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 あの不思議な体験をしてから、今日でちょうど一年経つ。

 岐阜のゲレンデでスキーをしていた去年と今年は、大違い過ぎて笑えるくらいだ。

 ハンドルを切りながら、俺は苦笑した。

 色んな事が走馬灯のように脳裏に浮かぶのは、もしかしたら、俺の死期もそう遠くないのかもしれない。

 いや、寧ろ、その方がいい。

 人を殺した俺の未来に、さほど楽しい事が待っているとは思えなかった。


 血で汚れた手でハンドルを握り締めて、俺はアクセルを踏み続けた。

 助手席には、ヤツを刺したばかりの出刃包丁が返り血と脂で不気味に光っている。

 そして、俺の血まみれの手で握られ、真っ赤に染まってしまった一枚の写真。

 それは、両親が「警察に通報してくれ」と遺書と同封で郵送してきた、消費者金融の取り立て屋の写真だった。


 両親が死んでから3年。

 意外に執念深い俺は、件の消費者金融を警察に通報する事なく、あくまで個人的に調査を続けていた。

 敢えて警察にタレコミをしなかったのは、ヤツが捕まってしまったら俺が復讐できなくなるからだ。

 やつらの事務所が名古屋の栄にあると知ってから、俺は暇さえあればその付近をうろつき回り、写真の男がいないか探した。

 月日は無駄に流れていったが、とうとうその日はやってきた。

 奇しくも今日は両親の命日、俺がゲレンデで2年続けて不思議体験をした日だった。

 そして、記念すべきヤツの命日になる。


 消費者金融の事務所から1ブロック離れたラーメン屋から、ヤツは呑気な顔して出てきた。

 俺は通行人のフリしてヤツに正面から近づき、体当たりを食らわせると同時に、ジャケットの内側に用意していた包丁でヤツの心臓を一突きした。

 突然、心臓を刺されて、状況が把握できないヤツは、「うっ」と変な呻き声を上げた途端に、俺にすがりつくような姿勢で地面に崩れ落ちた。

 その体を靴のつま先で蹴飛ばすと、俺は一目散に繁華街を疾走した。

 コインパーキングに停めていた車に飛び乗ると、とにかく名古屋から出ようと一番近くの高速のインターに向かって走り出した。


 警察に捕まるのは時間の問題だった。

 あれだけ通行人の多い栄の真ん中で人殺したんだから、目撃者なんてゴマンといるだろう。

 優秀な日本の警察なら、俺みたいな行き当たりばったりでセコイ殺人犯なんかすぐに見つける筈だ。

 俺には逃げる場所もなければ、匿ってくれる人もいなかった。

 でも、だからと言って、すぐに自首する気にもなれなかった。


 気がつけば、俺は岐阜方面に向かって車を走らせていた。

 トンネルをいくつか抜けると、いきなり雪景色が広がっている。

 眩しい銀世界が視界に入った瞬間、もう帰れないくらいに遠くに来た気がした。

 ヒーターを効かせてる車の中まで外の冷気が忍び込んで、子供の頃から馴染んできたゲレンデの匂いを思い出す。

 懐かしい冷気に、俺は自分の現状も忘れて心が弾むのを感じた。

 だが、優雅に雪景色を満喫できたのはほんの一時だった。


 雪のせいで、ただでさえ詰まり気味の高速道路で、10Kmくらいの渋滞が起きている。

 目の前の車の列から一斉に赤いテールランプが点灯した。

 俺の胸の鼓動が速くなった。

 間違いない。

 次のインターに出る前で警察が検問しているのだ。

 俺は焦って、1kmくらい先のパーキングエリアに入る事にした。

 確か、このパーキングは、そのまま高速を降りて国道に入る事ができた筈だった。

 だけど、素人の俺が考える事なんて、警察が想定しない筈がなかった。

 パーキングエリアの駐車場で車から降りた瞬間、お揃いのダウンジャケット着用の男が5人くらい駆け寄って来た。

 反射的に俺は、そいつらと反対方向に向かって走り出した。

 2人くらいは俺の車に残留し、残りの3人はこっちに向かって追っかけてくる。

 膝まで積もった雪で思うように進めない。

 

 今、ここにスキーがあれば、こんなヤツら目じゃないのにな。

 あまりに短い逃避行はこれで呆気無く終わる。

 ついでに、良い事全然なかった俺の24年の人生も……。


 そう思った時。

 俺の人生で3度目の奇跡が起こった。


  

 

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