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勘違いは程々に  作者: ゆうさと
文化祭
33/43

番外編 『せんにゅう!ゆうお兄ちゃんのがくえんさい!』 Ⅲ


「ぅぅん?……あと5分……」


身体を優しく揺すられ、紅葉は眼を覚ます。


「でも、そろそろ起きないとお兄ちゃんの劇始まっちゃうよ?」


ゆうお兄ちゃんの劇を観に来てたんだと、眠たげな瞳を擦りながら、大きく伸びる。

よし!行こう!と微睡みの意識を完全に覚醒させる。

すると、さっきいた緑溢れる中庭の景色ではなく、

床は土足用のシーツと、通路は真っ赤な絨毯がひかれていて、そこに椅子が規則正しく並べられ、壁も学祭用に綺麗に飾り付けられていた。

驚いた事にもう体育館にいた。


「あれ?……さっき外にいたはずなのに?……」


「ああ……紅葉ちゃんが寝てる間に移動したんだ。少しでも長くもふも……寝させてあげたくて」


「ありがとう、ゆいお姉ちゃん!」


言い直しきれてなかったが、紅葉が気にしていないのでスルーされた。

紅葉も、もふもふされると結衣の柔らかな感触と温もりが伝わってきて心地が良く、この感触が好きになっていた。


紅葉は隣に座り直そうかとも考えたが、結衣にもこのままでもいいよと言われ、そのまま上に座る事にした。

定位置を見つけると、温泉に浸かっているかのように身体を弛緩させてリラックスする。


辺りを見回してみると、多くの席が埋まっていた。

上映15分前だというのに立ち見の人もちらほら出ている。

恐らく、元から観に行こうとしていた人の他にも、

学祭も終わりが近づいてきていて、後片付けも終わった人達が好奇心から劇を観ようときた人もいるだろう。

料理対決の効果が出ている。

明日香は嬉しい誤算だと嬉しそうに笑っていたが、

紅葉としては主演が大好きな有宇と瑠璃なら当たり前だと思っていたりする。


興奮冷めやらぬ観客席もブザーが鳴り、辺りが暗くなるとしんと静まり返る。


幕が上がり、そして劇が始まる。


◇◆◆◇


シンデレラ。

読んだ事のない人も知っている人も多くいるのではないだろうか。


本名をエラといい、継母とその連れ子である姉たちに日々いじめられていた。

一緒に食事を取ることも、温かい寝床で寝ることもままならないエラ。

いつも1人で彼女達が残したご飯を食べ、彼女達が使い終わった暖炉の残り火の暖かさを頼りに床に就いていた。

そんなエラが灰被りになる事は必然で、その事で灰被りのエラ……シンダーエラ。

これがシンデレラの語源だと言われている。


そんなエラは運命的な出会いをする。

そう、王子様とだ。

王子様は身分を隠して部下と狩をしていた。

食用でもなんでもないのにそれを行う事にエラは怒った。

その、動物を愛する心と真っ直ぐな瞳に心奪われた。

短い間ではあったが、確かにお互いの心に強く残った。

そして、2人は互いの名を残して別れた。


時は過ぎ、結婚相手を決めなければならなかった王子様は国中の女を城に招き、舞踏会が開く。

また彼女と再会し、求婚する為に。

姉たちは着飾って出ていくが、エラにはドレスがなかった。


舞踏会に行きたがる彼女を、不可思議な力を持った魔法使いが助け、準備を整えるが、魔法は午前零時に解けるので帰ってくるようにと警告される。


シンデレラは、城で王子に見初められる。

そして2人は永遠に続けばいいのにと、惹かれあって行くのだが……


零時15分前の鐘の音。


魔法が解けてしまう……焦ったシンデレラは階段に靴を落としてしまう。


王子は、靴を手がかりにシンデレラを捜す。


姉2人も含め、シンデレラの落とした靴は、エラ以外の誰にも合わなかった。


エラは王子に見出され、妃として迎えられる。


そんな話だ。


そして、今舞台で行われているのは、ちょうど有宇と瑠璃が手を取り踊っているシーンだ。

少し違うのは、広間で踊り、抜け出し、2人だけの空間で話すシーン。

本来なら踊りは広間の時だけなのだが……ここでも2人は踊っていた。


