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 私は冬が嫌いだった。


 いつもは静かなこの山の中にも、毎年、雪が降る頃には大勢の人がやって来る。

 スキーをしに街からやって来る人と、スキー場のスタッフ、その周りの宿泊施設の関係者だ。

 静かな山が好きな私にとって、毎年のことながら、あまりいい状況ではなかった。

 大勢の人達が山の中に踏み込んでくる事が騒がしくって、落ち着かなくって、どうにも慣れないのだ。

 もっと人里近い雪山だってあるのに、わざわざこんな辺鄙なところまでやって来てスキーをするなんてどうかしている。

 こんな所までノコノコやって来るのは、自然をナメているおこがましい人間に違いない。

 そう思っていた私は、とにかくスキー客なんか嫌いで、冬が大嫌いだった。


 だったんだけど。

 

 ある時を境にその考えが一変してしまった。

 ナイターのライトの中で颯爽と滑っている一人の男性を見たその瞬間、私は一目で恋に落ちてしまったのだ。

 雪煙を上げてジャンプするその姿は雪の妖精かと思うくらい楽しそうで、見ている私も思わず微笑んでしまった。

 ああ、この人はどんな人なんだろう?

 ゴーグルの下はどんな顔なんだろう?

 そう思ったら、もう好奇心を抑えられない。

 彼の顔を一目見たくて、私はリフトの前でこっそり待ち伏せをする事にした。

 幸い、平日のナイターの時間に滑りに来る人はまばらで、彼もすぐにやって来た。


「ねえ、あなたはどこから来たの?」


 リフトの横から突如現れた私に、彼は一瞬ギョッとして立ち止まった。

 ゴーグルを頭の上に上げて、私を不審そうに見た後、何故か辺りをキョロキョロ見回した。

 他に誰も人がいないのを確かめて、私をもう一度不思議そうに眺めた。

 まるで人を幽霊かなんかと思ってるみたいだ。

 失礼な。

 でも、ゴーグルの下の素顔は大きな二重の黒目で端正な顔立ち。

 ああ、やっぱり思った通りの人だ。

 彼の態度には少しムカついたけど、私はすぐに気を取り直して質問を繰り返した。


「ねえねえ、あなたはどこから来た人なの?」

「え、俺? 名古屋だよ」

「スキーすごく上手いのね。雪の妖精みたいだったわ」

「よ、妖精? 俺が?」

「そう、雪の妖精よ。とっても楽しそうに雪の中で踊ってるみたいだった」

「そ、そうかな? 何だかよく分かんないけど、褒めてくれてるんだよね?ありがとう」


 彼は恥ずかしそうに笑った。

 白い顔が紅潮してとってもかわいい。

 まだ年も若いに違いない。

 でも、私の方が絶対年上に決まってるから、彼に年を聞くのはやめておいた。


「ね、あなたはどこに泊まっているの?」

「このスキー場を降りた先のコテージだよ。毎年、家族で来てたんだけど、今年は俺一人」

「まあ、どうして?」

「就職して車買ったからね。一人で気ままにスキーするのが夢だったんだ」


 ちょっと恥ずかしそうに彼はそう言って笑った。

 初めて買った車で雪山に来るが夢だったなんて、この人はどれほど雪が好きなんだろう。

 私は彼の事が大好きになってしまった。


「素敵だわ。一人でスキーに来るなんて」

「別に特別な事じゃないよ。本当に滑りたいヤツは車の中で何泊もするんだから。スキーだって別に特別上手い訳じゃないし、俺はのんびり雪山で過したくてコテージに泊まってるだけなんだ」


 そう言いながら、彼はまた照れ笑いをした。

 謙虚な彼の姿勢に、私は益々好感を持った。


「じゃ、リフト来たから俺、行くね。君も風邪ひかない内に帰った方がいいよ」


 彼は再びゴーグルを目に当てると、軽くストックを上げて私に手を振った。

 どんどんやって来る空っぽのリフトに向かって滑って行ってしまった。


 ああ、やだ!

 行かないで!


 そう思った途端、私は迷わず彼の後を追いかけて走り出していた。 

 彼を乗せて上昇し始めたリフトの前に飛び出すと、空いている右側の座席の手すりを掴んでヒラリと飛び乗る。

 突然の私の飛び込み乗車に、彼はポカンと口を開けたまま呆然としていた。

 彼の横にちゃっかり座った私は、ゴーグルをグイと上げて彼の顔を見た。

 黒い瞳が驚きで真ん丸になっているのを見て、私は笑った。

 

「えへへ、乗っちゃった。あなたの事、もう少し知りたいの」

「危ないだろ!リフトは順番を守って乗らなくちゃダメだ!飛び乗るなんて絶対ダメだからな!」

「私は大丈夫よ。お話したらちゃんと途中で降りるから」

「途中で飛び降りるのも絶対ダメだって!大体、君はこの雪の中、ワンピースにハイヒールってどういう神経してんだよ!?」

「え、この服、ダメかな?ちょっとオバサンっぽい?」

「そういう問題じゃない!そもそも君、スキー靴履いてないのにリフト乗っちゃって、どうやって降りて来るつもりなんだよ!?」

「もーお!そんな事どうでもいいじゃない。私はあなたとお話したくってここまで乗ったのに、いきなり怒られるなんてあんまりだわ」

「い、いや、怒ってる訳じゃ…」

「もう、いいもん。私、もう帰る!」

「えええっ!?ここから!?」


 こっちはとにかくお話したくって、勇気を出して話し掛けたのに、いきなり怒鳴られた私は大いに気を悪くした。

 と、言うより、悲しくなってしまった。

 初めて会った男の子に怒鳴られるなんて……。


 シュンとしてしまった私を見て、彼は急にあたふた慌て出した。

 彼の動揺が伝わったかのように、リフトがグラグラ揺れる。

 大きな手袋をした手で、彼は私を落ち着かせるように肩をポンポンと叩いた。


「な、泣かないで。女の子にいきなり怒鳴ったりして、俺が悪かった。だから、ここから飛び降りるとか言わないでくれ」

「だって、スキーできない娘はリフト乗っちゃいけないんでしょ?」

「そう言う意味じゃない……あー、もー、分かった!何とか俺が抱えて降ろしてやるから、とにかくリフト止まるまで大人しくしててくれ!」

「うん!…じゃ、まずはお話しよ?」


 私がそう言うと、彼は「ハア…」と大きな溜息をついてから、諦めたようにリフトの背もたれに寄りかかった。

 でも、ぶっきらぼうな仕草なのに、その目は笑っていて、私も可笑しくなって笑ってしまった。

 我慢できなくなった彼もプッと吹き出すと、声を上げて大笑いした。


「いいよ。お話しようか。俺は加藤義之、23歳。名古屋在住の会社員。君は?」

「私の事はユキって呼んで」

「あ、何だよ。本名は非公開かよ」

「いいじゃない。その方がミステリアスでしょ?」


 キラキラ光るナイターのライトの中で、私達の乗ったリフトは船のように空中に舞った。



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