芹内愛莉1
AM5:00
芹内愛莉は、数字に囚れている。
それは、幼少の頃である。彼女はふと、自分の中で漠然と持っている概念を両親に語ってみた。
「お母さんは5、お父さんは8だよね」
しかし、両親はさっぱり意味が分からなかった。生まれた月を言っているのか、何を言っているのか理解できなかった。
すると愛莉は、拗ねたように言った。
「どんな人でもなんとなく、この人は何番、っていう数字がわかるよね? お母さんもお父さんも、もしかしてわからないの?」
両親が首を傾げると、どうしてそんなこともわからないの、と愛莉はバカにしたような顔をした。
それから、幼稚園や小学校を経て、愛莉は相手を瞬時に数字に置き換えられるという考え方は、どうも全然一般的ではない、ということを理解した。
それでも、愛莉にとってその後も相手を数字で判断するという行為は普通のことだったし、自ずと数字に携る仕事に就くのも、まあ自然の成り行きだった。
そして、高校を出てから、占いのまねごとをしてみたりした。確かに当たるため、評判はよかった。だが、同時に不気味だとも評され、問題が多々あった。それは、愛莉の占いにはプロセスが一切なかったためだ。当然だろう、相手を瞬時に数字として判断できるのだから。
しかし、いきなり顔を見た瞬間に断言されても、言われた相手も何を基準に言われたのか理解できず、ぽかんとしてしまうのである。
仕方なく、愛莉はカードをプロセスとして使うことにした。自分としてはどこか腑に落ちない点もあったが、まあやってみると評判は上がった。
だが、愛莉は不満だった。
占いに来る人は、プロセスだけを求めて、結果なんかあんまり気にしてないんだな、と愛莉は半ば呆れたし、それにあんまり稼ぎもよくなかった。
それでも、プロセスとして使い出したカードも、いつの間にかすっかり馴染み、カード捌きだけでも玄人並みの腕になった。そんなある日、愛莉の客として来た男は、そのカード捌きの腕に惚れこんだ。
それが、札幌カジノ『ノチユ』のディーラーの誘いだった。稼ぎもよかったので、愛莉は二つ返事でオーケーした。
そして、今も愛莉は『ノチユ』でディーラーをしているのである。だが、それが自分に合っているかは、いつも疑問に思っている。
そんな愛莉は、毎朝五時に目覚める。判を押したように、確実に五時である。前の晩の業務が押していようがいまいが、確実に五時には目覚める。
そして、風呂のスイッチを入れ、お湯を沸かす。
そして風呂が沸くまでの十数分、彼女は資格試験の勉強をする。寝ぼけ眼をこすりながら、あくびをしつつ、まあ、とにかくやる。
集中する。無論、テレビなど付けない。だが、風呂が沸けばすぐに風呂へと赴く。
そして、思いっきり風呂でくつろぐのである。全身を湯船で伸ばし、ほうと息を吐くと、つい先日聞いたニュースが首をもたげる。
風呂である開放感からか、つい一人言を漏らす。
「しっかし、仕事がやりづらくなりそう……勘弁して欲しいなー」
はあ、と愛莉は溜息をついた。
彼女を悩ませるニュースとは、先日、『ノチユ』のオーナー、尤雲衢が殺された事件である。
といっても、愛莉はたまに七十過ぎの彼を見かけることがある程度で、親しくはなかった。
聡明そうな外見通りに、英語と広東、北京、上海語、日本語を使いこなし、数々の商談を成功に導いてきたと聞く。金融資産は何兆も有していながら、あまり偉ぶらないのも特徴だった。
しかし、愛莉は彼を見て疑問に思うこともあった。
それは、幸運であるのは彼の数字を見てもわかったのだが、それが巨万の富、とまではいかなさそうだったからである。
きっと、努力によって生まれ持った数字の運命を跳ね返したのだろう。そう考えると、なかなかに素晴らしい人物なんだろうな、と愛莉は思っていた。
その屋台骨を失い、今後『ノチユ』はどうなってしまうのだろう。前々から資格試験用の勉強を欠かさなかったのも、ディーラーという特殊な職業故の不安が拭えなかったからである。
一生続けていける商売ではない。確かに今は給料もいいが、十年後を考えるとどうなのだろう。一般企業でスキルを培った方が、今後を考えるといいのではないだろうか。
もしかすると、辞め時なのかもしれない。あいにくと、愛莉が見える数字は自分の運命すべてをつまびらかに教えてくれる類いのものではない。あくまでも方向性や、生まれついた性質を教えてくれるだけのものだ。だから、自分の決断にはどうにも使えない。
溜息をつく。
しかし、一方で楽しみにしていることもあるのだ。
今日は、ささやかな同窓会。出身校である、菫女子の気の置けない友人、そして知人の友人と、昼からずうっと騒ぐ予定なのだ。
連絡は取り合っているものの、そうそう顔を合わせるわけでもない。でも、久しぶりに会えば高校時代に戻れる、そんな友人。
今日は少し早めに出て、ぶらぶらしてから向かおう。そう思って、愛莉は湯船に浸かり直した。