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第一話 RPG画面内の和風少女がでぁ~えれぁことをしでかした!?

信晴のぶはるぅ、晩ご飯出来たからはよ食べやあ。冷めてまうがね」

「分かった母さん。あと二分くらいしたら行くよ」

九月半ばのある金曜日。夕方六時半頃、二階自室にいた畔柳信晴は母から大声で催促され少々迷惑した。高校一年生の彼は今、テレビゲームに熱中していたのだ。

 ジャンルは従来のとはいろいろ違った和風RPG。敵キャラとの戦闘中だっただけに手が離せなかった。信晴はすみやかに残り二体のどて焼き型モンスターを竹刀攻撃で全滅させ、男性主人公を町中の茶店へ移動させた。ここは旅日記に記せるセーブポイントにもなっていて信晴はセーブ確認後、付けっぱなしで部屋から出て一階ダイニングへ向かった。

「信晴、学校休みだったからって一日中ずーっとゲームしてたんじゃないかね?」

 母はにこにこ顔で尋ねたのち眉を微かに上げる。今日は大雨洪水警報が出されていたのだ。雨はもう小降りになったものの、時折ゴロゴロ雷鳴が聞こえてくる。

「夕方まではちゃんと勉強してたって。自習課題いっぱい出てたし」

「ほんとかや? 信晴、ゲームにのめり込み過ぎて、現実との区別が付かなくなってまわんように気をつけやあ」

「母さん、その注意、俺が幼稚園の頃からもう何百回目だよ」

信晴が鬱陶しそうに呟いて、イスに座ろうとしたら、

ドオォォォォォォーンッ、ゴロゴロゴロッ! 

耳をつんざくような激しい雷鳴。家もかすかに揺れた。

「あらびっくり。近くに落ちたんかね」 

「だいぶ収まって来たと思ったのに不意打ちだったな。停電はしなくて良かったよ」

 早くゲームを再開したい信晴は、夕食を十分足らずで済ませてまっすぐ自室へ戻り、

「おう、夏目菊恵なつめ きくえちゃんここで登場か。やっと見つけれた」

コントローラを操作して主人公を店内二階奥にいた、菊柄着物姿で三つ編みな女の子の側へ移動させ、会話対応ボタンを押す。説明書に隠れキャラとして紹介されていたこの子に信晴は一目惚れしたのだ。主人公の幼馴染らしい。 

「いらっしゃいませ信晴様。今日はどあっついのん。うちの母から話聞いとるだに。四十七都道府県をご当地敵キャラ退治しながら巡る旅、頑張りん。うち、でれ応援しとるだに」

 菊恵は微笑み顔でエールを送ってくれた。

「おっとりした三河弁だ。キャラボイスもかわいいな。俺の名前で呼んでくれたのも最高だ。仲間になってくれないみたいなのは残念だけど。もう一度話しかけてみよう」

 思わずにやけてしまった信晴は、再度同じボタンを押した。

「信晴様、前途多難な旅になるだろうだで、せめてもの餞別に、これ、差し上げます。生菓子だで本日中に食べりん。三個入りだに」

 菊恵は頬をほんのり赤らめて少し照れくさそうに、桐箱に入れられた何かをプレゼントしてくれた。

「おう、違う台詞だ。手が込んでるな」

 信晴はますますにやけてしまう。

ゲーム画面下側に、【信晴は八丁味噌餡大福を手に入れた。】と三秒ほど表示された。

もう一回話しかけたら何って返ってくるのかな? 