ごく自然と有宇が伸ばした手を瑠璃は嬉しそうに握っていた。


先ほどのエキストラもいなければ、BGMもない。

引き立てる物が何もないのに……いや、何もないからこそなのかもしれない。

さっきみたいな派手な演出、高度な技術で観客を沸かせるような踊りではない。

ただ、楽しく、穏やかに、揺かごのように揺れるだけの踊り。

だというのに、私や他の観客達も2人の一挙手一投足に釘付けになっていた。

無音の空間に、ほお……と観客の感嘆が漏れる。


少年は儚くて、脆くて、壊してしまうのではないかと恐る恐る優しく触るように距離を図ろうとする。

少女はようやく触れてくれた、嬉しい、楽しい……この時間がいつまでも続いてくれたらいいのにと歓喜と哀愁が美しく混じり合う。


踊り手、そして観客すらもいつまでもと願うが、何事にも終わりはある。


◇◆◆◇


鐘の音。

無慈悲にも魔法は解けてしまう。

もう2人はまたそれぞれの道を歩まなければならない。

決して交わる事のない。

例え、交わったとしても結ばれる事のない2人。

例え、結ばれたとしても決して許されない2人。


魔法が解けてしまったのはまるで有宇さんの方のようで。

有宇さんのさっきまでの情熱的な瞳はなにか薄い冷たい膜で覆われてしまっているようだった。

我に返って考えていた事を誤魔化そうとしている時みたい。

唐突な質問になんでもないように冗談交じりに答える時みたい。

どちらも一瞬なのに、今はずっとそのままだった。

まるでそうしていないと、ナニかが溢れてしまいそうだから。


少女も言葉にならない気持ちに張り裂けそうな顔をしていた。

離れたくない、そばにいたい、温もりを感じていたい。

しかし、それはできない、一緒にいられない、感じる事ができない。

今にも泣き出しそうな少女。


さっき身を硬くして眠っていた紅葉ちゃんを彼女に幻視する。

情熱的に求める彼女になにがあって、諦めなければならなかったのか。


「エラ?……どうしたんだい?」


言葉を紡げないシンデレラに優しく問いかける王子様。

本来なら唐突に別れを告げて、王子様が呆気に取られている隙に逃げ出すのだろう。


しかし、言葉が紡げない。別れを覚悟できない。

言葉がないからこそ、シンデレラの表情が2人の別れを引き立てる。


「……っ、っ……」


声には出ない。

ただ口が動いただけ。

次の行動に移す為の呼吸ともとれる。

でも……それでも、確かに少女は言葉を紡いでいた。

それに気がついたのは舞台上の少年と、舞台裏にいた3人と……


「ゆ、う?……」


観客席にいた結衣だけ。

しかし、結衣と瑠璃の面識がなかったのもあって、気のせいだと片付けようとしたその時。


「っんむ!?」


抱きつくように首に手を回した少女はそのまま少年の唇に自分のものを当てた。

精一杯背伸びをした勇気ある行動。


少年も驚きのあまり、瞳を見開いていた。


長いようで短いような口付けが終わり、彼女と彼の間に銀の橋が架かる。

しかし、それもすぐに切れてしまう。


「さよならっ」


涙を瞳に溜め、走り去る少女。

涙は彼女の軌跡をきらきらと描いていく。


「……っあ……っくそ」


追いかけなければならないのに、有宇さんは言葉も足も出ない。

伸ばされた手はその軌跡にも届かず、そのまま舞台は暗転する。


その後は原作通り、シンデレラを追いかける途中で王子様が見つけたガラスの靴を頼りに、シンデレラと再会を果たして結婚。

ハッピーエンドを迎え、拍手喝采で幕を下ろした。


◇◆◆◇


「良かったね!ゆうお兄ちゃん達の劇!」


嬉しそうに笑顔を振りまいていて、ここのお兄ちゃんが良かったとかここはカッコ良かった、あそこはよく分かんなかったとか力説していた。

自分の兄を自分の知っている言葉で精一杯褒めようとしている姿は周囲の人達も自然と笑顔になり、紅葉ちゃんに温かい視線を送っている。


周りもシンデレラと王子の別れのシーンと、再会したシーンは迫真の演技だったと好評だった。

どちらも焦ったくさや、2人の絡み合う心中に観客は魅せられていた。


しかし結衣は、


