上手くいかない新学期初日【放課後】
「やってしまった……」
秀に揶揄われた所為で少し気が立っていた。
その状態を石川さんに見られて、目もあってしまった。
そりゃあ、ああやって怯えるわけだ。
怒ってないと必死に弁明しようと追いかけるが、
「触ってしまった……事故だけど」
人生で2番目ぐらいの失態だ。
事故だけど、本人からしたら怖くて逃げたが捕まった挙句、セクハラのような事をされた……
「いや、ようなじゃなくてセクハラだな……」
取り敢えず今は謝ろう。
時間が解決してくれる?逆だ。
時間が経てば経つほど気まずくなる。
「秀!先帰るから!」
「え?おい!携帯!」
1度教室に戻り、鞄を取ってから秀の言葉に耳を傾ける事もなく飛び出す。
芒星学園。
名前の由来は6つの丘を線で繋いでできた六芒星の丁度中心にあるから、
と言われている。
ほとんどの生徒は電車通学。
又は家が近ければ歩き、競輪部は自転車通学もある。
そして最寄りの駅以外は他の路線は近くになく、
必然的に電車通学の人間は1つの路線に絞られる。
つまり、走ればまだ追いつく事も可能かもしれないというわけだ。
「っいた!」
昇降口を駆け、校舎を駆け、校門を潜り、
駅までの緩やかな坂を登り抜け、改札を通る。
石川さんはまさに電車になる所で、
締まり始めたから隣の車両に駆け込む。
車内のアナウンスで、
『駆け込み乗車はご遠慮下さい』
と流れていた。
ここの電車は誰かが駆け込み乗車した際に放送するので、
秀とまた誰かが駆け込み乗車したんだなと呆れていた。
ごめんなさい……駆け込み乗車は良くないね。
教室から今の今まで全力で走ってきたから、
肺が酸素を欲して、俺は肩で息をしていた。
なんとか息を整えて、石川さんに謝ろうと隣の車両に。
「ん?あれって……」
隣には男の人。
同じ制服である事から芒星学園の生徒だという事は分かる。
優しそうな顔立ちの生徒。
爽やかで髪を染めているというのに不快感がない。
「確か……隣のクラスの如月 浩介だっけ?」
秀に有宇の上位互換みたいな奴だと失礼な事を言われた気がする。
スポーツ万能。
いるだけで場を和ませる人気者。
頭も良く、総合順位だといつも僅差で負けていた。
「……秀のくせに言い得て妙なんだよな」
隣の車両に移れず、吊革に掴まって横目で様子を伺う。
会話は聞こえてこないが楽しそうな雰囲気。
如月くん?が自分のおでこを指して笑いかけると、
石川さんは恥ずかしそうに両手を前で振っていた。
それを見て爽やかに笑う如月くん。
石川さんも笑顔で返す。
「そのおでこ、どうしたの?」
「なんでもないの!ちょっと打っちゃっただけ……」
「あはは、ドジっ娘だね?」
みたいな感じだ。
「それにしても……」
あんな楽しそうに笑う姿は初めて見たかもしれない。
いつも怯えられていたからそんなイメージが先行して新鮮だ。
どんだけ怖がらせてるんだと、申し訳なくなる。
如月くんと楽しく談話した後に俺が話しかけるところを想像する。
「うわ……」
あんなに楽しそうにしている顔が怯えた顔に変わる。
それはもう罪悪感しかない。
俺も見習って爽やかに笑いかけて視線を合わせてみようかな?