信晴はわくわく気分で再度ボタンを押してみる。

 その結果、

「うぉわぁぁぁっ!」

彼はびっくり仰天して思わず仰け反った。

 なんと、菊恵がゲーム画面から飛び出して来たかのように見えたのだ。

「のんほい、はじめまして。プレーヤー様」

ほんわかした表情、おっとりした口調で挨拶してくる。

「この3D、やけにリアル過ぎないか?」

 信晴は恐る恐るこの子の胸を着物越しに触ってみた。

「もう、プレーヤー様のエッチ」

 菊恵に照れ笑いされ、手の甲をペチッと叩かれてしまった。

「本物の人間だぁぁぁっ!」

 信晴は目を大きく見開いた。

「うち、さっき現実世界で起きた雷様の衝撃で、おんしがプレーされてたゲームの中から、現実世界へ飛び出ることが出来るようになったみたいだに」

 菊恵はてへっと笑う。

「そっ、そうなんだ……確かに、菊恵ちゃんが、画面から消えてるね」

 信晴は茶店内の表示画面を凝視する。

「プレーヤー様、面食らってるみたいだのん♪」

 菊恵にくすっと笑われてしまった。

「これは、現実なのか?」

 信晴は右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅーっと強くつねってみる。

「いってぇっ!」

 痛かった。

 現実、だったようだ。

「嘘だろ?」

 まだ信晴は、この状況を信じられなかった。

「プレーヤー様、現実に決まっとるじゃんね」

 菊恵はくすくす微笑む。

「菊恵ちゃん、俺、これが現実だってことを百パー信じたいから、菊恵ちゃんの体、もう一回触っていいか?」

「いいけど。胸は変な気持になっちゃうだで嫌だに」

「分かった。頭にするよ」

 信晴が恐る恐る、菊恵の美しく煌く濡れ羽色の髪の毛に手を触れようとしたら、

「どうしたの信晴? さっきから騒ぎ声出して」

 ガチャリと部屋の扉が開かれた。

「あっ、かっ、母さん! なんか、テレビゲームの画面から、女の子が、飛び出して、来たんだ。ほらここにっ……あっ、あれ?」

「誰もおらせんがね」

母にきょとんとした表情で突っ込まれる。

「いや、さっきいたんだけど、おっかしいなぁ」

 信晴は訝しげな表情を浮かべた。

「信晴ったら、テレビゲームの画面から女の子が飛び出してくるわけないがね。物理学的に考えてみやあ。とうとうマンガやアニメやゲームの世界と現実の世界との区別が付かなくなってもうたんかね。信晴、今日はそろそろゲームやめやぁー」

 母は呆れ顔でため息混じりにそう告げて、部屋から出て行った。

「やっぱ、気のせい、だよなぁ?」

 信晴はゲーム画面に菊恵が映っていることを確認して、ハハハッと笑う。

「プレーヤー、信晴様のお母様、なかなかの美人だのん」

「うおぁっ!」

 ほどなくまた菊恵がゲーム画面から飛び出して来て、信晴は反射的に仰け反った。

「信晴様、こんなに驚くとは思わんかっただに」

「驚くに決まってるだろ」

「ふふふ、その反応、さすが現実世界の住人様なだけはあるだに。おんしの名前、ゲーム内の主人公と同じなんだのん」

「そりゃあ最初名前付ける時、俺と同じ名前にしたし」

「容姿はゲーム内の信晴様の方が格好いいけどのん」

「それは余計だ」

「ところでここの住所、どこの都道府県なんだら?」

「愛知県だけど。ちなみに県庁の名古屋市」

「そうなんだっ! うち、リアル愛知県に飛び出したんかぁ。運命を感じるだに。信晴様、ほんじゃあまた会おまい」

 菊恵が爽やかな笑顔でそう告げて、テレビへ頭から飛び込んだのと同時に、ゲーム画面上に表示された。

「絶対、夢だろ。あんな非現実的なこと、起こるはずがない」

 やはり状況を受け入れられない信晴が、ゲーム画面に映る菊恵をじーっと凝視しつつ画面に手を触れていると、

「おーい、信晴お兄さん、雷収まって雨も上がったから遊びに来てあげたよ」

 背後から別の女の子の声が。

「うぉわっ!」

 信晴は驚いてとっさに後ろを振り向く。

「信晴お兄さん、驚き過ぎだがや♪」

 そこにいた丸顔丸眼鏡ボサッとしたウルフカットの女の子にくすっと笑われてしまった。

「なんだ、碧衣あおいちゃんか。いつからそこにいたの?」

「つい五秒ほど前からよ」

「そっ、そうか」

 それなら菊恵ちゃんの姿は見られてないな。

 信晴はさっきの出来事を伝えようかな、と一瞬思った。

この子はお隣に住む蟹江家三姉妹の次女だ。ちなみに中学二年生。

「信晴お兄さん、ワタシの描いた新作マンガ、読ませたげる♪」

「碧衣ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのか」

「今度のは絶対面白いってっ! 同じ部活の子にも最終候補まであと一歩ってとこまでは確実に行けるって絶賛されたんだて。試しに読んでみやあ。かわいい女の子のエッチな描写も満載なんだて」

