勘違いの真相
教室に入ってきた蒼井くん。
自分の机の中を確認しているから忘れ物かな?
私も忘れ物ないか確認しよ。
「石川さん、帰るの?」
私は机の中をごそごそしていて気づかなく、
視線を上げると、私の席の前の椅子に座っていた。
「あ、うん。分からないとこばっかだから……家で参考書見ながらやろうかなって」
「そっか……石川さん、時間ある?」
そりゃあ勿論。本当なら学校で一通り終わらせる予定だったから。
家だとしっかりは勉強できなくて、きっとひかりちゃんに泣きついてしまう。
「うん、大丈夫だよ?」
「……少しなら教えられる」
親指と人差し指でサインを作る。
「あ、ありがと……お願いします」
そうして私達の勉強会は始まった。
蒼井くんの説明はとても分かりやすくて聞きやすかった。
私でも簡単に説明してくれるし、分からなかったらもう一度教えてくれる。
私の解く手が止まっても何も言わずに待ってくれる。
一門解ければその度に自分の事の様に笑顔で喜んでくれる。
そんな笑顔に、見惚れてしまった。
本当はこんなにも優しくて怖いと怯えていた私を叩いてしまいたいぐらい。
緩やかで心地よい、空間がここにあった。
気づけば、もう17時10分前。
「やば……ごめんもう時間が」
時間を見た蒼井くんは急いで立ち上がり、手を前で切る。
「ううん、そんな事ないよ!ありがと、分かりやすかったよ、これなら何とかなりそう!」
「明日も放課後やるのか?」
胸を張る私に、鞄を漁りながら聞いてくる。
「うん!明日はひかりちゃんが手伝ってくれるんだ!」
今日は蒼井くん、明日はひかりちゃん。
鬼に金棒とはこの事だよね〜
「あ、そっか……これ」
蒼井くんは私にテストとノートを手渡してくる。
それなりに纏めてあるから参考になれば、
と遠慮気味に言っていたけど、
ぱっと見て、参考書よりも分かりやすいんじゃないかと思った。
少し蒼井くんが残念そうな顔をしていたけど、
どうしたんだろ?
「ありがとうございます!絶対合格してみせるよ!」
ノートとテストを胸にぺこりと頭を下げる。
「うん、頑張って……じゃあまた明日」
遠慮がちに手を挙げた蒼井くんは駆けていく。
「本当に用事あったんだ……ありがとうございます!」
もう一度、私は拝む様に頭を下げた。
もうちょっとだけ勉強していこ。
分からない問題を調べる為にノートをめくる。
基本の式は分かっても、何処にどう使うのか、
応用する時はどうすればいいか分からなかったけど、
貸してくれた蒼井くんのノートにはどの時に使うか、
どの様に使うかが詳細に書いてあった。
まるで取り扱い説明書を見ているかのような気分になる。
天才天才と言われていたけど、秀才だったみたい。
これだけ日頃から頑張っているから100点が取れていて、
私も少しは見習わないとと思うのだけど、上手くいかない。
気づけば、勉強ではなく、蒼井くんのノートを読み入ってしまった。
「あれ?……何だろこれ?」
数式や説明ではなく、ノートには絵が描かれていた。
よく見てみるとハンバーグやパスタで、
材料まで書かれていて、献立みたいだ。
この時の私は
「家事も勉強も両立させるなんて凄いな。でもノートに落書きなんて意外かも」
と蒼井くんのいつもは見られない一面を見れた事に喜びを感じていた。
翌日の学校。
「これ、ありがと!」
「少しは役に立てたか?」
「うん!おかげさまでばっちしだよ〜」
蒼井くんは不安そうにしていたけど、私の言葉を聞いて安心する。
謙虚で大袈裟な蒼井くんに頬が緩む。
その後席に戻ると、蒼井くんは室井くんに揶揄われていた。
何言われてんだろ?
