5
パーキングエリアに入る前から、水っぽい牡丹雪がしんしんと降っていた。
俺はそのずっしりと質量感のある雪に足を取られて、駐車場で大胆に転がった。
後ろを振り返ると、同じく足を取られながらも、3人の警官がこっちに向かってやってくる。
もう逃げる場所はない。
俺は何気に高速道路の看板を見た。
見覚えのある地名が視界に入る。
なんだ、思い出のゲレンデまで、あと10kmだったのか。
案外、近くまで来てたんだな。
どうせだったら、あそこまで辿り着きたかったな。
そんな事を考えている内に、今まで全くなかった冷たい風が、突然、竜巻のように吹き上がった。
どこから吹いてくるのか、すごい強さだ。
新たな雪雲を引き連れてきた突風は、強烈な吹雪を引き起こし、辺りは10m先も見えないホワイトアウト状態に変わった。
警官はもちろん、俺も突然の吹雪に立ち竦むしかない。
パーキングに入ってくる車も進む事ができなくなって、入口付近で立ち往生している。
真っ白な画用紙の中に閉じ込められたような吹雪の中で、俺はあり得ないものを見た。
俺が突っ立ってる場所から僅か5mのところで、あの女の子がじっと俺を見つめていた。
相変わらず、真っ白なワンピース姿の彼女は、この吹雪の中、そのだけが異次元空間であるかのように、微動だにせずこっちを見ている。
「久し振り…元気だった?」
混乱する頭で、俺は取り敢えず挨拶した。
無表情にこっちを見ていた彼女の顔が少し和らぐ。
「今日、また、あなたが来るんじゃないかって思って、待ってたの」
「俺を待ってた?」
「そうよ。迷惑だった?」
彼女の笑顔に、俺は不覚にも涙が出た。
こんな俺を待っててくれる人間が、まだこの世にいた事が素直に嬉しかった。
「ありがとう。また会えて嬉しいよ」
「私も」
彼女は心底嬉しそうに目を細めた。
「でも、今年はスキーできそうもないんだ。ちょっと今、問題があって・・・もうここには来られないかもしれない」
「じゃ、どこに行くの?」
「それが行く当てもないんだ。俺には誰もいないから・・・」
「なら、私と一緒に行こうよ」
「一緒にって、どこに?」
「誰も悲しまない、誰も泣かなくていいところ。ねえ、一緒に行こう?」
彼女は自信なさげに、オズオズと言った。
そこがどこなのかは、俺にもなんとなく想像がついた。
それでも、俺には断る理由なんてなかった。
元より、何の未練もないこの世界で、こんな俺を待っててくれるのは彼女しかいないのだ。
「いいよ、どこでも。君と一緒なら」
俺が笑ってそう言うと、彼女はピョンとジャンプして、俺の元へ駆け寄ってきた。
その軽い体を俺はしっかり受け止め、抱き締める。
「好きだったの。初めて会った時からずっと・・・」
懸命に縋り付いてくる彼女に、俺は返事の代わりにキスをした。
俺にもまだ好きだと言ってくれる人がいて、一緒に行ける場所があったんだと思ったら無性に嬉しくて、泣きたいくらいに彼女が愛しい。
真っ白なブリザードの中で、俺達は離れないようにしっかり抱き合った。
やがて、彼女は俺の手を引いて、真っ白な雪山を指差した。
雪に埋もれていた両足がひどく軽い。
さっきまで少女のように笑っていた彼女は、雪の中でひどく妖艶で美しく見えた。
真っ白い両腕を白鳥のように大きく広げると、彼女は高らかに笑って俺を包み込む。
気がついたら、眼下にいつものゲレンデが見える。
リフトを飛び越え、壁のようにそびえる真っ白な雪山がどんどん近づいて来る。
俺は母の元に帰ってきたような安らぎが俺を包む。
ああ、帰ってきたんだ。
俺の大好きだったあの場所に・・・。
「ねえ、義之」
意識が薄くなっていく中で、ユキの甘えた声が優しく囁いた。
「私達はずっと一緒だよ」
Fim.
ここまでお付き合い頂きましてありがとうございました。