「だからこそ読む気がしないんだって」

「もう、ほんとは読みたいくせに。信晴お兄さんワタシと同じくかわいい女の子ようけ出てくるマンガやアニメやゲーム大好きじゃん」

「確かに好きだけど、露骨なエロ描写は嫌いだな」

マンガ原稿の束を目の前にかざされ、信晴が困っていると、

「やっほー信晴お兄ちゃん♪ クッキー焼いて来たよ」

 三女でお団子結びにした髪が可愛らしい、小学四年生の空葉そらは

「碧衣、信晴くんにエッチ過ぎるマンガは見せちゃダメだよ」

さらに長女で信晴の同級生、おっとりのんびりとした雰囲気でポニーテールヘアの琴実もこのお部屋に入って来て、困惑顔で注意してくれた。 

「エッチ過ぎることはないと思うんだがね。乳首は描いとらんから」

 碧衣は爽やかな笑顔でこう主張して、マンガ原稿をマイショルダーバッグに仕舞った。

みんな垢抜けなく可愛らしいこの三姉妹は、昔から畔柳宅に度々出入りしてくる。ようするに、仲の良い幼馴染同士の関係なのだ。

「信晴お兄ちゃん、今日のはお茶っ葉入りだよ」

「そうか。味濃くて美味そうだ」

信晴は動物型などにくり貫かれた手作りクッキーを美味しく味わいつつも、

菊恵ちゃん、また飛び出してくるのかな?

 そのことが非常に気になってコントローラを握ったまま固まってしまう。

「信晴くん、この先の行き方が分からないの?」

「うん、まあ、ちょっと悩んでて」

「信晴お兄さん、ワタシの自作マンガ読みゃあきっと閃くよ」

「それはないって」

「信晴お兄ちゃん、また新しいゲーム買ったんだね」

 空葉はパッケージを手に取って興味深そうに観察する。

「どんなゲームなんだろう?」

「もろに和風っぽいがや。鯉賀堂って聞いたことない制作会社名だけどこれも和風がや」

 琴実と碧衣も興味津々だ。

 タイトルは『日本国ご当地敵キャラ退治旅』。黒の行書体で書かれていた。

 パッケージイラストはシンプルで、日本地図のみ。

ちなみにCEROは十二歳以上対象のBだ。

「昨日、学校帰りにたまたま見つけて買ったんだ。まだゲーム始めたばかりだから良く分からない部分も多いけど、従来のRPGとはけっこう違ってるみたい。普通RPGって俺らの考えた世界地図な架空の世界を舞台にするものだけど、このゲームは実在の現代日本地図をベースに作られてるんだ。町の名前や山とか川とか湖とか駅とか神社、お寺の名前も実在のと同じだよ。敵キャラもご当地に関連したのが登場してて、俺今スタート地点の名古屋市内を旅してるんだけど、ういろうとかエビフライとかどて焼きとか、伝統工芸の節句人形とかがモンスター化されてたよ。全国で数万種類もいるらしい。手に入る回復アイテムも八丁味噌プリッツとかきよめ餅とかカエルまんじゅうとか、ご当地ならではのものになってる。長距離移動するための乗り物も現実世界同様、鉄道、バス、飛行機、船、タクシー。従来のみたいな飛行艇とか架空の乗り物は一切登場しないらしい」

「斬新がや。名古屋を旅するRPGなんて初めて見たわ~。これ、人気あるんかや?」 

「いや、先月出たゲームで、断トツで売れなかったみたい。発売から一週間足らずでワゴンセール行きになってたってツイッターに書かれてた。これも元値五千円くらいのが投げ売り九八〇円だったし。俺は地理が好きだから面白いって感じたよ。主人公が名古屋に住むアニメやマンガがゲームが好きな男子高校生で、勉強せんかねと普段から口うるさく言う母さんから解放されるために、夏休みを利用して日本一周の旅に出ることになったってのも共感持てたし。あと、主人公以外の勇者仲間がみんな女の子らしいってことも魅力だった。俺はもっと評価されるべき出来だと思ってるよ」

「一部のマニア向けってわけなんかぁ。でもどえらい面白そうだがや。ワタシにもちょっとやらせて」

「いいけど」

「サーンキュ。おう、この和風な女の子どえりゃあかわいいっ! ほっぺたなめたら甘い和菓子の味がしそう。ワタシの好みだわぁー♪ フィギュア化したら人気出てこのゲーム爆売れするんちゃう」