「あーお!昨日はごめんね?」
「ううん、大丈夫だよ?蒼井くんが勉強教えてくれたんだ!驚いた?」
ふふっと少し自慢気に話すと、
ひかりちゃんは、にやにやと頷いていた。
「知ってたよ?なんせ私があおの為に派遣してあげたんだからね!」
「え、そうなの?」
「そうそう!あれはね……」
◇◆◆◇
蒼井くんは思案する。
このまま帰るか否か。
答えは簡単に出ないみたい。
その事が私にとっては意外な事だった。
蒼井くんは大切な何かの為にいつも早々と帰っていく。
何故だろうと、私は首を傾げる。
実際、有宇自身も何故迷っているか、疑問に感じていた。
それはたぶん、最後に見てしまった葵の顔なのだろう。
困った顔を笑顔で隠そうとしていた表情。
その姿を見て、そしてひかりが手伝えない事を知って、
有宇は揺れ動いていたのだ。
「……教室戻るわ」
「あ……あおの為?」
「いや、忘れ物したから、取りに行くだけだから……じゃあな」
嘘だとすぐに分かった。でもここで何か言うのは意地悪だなと思って、
私は蒼井くんにあおを任せて昇降口を出た。
「これは少し面白いことになりそう……」
◇◆◆◇
「って感じだったよ!この後の事はあおの方が知ってると思うけど」
「そっかぁ、本当に忘れ物取りに来たついでに教えてくれたんだ……用事もあったみたいだし、今度なんかお礼したいな……ひかりちゃん、何がいいと思う?」
「もう……あおは、素直って言うか、疑う心を持ってない真っ白な子って言うか……」
なぜか呆れ顔なひかりちゃん。
「でも、そうだねーー手作りクッキーとかかな?この年頃の男子は手作りってだけでも大喜びだと思うよ?」
なるほど……たしかに効果ありそうだ。週末に材料買って作ってみようかな?
週末の楽しみができた私はふと蒼井くんを見る。
蒼井くんは携帯を弄っていて、優しさに満ちた微笑み。
やっぱり彼女さんなのかな?
息を吐いて眺めていると、
「ねぇねぇ?有宇に聞いたよ!葵ちゃん面白い子だね」
肩を叩かれ横を見ると、室井くんがいた。
何の話だろ?
「俺と有宇がそう言う関係だって勘違いした話だよ。いやあその話をしている時の有宇の嫌そうな顔がもう傑作でさ!お前と恋仲になるくらいなら独身を貫くって……くくく」
思い出してまた笑う室井くんに、
気まずく笑うしかなかった。
あの時はどうかしてたかな……少し考えれば分かった事だろうに。
「あはは……ご、ごめんね?」
「いやいや、別に俺も有宇も気にしてないからな。まぁ噂になって広がらなくて良かったよ……俺には好きな人がいるからね?」
「え?……そうなんだ」
ニカッと笑う室井くん。
どうやら冗談ではなく、本気らしい。
「あ、誰って思ったでしょ?……知りたい?」
ニカッと笑ったまま、
冗談交じりに顔を近づけて、見つめてくる。
「え……え、えっと……そ、そういえば!」
恥ずかしさから顔を真っ赤にして、取り敢えず話を変えなきゃと焦る。
「取り合ってた携帯の中身って何だったのかな〜ってもしかして彼女さん?」
室井くんも私が顔を真っ赤にしてたのに満足して離れてくれる。
悪戯が成功した子どもみたいな笑顔にむっとしてしまう。
「あははーごめんごめん!代わりに教えてあげるからさ?有宇には内緒な?」
室井くんは指を一本立てる。
私がそれに頷いてから室井くんは話を始めた。
「有宇に2つ相談を受けててさ。1つ目も面白かったんだけどね、2つ目は葵ちゃんの事だったんだ」
「え?……もう!揶揄わないって言ったよね?」
「いやいや!ほんとだって!結構葵ちゃんに怯えられてたの気にしてたんだから」
そうなんだ……申し訳無い。
でも、蒼井くんが落ち込んでいる姿を想像してしまって、
可愛いなとくすぐったい気持ちになる。
「そう、なんだ……でも、それがどう繋がるの?」
「ああ、それでさ、本人に直接話してみよーぜって有宇の携帯でかけようとしたんだよ」
そっか、たしかに4月にクラスの親睦会的なものを開いた時に交換したかもしれない。
……その時も蒼井くん、先に帰っちゃってたよね。
「それで蒼井くんが抵抗して、押し倒した所に私が……って事なんだ」
「そうそう、それを見て葵ちゃんは勘違いして……くくくっ!」
またお腹を抱えて笑う室井くん。
「もう!笑いすぎだよー!」
あまりにも笑うものだから頬がむくれてしまった。
蒼井くんにはお礼もお詫びもいっぱいしなきゃ……
その為にも週末はクッキー作りの練習しないと!
お読みいただきありがとうございます。
今回は勘違いの真相ということで葵視点のみになりました。
次回は有宇と助けた少女のデート回です!