お礼はデート!?
石川さんも追試を突破して、ついに迎えた日曜日。
紅葉に少し出かけてくると伝えると、
凄く残念そうな顔をした後、
「あ、6時までは帰ってこないでね?」
とにっこり笑顔。
怒ってるのか?
帰りにプリンでも買って帰ろう。
集合時間の30分前に行けば大丈夫だろうと
今は駅前の噴水広場にいた。
しかし、どうしたものか?
本来は早く切り上げて、家に帰ろうと思っていた。
昔、俺は決定的な酷いズレがある事に気がついた。
気づいたというよりかは、指摘されて気付かされたというべきか。
まぁなんであれ、
完全にそこで心の何かが折れてしまった。
今日も、まだ来てすらいないのに、
喉が絞まっているような感覚に陥っている。
ここは正直に話して、別れよう。
そのあとは、適当にぶらぶらして帰ろう。
あとは何を言うか決めれば完璧だなと少し浮かれていると、
「あ!お兄ーさん!」
白い膝上のワンピースに黄色のカーディガンの少女が向こうから駆けてくる。
俺の目の前で止まった彼女。
以前は肩以上あったが、今は肩に少しかかるぐらいに切り揃えられていた。
「ごめんなさい……待たせちゃいましたよね?」
彼女は息を整えた後、申し訳なさそうに見上げる。
「俺もさっき来たばっかりだから大丈夫だよ?」
実際は20分程経ってはいたが誤差の範囲内だ。
すると少女はふんわりと笑って、
「なんか待ち合わせしてるカップルみたいですね?」
「いや、違うから……」
「ではでは!早速行きましょ!お兄ーさん!」
今日を楽しみにしていたと言わんばかりに嬉しそうにくるくると俺の周りを回る。
「あのさ、切り……」
「あ、ごめんなさい、お兄ーさん。はしゃぎすぎちゃって……どうしたんですか?」
やっぱりキャンセルで……なんてとても言える雰囲気じゃない。
「か、髪切ったんだ?よく似合ってるよ?」
言いたい事じゃない!いや、似合ってるのは事実だけど。
長かった時はお淑やかとか清純とかでそれも良かったが、
短い今も、元気で明るい少女、みたいで彼女によく似合っている。
「ふふ、ありがとうございます!お兄ーさん慣れてますね?」
「まぁ妹がいるからね」
「えぇ!!もしかして子ども扱いですか!?ひっどいなぁー」
抗議の後にむくれる。
そんな姿に思わず笑ってしまう。
お礼してもらう側なんだからもっと気楽に考えろと秀に言われたな。
今日だけは難しく考えずに楽しもうかな?
しかしその前に……
「ちょっといいかな?」
「はい?なんですかお兄ーさん?」
「その『お兄ーさん』やめてくれないかな?年が近いのに言われるのは少しむず痒いから……」
紅葉や紅葉の友達にお兄ちゃんと言われているから慣れてはいるのだけど、
やはり、同年代からそう言われるのは恥ずかしい。
「ふふーん……なら名前教えてください!あ、苗字はいいですからね?私はお兄ーさんの事、名前でしか呼びませんから」
企みが成功したかのように笑う。その笑顔は年相応……それよりも幼く見える。
それがあざといとゲンナリする事なく可愛らしいと許してしまいたくなる。
策士め……
そして俺は自分の名前を少女に教えた。
少女は何度も何度も俺の名前を口にする。
まるで唇が慣れるまで何度も飲み込んでいるように。
「はい!覚えました、有宇さん!じゃあ私の事も結衣って呼んでくださいね?苗字はトップシークレットですから!」
「ぐぐぐ…………」
発展途上の胸を張る。
どうやら、ゆ……が折れる気は無いらしい。
名前を呼ばないようにするのも限度があるだろうし、
あの、とか、お前ってのは駄目な気がする。
俺が折れないとな……
「……はぁ、結衣っていう子がどんな子なのか短い時間で少し分かったような気がしたよ」
困ったふうに笑う俺に、
「ふふ、まだまだですよ!私、あと2段階は変化が残ってますから!」
何故か自信げに嬉しそうに笑う結衣。
結衣はラスボスか何かなのか?
