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芹内愛莉2

 AM12:32


 十二時半まで資格試験の勉強をしてから、愛莉は家を出て、地下鉄に揺られた。茶色い背中まで伸びた髪を後ろに束ね、グレーのパンツルックという出で立ちである。さすがにお昼ともなれば、少し人通りは閑散としており、地下鉄で席に腰を落ち着けて大通駅で降りる。ささやかな同窓会は十七時からなので、時間はまだまだある。

 前もってお昼ご飯を食べ、ついでに服でも見て回ろうと思って早めに出たのである。しかしながら、散歩には適さない温度だ。なかなか寒い。

 地下鉄大通駅は、札幌の中心部に位置する公園、大通公園に直結する駅であり、近くにはテレビ塔があったりと、典型的な観光地である。

 春先から秋にかけてはとうきびワゴンという、焼きトウモロコシを売るワゴンが屋台を出しており、ベンチに座ったり、花壇に寝そべったりしながらトウモロコシを頬張る人と、その房からこぼれたトウモロコシをついばむ鳩の群れという微笑ましい光景が見られたりするのだが、今は十二月。夜になればホワイトイルミネーションが大通公園を彩るのだが、何しろ昼十二時である。見て楽しむという状態でもない。

 さて、この当途もない暇を、どうしてくれようか。久しぶりにテレビ塔から札幌の街を見下ろそうかな、と歩き出すと、愛莉の視線に止まるものがある。

 それは、まだ年若いホームレスの姿だった。毛糸の帽子に穴の空いたダウンコートを着て、無精髭を生やし、生気の失せた顔でぼんやり、宙を見つめている。

 傍らに大事そうに抱えた薄汚れた鞄には、パンパンに物が詰まっており、それが彼の家財道具すべてなのだろう。

 北海道は家を持たない人にとって、住みやすいとは言い難い環境の場所である。今も、かなり厚めのコートを着ているのだが、それでも寒いのだ。

 この寒空の下、往来で寝ることは自殺行為としか思えない。だから、北海道にいるホームレスの数はそれほど多くない。

 しかし、珍しいからという理由で、愛莉は彼に注目したわけではない。長く続く不況で、雇用情勢は悪化し続けている。若くして職にあぶれることも珍しくない。こうして外にいるか、ネットカフェにいるか。ただそれしか違いがないというケースも普通に存在する。

 では何に注目したのか。

 簡単な話だ。

(この人、数字がおかしい……)

 そう、愛莉はその人に見た数字が、あまりにも境遇と乖離していることに驚いたのである。

 愛莉がその年若いホームレスに見たのは、図抜けた程の知性と才覚、そして天に届くほどの強運と金運だった。

 しかし、どれ一つとして、今の彼には縁遠そうなものだと言えた。

 ここまで真逆なのは初めて見たので、愛莉は驚いたのである。

 たとえば、今現在銀行員をしているが、美術の才能があるというのは見たことがある。ただ、才能があったところでそれが実を結ぶかは、何ともいえない部分が多いので、珍しいケースではない。

 だが、天賦の才として強運にこれだけ恵まれているにもかかわらず、今はベンチで死んだ魚のような目をしているというケースは、なかった。大体、今まで見たそこまでの強運の持ち主は、ここまでの状態には陥っていなかった。

 何があったのだろう。

 愛莉は、彼に少しだけ話しかけてみることにした。

 しかし、何を話せばいいのか。わからずしばし考えていると、若い男がこちらを見た。

 そしてあろうことか、こちらに歩いてくる。もしかして殴られる? 何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。愛莉は身構えた。

 しかし、彼が口を開き、呟いた言葉は、意外な言葉だった。

「女、お前、腹は空いているか?」

 愛莉はぽかん、とした。

 そんなに自分が物欲しそうに見えたのだろうか。それも、ホームレスとすぐにわかるような格好の男性に同情されるほどに、お腹が空いているように見えたのだろうか。

 それはいささか失礼じゃないだろうか。愛莉はむっとした。

 だが、わざわざ聞いてくるということは、何かあるのだろう。賞味期限切れの弁当でもくれるのだろうか。さっぱり嬉しくないが、どこか好奇心は湧いた。

「ええ。まだ昼は食べてないけど。でも賞味期限切れの弁当なんて、いらない」

 一応先手を打っておく。それで気分を害すようなら、それはそれだ。だが、男は表情を変えずに、意外な反応をした。

「そうか。なら付いてこい」

 有無を言わせずに、付いてこいと言う。

 どういうことか、さっぱり理解できない。しかし、暇つぶしの材料としてはそれなりに面白そうではあったので、愛莉はついて行くことにした。

「偉そうに命令しないでくれない? で、どこに行くって言うの?」

 しかし、それには答えず、男は歩き出すのみだ。

 いったい、どこに行こうと言うのだろう。愛莉は好奇心と恐怖の中間でさ迷っていた。

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