……似合わない。
そんなところを秀に見られたら、あいつ笑いで転がり回りそうだ。
「……だとしても謝らないとな」
結局は怯えられるんだ。
だったら長引かないようにここで謝って清算する。
それが一番の方法だ!……と思う。
その後、3つ駅程まで行った所で如月くんが降りていった。
俺の最寄りの5つ手前だ。
石川さんがどこで降りるのか分からない。
電車内で騒ぎを起こすわけにもいかないし。
今日は寄り道してもしょうがないか。
しかし奇跡なのか、石川さんの降りる駅は俺と同じだった。
というか今まで気づかなかったのか。
たしかに行きは紅葉が学校に行ってから家を出るから遅い。
帰りも紅葉が家で待っているから誰よりも早く帰る。
今日遅かったのは日曜の件で秀と話していただけだ。
このままじゃズルズルと家まで付いて行ってしまう。
セクハラしてストーカー。もう弁解しようがないぐらいの変態だ。
「石川さん!」
「え、え!?あ、蒼井くん!?……な、なんで!」
俺の存在に気づいていなかった石川さんは驚き、後ずさっていた。
それはそうか。
逃げ切ったと思ったら後ろにいたんだ。
どんなホラーよりも怖いだろう。
だから、ここはど直球の、
「石川さん!ごめん!!」
90度直角な深いお辞儀をする。
「え、ええ?」
「怖がらせてごめん!変な所触ってごめん!」
「う、ううん!私が変な所で転びそうになった所為だから!あの時支えてくれなかったら思いっきり頭打ってたよ」
石川さんは手を前でブンブン振っている。
遠目で見たときは分からなかったが近くで見ると赤くなっていた。
「結局頭打ってたけど……大丈夫か?これ」
前髪を手でかきあげて具合を見る。
「腫れてはないみたいだけど……早く冷やした方がいいな」
「えええ!?」
離れると石川さんは口をパクパクしていた。
いつもの怯える顔とは違って、ただ顔を赤くしていた。
どうしたんだろうか?
「送るよ」
「えっと……手間かけさせちゃうし悪いよ」
「このぐらいなんでもないよ。それにそうなったのは俺にあるから。頭打ってるし途中で倒れたりしたら大変だ。責任取らせてくれ」
頭を下げる。
石川さんは顔を赤くしたり元に戻ったりを繰り返して、
しばらく逡巡した後、
「……じゃあ、お願いしようかな?」
少し困ったような笑顔だけど了承してくれた。
それに少し安心して石川さんの鞄を持つ。
「いいよ!そこまでしなくて」
「大丈夫だ。今日ぐらいは家来みたいに使ってくれてもいいからさ」
「ふふ、なにそれ」
胸を張って答えると、石川さんは口を抑えて笑っていた。
同じクラスになって会話らしい会話をしてこなかったから、
俺に怯えてる以外の表情を向けるのは初めてかもしれない。
なんて事を立ち止まって考えていると、
「ほら!日が暮れちゃうよ?家来さん?」
夕日に照らさている彼女はいつもより魅力的で、
「……今行きますよ、お嬢様」
頬が熱くなるのを夕日の所為にして追いかける。
俺は石川さんの横を歩く。
他愛のない会話をした。
夏休みなにをしていたとか、
どこに行ったとか、
宿題が直前まで終わらなかったとかだ。
石川さんの話ぶりから随分楽しそうな夏休みを送ったみたいで自然と笑みを浮かべていた。
しばらく様子を伺っていたが、足どりもしっかりしていて、会話もしっかりできていた。
俺はお医者さんではないけど恐らく大丈夫だろう。
「あ、着いた!」
軽いステップを踏みながら駆けていって立ち止まるとくるっとこちらに振り返る。
「今日は送ってもらってごめんね?」
「ううん。通学路だったから気にしないで」
ここから10分もしないで着くだろう。
その事を伝えると良かったと、一息吐いていた。
別れ際、
「そうそう!ちゃんと室井くんとの事は皆には内緒にしとくからね」
なんでここで秀の事を?
「男の子同士もその人達次第だと思うよ?」
男の子同士?……まさか。
「でもちゃんと節度は守らないとね?」
とニコニコ笑いながら前かがみになって胸の前で指をバツにしている。
可愛らしい仕草に本来なら顔を赤くしていたかもしれない。
でも俺は今、風邪をひいた病人のように青ざめていた。
教室に入ってきた時怯えた顔をしていたのは、
俺が睨んだ所為じゃなくて……
「待ってくれ石川さん!あれはそうじゃなくて……」
「ん?」
焦る俺。
不思議そうに首を傾げる彼女。
どうか、この勘違いが解けますように。
そんな想いを胸にあの時の事を回想する……
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