「あんなの……全然よくない」


紅葉をぎゅっと抱きしめながら、駄々をこねる子供のように頬を赤く膨らませていた。

よく見ると瞳は涙で濡れていて頬に伝っていた。


「あれ?……ゆいお姉ちゃん、どうしたの?何処か痛いの?お腹空いたの?」


紅葉ちゃんは後ろから抱きしめられているから顔は見えてないけど、泣いている事には気づいたようだ。

紅葉ちゃんの少しズレた優しさに気が緩んでまた涙が出そうになる。

心配させないようにしたかったんだけどな。


「ううん、大丈夫だよ?ちょっとだけ感動して泣いちゃっただけ」


もっと伝えなきゃいけないのに。

言葉にしなくても伝わるなんて傲慢で。

言葉にしたって全部伝わらないのに。

言葉にしなきゃ分からないのは確かなのに。


そんな気持ちがぐるぐる頭を回るのは劇の台詞なはずなのに、結衣には演技に見えなかったからだ。

物凄い思い込みなのかもしれない。

迫真の演技で登場人物を演じている人に投影してしまっているだけの勘違いなのかもしれない。


でもあのガラスの靴を持って再会した時の貼り付けた笑顔はなんなんだ?

なんで苦しい顔をしてるの?……

さっきまであんなに楽しそうだったのに。

そんな笑顔、そのシーンには似合わない。

手を取って踊っていた時のような穏やかな表情に戻ってほしい。



「るりお姉ちゃんも可愛かったなぁっ!また着てって言ったら着てくれるかな?んー、でもお姉ちゃん恥ずかしがり屋さんだからなー?ゆうお兄ちゃんが着てくれって言ったら着てくれるかな?……ゆうお兄ちゃん説得しなきゃ!」


「え?紅葉ちゃん、シンデレラの人と知り合いなの?」


「うん!るりお姉ちゃんって言ってね、私の将来?のお姉ちゃんなんだよ!」


体育館を出た後、少しシンデレラの瑠璃さんの話になる。

有宇さんの小学生の時から交友がある、数少ない友達だったらしい。

しかし、中学生になってから、家に遊びに来る頻度も少なくなっていき、有宇さんが中学2年生の冬にぷつりと切れてしまったらしい。

紅葉ちゃんはたぶんお兄ちゃんが怒らせて謝ってないから家に来ないのだと言っている。

今日の仲良しの所を見て確信したと、紅葉ちゃんはドヤ顔で胸を張る。


そんな紅葉ちゃんの頭を撫でながら考える。

紅葉ちゃんと有宇さんとの間に何かあるように、有宇さんと瑠璃さんの間にも何かあるだろう。

もしかしたら紅葉ちゃんのよりもどうしようもなく深く、広く、もう手遅れなのかもしれない。


なんとかしたい。でも……

私がなんとかできるなら、ああなる前に誰かが修復してくれたはずだ。

だからあれはきっと当事者以外が何かできる事じゃない。


なら、私が……私とお姉ちゃんが出来る事は……

あの顔を私達もさせない事が大前提で、

有宇さんにも私がそういう顔をして欲しくないと思ってもらえればなお嬉しいかな。


気の合う親友やこ、恋人みたいな関係かな?


別に何も全て気の合う人になりたいわけじゃないです。

合わない部分も許容できる……違う、愛おしく感じたい、感じてほしい。

自分にない所を補完しあえる、本音で話せる、そんな関係。

上部とか気遣いとかじゃない熱血モノでよくある、心同士の殴り合いみたいな。

そんな、大人になる為に子どもの頃に置いてきたものをもう一度拾って、付き合いたい。


もちろん、直せるものなら直しますよ?

根本は曲げませんし、曲げさせません!

そんな事したら、お互い自分じゃなくなっちゃう。

有宇さんとお姉ちゃんの前だけでは私は私でいたいもん。


「ねえ、紅葉ちゃんの事もっと知りたいな?」


「うん!いいよ!じゃあお家に招待してあげる!」


私の手を嬉しそうにぐいぐいっと引いて、学校を後にし、帰路につく。


貴方の抱えるナニかを、私にも背負わせて。

全部なんか贅沢言いません。半分でなくてもいい。

ほんの少しでもいいです。

ほんの少し少しだけもいいですから……貴方の事をもっと知りたいです。


お読みいただきありがとうございます。

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