 碧衣がコントローラを信晴から受け取って操作しようとしたら、

「信晴様、素敵なパーティ持ってるじゃんね。リアル名古屋美人さん揃いだに」

 菊恵がこう呟きながら画面から飛び出して来た。

「えっ!!」

 びっくり仰天した琴実。

「おう、専用眼鏡はかけてないのにどえらい飛び出して見えるがやっ!」

「超立体的な3Dだねっ。触れそう」

 碧衣と空葉は大興奮し、

「……って、本物の人間なんかや?」

「本物みたいだよ、このお姉ちゃん。お茶菓子の匂いもするもん」

 菊恵の体に触れてみて体臭も嗅いだ。

「うち、先ほどの雷様の衝撃で、このゲーム画面から飛び出れるようになっただに。夏目菊恵と申します。ゲーム内名古屋市で明治時代から続く茶店【夏目庵】の看板娘で十四歳、中学二年生だに」

 菊恵は微笑み顔で嬉しそうに自己紹介した。

「確かに、さっき画面におった女の子にそっくりがや」

 碧衣は目を大きく見開く。

「ゲームから出てくるなんてお姉ちゃん魔法使いみたーい」

 空葉は大喜びしているようだ。

「じつはさっきも、この子が飛び出して来てたんだ。俺は絶対幻覚だと思ってたけど」

 信晴は半信半疑な気分で打ち明ける。

「うち、信晴様に胸触られたんだに」

 菊恵はクッキーをちゃっかり味わいつつ頬をポッと赤らめた。

「それは、触れるのかなって思って、つい……」

 信晴は俯き加減で慌て気味に弁明する。

「ゲーム画面内のこんなかわいい女の子が突然飛び出て来たら、触りたくもなっちゃうよね。雷の力でキャラが実際に飛び出してくるなんて、奇跡過ぎるがや。菊恵ちゃん、ワタシとお友達になって欲しいわ~」

「菊恵お姉ちゃん、あたしともお友達になってー」

 碧衣と空葉は握手を求める。

「はい、喜んで♪ うち、現実世界の女の子と仲良くなれてでれ嬉しいだに」

 菊恵は快く応じてあげた。

「このクッキーは、あたしの手作りなの」

「ほっか。お料理好きなん?」

「うん! 幼稚園の頃から大好き♪」

「空葉はワタシ達姉妹の中で一番よくお料理するんだわ」

「空葉様は料理人属性持ってるんだのん」

 この三人で楽しそうに会話を弾ませている時、

眞由乃まゆのちゃん、信晴くんちでどえりゃあミラクルなことが起きたよ。すぐに見に来てっ!」

 琴実はやや興奮気味に携帯でわりと近所に住む幼友達に連絡していた。

「BGMも雅楽っぽくてええがや。主人公今レベル4なんか。HPのとこが体力って表示されとるんも和風だわね。体力は満タンで63。MP、日本語表記なら魔力は表示すらされとらんがや。まだ覚えてないんかや? 所持金八七三一円。通貨単位はリアル日本と同じく円なんか。現在の天気まで表示出来るがや」

 碧衣は改めてコントローラを手に取り、操作をし始める。対応ボタンでステータスを確認すると深く感心した。

「主人公だけじゃなく、このゲームに登場するどの敵味方キャラも魔法は一切使えんだに。このゲームには魔力の数値は存在せんし、主人公がアイテム探しのために見ず知らずの人の家に勝手に上がり込むなんてことも出来んし、宝箱も出て来んし、本物の剣や銃、その他殺傷能力のある武器を持つことも銃刀法違反になるだで出来ん、現実世界にかなり近いファンタジーRPGなんだに」

 菊恵は得意げにこのゲームの豆知識を伝えてくる。

「ますます斬新がや。菊恵ちゃんこのゲームのこと詳しいね」

「そりゃぁうち、ゲーム内キャラだで。このゲームのシステムは全て把握しとるだに。うちは攻略本代わりにもなるだに。愛知県をスタートして、旅をしながら仲間を増やして各都道府県に少なくとも一体はおるボスを全て倒せばゲームクリアだに。特定のラスボスはおらんくて、どこから攻略していってもオーケイだに。つまり愛知をラストに攻めるのもありだに。だけど敵の強さは全然違うからのん。敵最弱愛知県のボスより中の下の県の雑魚の方が遥かに強いだに。愛知県の次どこ行ったら倒しやすいかは、ヒミツ」

