」


「なんだよ、それ」


必死に堪えている秀。俺には不自然な笑顔でも周りからは普通の笑顔に見えるらしい。

イケメンかよ。イケメンが成せる技なのかよ。お前にやるよこのジャケット。

勿論お代は秀持ちだ。


「まぁいいじゃん?たまにはそういったのも意外性あっていいと思うぞ」


「言ってろ……秀はなんでここに?」


「買い物の帰り。ここ帰り道だからさ。そしたら有宇が見えたから……ってか一人?今日遊ぶんじゃなかったのか?」


秀が周囲をきょろきょろ見渡しながら言う。


そうだ。結衣と二人きりだった。

まだ帰って来てなかったのか……

心臓の鼓動が途端に加速する。

絶対こいつ結衣と一緒にいる姿を見たらおちょくるに違いない。


「あーっと……」


悩み始める俺に、横から声。


「有宇さん、お待たせです!……あ、あれっ!?」


「有宇さん?……ああ、なるほど。ふーん」


秀が結衣から目線を俺に泳がせて、にやりと唇を上げた。

そのまま俺の耳元で、


「デート、楽しんで。続きは学校でな」


もちろん結衣には聞こえないくらいの声量で。


「じゃ、俺行くから。有宇!月曜日また学校で」


秀は笑顔で手を振りながら、店を出た。

……これは明日質問責め確定だな。

肩がずり落ちそうになるのを堪えて、

俺は結衣と、秀を見送る。

ついでにイケ男ジャケットも断った。

ようやく結衣に目を向ける。彼女はいくつか洋服を抱えていた。


「さっきの方って……」


「ああ、俺の……なんだろ?昔からのクラスメイト」


「そこは腐れ縁とか、幼馴染とか言ってあげましょうよ」


……だっていざ、言葉にするとむず痒い。

絶対俺がそんな事言ったら腹を抱えて笑うだろうし。


「なんて言われたんですか?」


「えっ?」


「さっき耳元で何か言ってなかった?」


「いや、特に……?」


デート楽しめって言われたなんて言えない。


「ふ、ふーん」


妙な空気が俺たちの間に流れる。


「あっ、そうだ。こ、これ……着てみて下さいっ!」


気まずい空気を吹き飛ばすように、

結衣は洋服の束を、ぎゅっと俺の胸に押しつけてくる。


「……これ、全部?」


「……嫌?」


「そんなことない、着るよ」


身体を回した結衣が、試着室を指差した。

店員に一礼をしてから中へ。


「着替えたら見せてね」


カーテンの向こう側から、内緒話のような結衣の声。

無意識なのだろうが、結衣はたまに敬語が抜ける。

それがなんか胸にむず痒さを感じさせる。

なんかあれだな。いきなり緊張してきた。

俺は妙に緊張した面持ちで、彼女の持ってきてくれた

カットソーと、テーラードジャケットを羽織る。

先ほどのイケ男ジャケットとは違って落ち着いた感じ。

シンプルでかつお洒落。これぞ最強、らしいです。


鏡の前で何度かポーズを取ってみる。

……着られてる感が半端ない気もするが、なかなかお洒落なのでは?

馬子にも衣装とはこの事だな。

俺はカーテンをスライドさせる。


「キャ」


「うわっ」


カーテンの真ん前で突っ立っていた結衣が、突然驚いたように身をビクッとさせる。


「……で、どうかな。これ。サイズはピッタリだった」


「…………いい」


「え?」


「あっ、とっても似合ってると思うよ!次!次の着てみて下さい!」


「おお、分かったからって」


結衣はテンションが上がっていく。

自分が選んだものがしっくりくる喜びみたいなものだろう。

結衣のセンスも良い気がして、是非とも今後は彼女の気に入ったファッションセンスを取り込んでいきたいと思う。

見た目だけでもかっこいい方がいいしな。


いくつか試着を試したが、結局最初に着たジャケットとカットソーを購入。

紙袋を片手に店を出ると、結衣はにっこり笑って向かいの店へと駆けて行った。


レディース・ファッションショップだった。


「ん~……どーしよー」


結衣が可愛らしいハイネックニットと、

膝上フレアスカートを身体に引っ付けて、

鏡をじーっと見つめる。

それを隣で見つめる俺。

周りもそういうカップルが多く、男は皆彼氏面である。いや、普通に彼氏なのか。

ただ、楽しそうな姿を眺めているだけでも楽しいな。


それにしても、結衣は相当お洒落さんである。

紅葉も結衣のようにいつか洒落っ気が目覚めたりするのだろうか?


「あ!今他の女の子の事考えてましたね?」


「いや……そんな事は。俺はどっちにするのかなぁって……その、両方とも似合ってるから」


「え?あ、ありがとうございます……ずるいな」


 大きな目をまん丸くさせた後、結衣はくいっとあちらを向いてしまった。

髪の隙間から覗かせる耳が赤くなっていて、怒らせてしまったなと内心頭を抱える。


ファッションについてはよくわからないが、結衣が選んで着たものは全て似合っているように思う。


「……じゃあ、今日は奮発して二つ買っちゃおうかな……似合ってるって言ってくれましたし。」


「……いいんじゃないかな?」


頬をぽっと染める結衣の熱が伝わったみたいに俺も顔が熱くなる。


そのまま買い物は一時間続いた。

脚は少しだけ疲れたが、結衣とずっとたわいない話をして、俺は楽しかった。

そういえば家族以外と二人で街に出るなんて、数年ぶりだ。

当たり前の話だが、俺と結衣では手に取る物も、目を輝かせるものも全然違った。

その差が面白くてこんな休日の過ごし方も悪くないなと思えたのは、俺の今回一番の収穫だったかもしれない

お読みいただきありがとうございます。


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