女の子と遊びに行くのは慣れない事だけど、幸先だけは良さそうだと思う事にした。
「ふぅ〜やっぱり口コミ通り面白かったですね?」
あの後、俺達は映画を観ることになった。
遊園地や水族館も考えたらしいが、
「アトラクションの待ち時間は初々しいカップルの敵です!」
「有宇さんが動物嫌いだったらそこで試合終了ですからね?大丈夫だって分かりましたから今度行きましょうね?」
との事だった。
初々しいカップルでもないし、さり気なく次の事も考えている結衣は抜け目ないと逆に関心してしまった。
それにしても何故映画?とも思ったのだが……
「やっぱり三角関係は手に汗握ってドキドキしますね〜有宇さんはどうでしたか?」
「失恋系だったからな……少し胸が痛くなった」
主人公は同級生の女の子に中学の時に一目惚れしていたが、
高校生になってもその想いは伝えられず、挨拶を交わす程度だった。
その女の子も主人公が好きだったのは後に知るのだが。
主人公は本人も女の子も知らぬうちに女の子の妹と出会ってしまう。
最初はお礼とかで出かけるのだったが、妹は主人公を好きになっていく。
それが自分の大好きなお姉ちゃんの想い人だとは知らずに……
「そうですね!ふふ、有宇さん最後泣いてましたもんね」
「やめてくれ……恥ずかしい」
自分の想いとお姉ちゃんに対する想いに挟まれ、葛藤し苦しんで。
主人公と女の子の幸せを最優先にした彼女は決意の果てに髪を切る。
「髪を切った姿を綺麗で似合ってる、なんて酷い言葉だよな……知らなかったにしてもな」
三角関係の話でもっとドロドロするかと思っていたら、
妹視点の失恋の話だった。
予想を裏切られ、悲しく、苦しく、儚い話であったが、
見てよかったとそう思えた。
「ふふ……有宇さんは優しいですね?あの、有宇さんは女の子と妹……どっちが良かったですか?」
少しだけ顔を赤らめる結衣。
なんで赤らめてんだ?
「そうだな……妹かな?やっぱりあんなに頑張っていたんだから報われてほしいって思ったから」
「そうですね……でも頑張ったから報われるってのは少し我儘ですよ……報われない事もあるから後悔しないように一瞬一瞬を大切にして頑張るんです」
現実味の帯びた声で俺を見つめる結衣。
「……俺も一瞬一瞬を大事にするって大切だと思う。言葉にするのは簡単だけどね」
俺はそれができなくて、あらゆるものを犠牲に……違うな、引き換えにしていた。
その事は俺もこの数年で思い知った。
いかに、細やかな幸せを掴むだけであっても、学生生活の大半を捧げなくてはならない。
別に俺はそれを一度も嫌だとか、苦痛に思った事はなかった。
でも、結衣の言葉を聞いて、俺は1つの事だけに集中しすぎて、一瞬一瞬を大切にできなかったかもしれないと思った。
「そうですね……私もそれが分からなかったです。自分が楽しければそれでいいと思ってましたから」
悲しそうに微笑む結衣。まるで昔の事を悔いているような、そんな表情。
「有宇さんは私の事、どう思いましたか?」
「どうって……」
真剣に聞いてくる結衣に俺は反応できなかった。
軽口を叩いていけない。
結衣の何を知っている?
結衣の何が分かる?
あの結衣の言葉の真意は?
何を言えば正解なのだろう?
たった一言……それだけで関係も状況も全てが変わってしまう。
怖くて、口が頑丈に閉じた門のように開かない。
だってその恐怖を俺は身をもって……
「有宇さん?大丈夫ですか?……顔色悪いです」
「あ、ああ……うん、大丈夫」
「そんなに悪かったですか?……まぁ、今日のだって無理やり押し付けちゃいましたもんね」
「いや、違う……ただ、色んな事がこんがらがって言葉にできなかっただけだよ」
早く答えられなくて結局、悲しい顔をさせてしまった。
ならばもう。
「最初はぐいぐい来て、こっちの話も聞いてくれない子かと思ってたよ。でも、人情深くて、何事も一生懸命だって気づいてからはその……引っ張られるのも悪くないなって。俺はこんなんだから、手を引かれるのは失礼だけど楽でいい」
「あ、ありがとうございます。やっぱ、有宇さんは優しいです。」
「そんな事ない、事実を言っただけだからな。」
「そういう所ですよ……昔の事は今度話しますね?なんだか、今はこの嬉しい気持ちの余韻に浸らせてください」
救われたような笑顔を向けられて、ドキッとしてしまう。
そんな動揺を隠す為にカップに手をつけて、
「飲み終わるまでな……これから他の場所も行くんだろ?」
「うん。有宇さん……楽しみにしててね?」
結衣も飲み物を飲んで、ほっと一息ついて、にこやかにもう一度俺を見て微笑んだ。
結衣は何か言いかけていた。
それが聞けなかった、聞かなかった事が正解なのかは俺には分からなかったけど。
もし、いつか話してくれるのなら、その時はきちんと受け止めよう。
……って、今度会う事をまた取り付くってしまったどころかもう今度会うの確定っぽいな……策士め。
そう毒突きながらも何故だか悪い気はしなかった。
きっと幼さの抜けない、笑顔に今日は何度も調子を崩されるのだろう。
それが少し楽しみであると感じてしまっている俺は、
もしかしたら結衣の思う壺なのかもしれないな。
お読みいただきありがとうございます。