表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

5

 パーキングエリアに入る前から、水っぽい牡丹雪がしんしんと降っていた。

 俺はそのずっしりと質量感のある雪に足を取られて、駐車場で大胆に転がった。

 後ろを振り返ると、同じく足を取られながらも、3人の警官がこっちに向かってやってくる。

 もう逃げる場所はない。

 俺は何気に高速道路の看板を見た。

 見覚えのある地名が視界に入る。

 なんだ、思い出のゲレンデまで、あと10kmだったのか。

 案外、近くまで来てたんだな。

 どうせだったら、あそこまで辿り着きたかったな。


 そんな事を考えている内に、今まで全くなかった冷たい風が、突然、竜巻のように吹き上がった。

 どこから吹いてくるのか、すごい強さだ。

 新たな雪雲を引き連れてきた突風は、強烈な吹雪を引き起こし、辺りは10m先も見えないホワイトアウト状態に変わった。

 警官はもちろん、俺も突然の吹雪に立ち竦むしかない。

 パーキングに入ってくる車も進む事ができなくなって、入口付近で立ち往生している。


 真っ白な画用紙の中に閉じ込められたような吹雪の中で、俺はあり得ないものを見た。

 俺が突っ立ってる場所から僅か5mのところで、あの女の子がじっと俺を見つめていた。

 相変わらず、真っ白なワンピース姿の彼女は、この吹雪の中、そのだけが異次元空間であるかのように、微動だにせずこっちを見ている。

 

「久し振り…元気だった?」


 混乱する頭で、俺は取り敢えず挨拶した。

 無表情にこっちを見ていた彼女の顔が少し和らぐ。


「今日、また、あなたが来るんじゃないかって思って、待ってたの」

「俺を待ってた?」

「そうよ。迷惑だった?」


 彼女の笑顔に、俺は不覚にも涙が出た。

 こんな俺を待っててくれる人間が、まだこの世にいた事が素直に嬉しかった。


「ありがとう。また会えて嬉しいよ」

「私も」


 彼女は心底嬉しそうに目を細めた。


「でも、今年はスキーできそうもないんだ。ちょっと今、問題があって・・・もうここには来られないかもしれない」

「じゃ、どこに行くの?」

「それが行く当てもないんだ。俺には誰もいないから・・・」

「なら、私と一緒に行こうよ」

「一緒にって、どこに?」

「誰も悲しまない、誰も泣かなくていいところ。ねえ、一緒に行こう?」


 彼女は自信なさげに、オズオズと言った。

 そこがどこなのかは、俺にもなんとなく想像がついた。

 それでも、俺には断る理由なんてなかった。

 元より、何の未練もないこの世界で、こんな俺を待っててくれるのは彼女しかいないのだ。

 

「いいよ、どこでも。君と一緒なら」


 俺が笑ってそう言うと、彼女はピョンとジャンプして、俺の元へ駆け寄ってきた。

 その軽い体を俺はしっかり受け止め、抱き締める。


「好きだったの。初めて会った時からずっと・・・」


 懸命に縋り付いてくる彼女に、俺は返事の代わりにキスをした。

 俺にもまだ好きだと言ってくれる人がいて、一緒に行ける場所があったんだと思ったら無性に嬉しくて、泣きたいくらいに彼女が愛しい。

 真っ白なブリザードの中で、俺達は離れないようにしっかり抱き合った。


 やがて、彼女は俺の手を引いて、真っ白な雪山を指差した。

 雪に埋もれていた両足がひどく軽い。

 さっきまで少女のように笑っていた彼女は、雪の中でひどく妖艶で美しく見えた。

 真っ白い両腕を白鳥のように大きく広げると、彼女は高らかに笑って俺を包み込む。

 気がついたら、眼下にいつものゲレンデが見える。

 リフトを飛び越え、壁のようにそびえる真っ白な雪山がどんどん近づいて来る。

 俺は母の元に帰ってきたような安らぎが俺を包む。

 

 ああ、帰ってきたんだ。

 俺の大好きだったあの場所に・・・。



「ねえ、義之」


 意識が薄くなっていく中で、ユキの甘えた声が優しく囁いた。


「私達はずっと一緒だよ」





Fim.


ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