「その方が楽しめる。旅始めたばっかりの主人公が、いきなり最強クラスの敵が巣食うとこに行くことも出来るってわけだな」

 信晴はこのゲームに対する期待感がますます高まった。

「間違いなくその地域のどべ雑魚にも瞬殺されちゃうけどのん。交通費さえあれば日本中どこでも自由に移動出来るだに」

「テレビ塔といい、久屋大通公園といい、名古屋駅前の様子といい、このゲーム、リアル名古屋が忠実に再現されてるがや」

「本当だぁ。グー○ルマップのストリートビューみたーい。碧衣お姉ちゃん、あとであたしにもやらせてね」

「ファンタジーっぽさが全然感じられないよ。ここまで日本の町並みがリアルに再現されてるRPGって、他にないよね?」

 三姉妹も嵌りつつあるようだ。ゲーム画面に釘付けになっていた。

「このゲームのファンタジー要素といえば、敵キャラの存在と、敵キャラを倒したらお金やアイテムが貰えることと、食べ物や薬で病気や怪我が瞬時に治っちゃうことくらいだに」

「ア○メイトも再現されとるじゃんっ! 店名はアニメットになっとるけど。ここで買い物も出来るがや」

「あの、碧衣ちゃん、それ、俺のデータだから。あまり勝手に動かさないで。名古屋市内から他の町へ泊りがけで行ける旅費ようやく溜まって来たとこだし」

「まあええじゃんか」

「このゲームはただひたすら旅を進めていくだけじゃなく、のんびりショッピングやレジャー、観光を楽しむ遊び方もあるだに。夏休み中にクリアさせる必要はないからのん。むしろ夏休み中にクリアさせると主人公の学校生活編や、クリスマスとかの年中行事が楽しめんなるだに。がっかりすること言っちゃうかもしれんけど、リアルな日本の町並みが忠実に再現されてるいうても、町の中心地や観光名所、地形くらいで、住宅地とかは製作者の想像でモデリングされとるだに。あとやばい施設もゲーム内ではカットされとるよ」

「俺はそれでもじゅうぶん過ぎる再現度だと思う。むしろ住宅地まで忠実に再現したらプライバシー的にダメだろ」

「ワタシんちまでは出て来んわけか。確かに出て来たら怖いがや」

 引き続き碧衣がこのゲームを操作し、他のみんなが側で眺めていると、

「こんばんはー。信晴さんちでどえりゃあミラクルなことが起きたと聞いて。あら、初めて見る女の子も。碧衣さんのお友達ですか?」

眞由乃、フルネーム百合草眞由乃が訪れて来た。四角い眼鏡をかけ、ほんのり茶色な髪をショートボブにしている子だ。

「眞由乃お姉ちゃん、いらっしゃーい」

「眞由乃お姉さん、お久し振りっ! 信晴お兄さんどえらい面白いゲーム買ったんで」

碧衣は例のゲームソフトのケースを眞由乃に手渡す。

「日本国ご当地敵キャラ退治旅。RPGですか?」

 眞由乃は興味深そうに問いかけた。

「うん、タイトル通り、日本全国四十七都道府県を旅するRPGなんだ。俺はすごく嵌った。百合草さんも地理好きみたいだし絶対嵌ると思う」

「確かに面白そう。ん? 画面に今映ってるの、もろに名古屋市内じゃないですか」

「日本の町並みがかなりリアルに再現されてるみたいだよ」

 琴実が伝える。

「へぇ。それは斬新ですね」

「新たなパーティ眞由乃様、はじめまして。うち、このゲーム内で茶店、夏目庵の看板娘な夏目菊恵って言います」

 菊恵は爽やかな笑顔で自己紹介した。

「あっ、どうも。ゲーム内? あっ、そういう設定のキャラを選んでプレーされているということですね」

 眞由乃はぽかんとなったが、すぐに笑みを浮かべてこう推測した。

「違うだに。うち自身がゲーム内のキャラなんだに」

「えっ!?」

「証拠見せたるのん」

 菊恵はさっそくゲーム画面に飛び込んでみせた。

「あららら」

 画面上に映った菊恵の姿を見て唖然とする眞由乃。

「眞由乃お姉ちゃんもやっぱり驚いたね」

「眞由乃お姉さんの反応、面白いわ~」

 そんな彼女を見て空葉と碧衣は楽しそうににこにこ笑っていた。

「うち、数十分前にこっちで起きたでれ凄い落雷のあと、こんなことが出来るようになったんだに」

 菊恵はどや顔でこう伝えながら画面から飛び出してくる。

「あなたは、生身の人間なのでしょうか? 最新鋭の3DCGではありませんか?」

「生身の人間だに」

「信じられない。お体、触らせてもらっても、よろしいでしょうか?」

「うん、眞由乃様は同性だで、好きなだけ触っていいよ」

「……では、失礼、しますね」

 眞由乃は恐る恐る菊恵の頭や背中、ほっぺた、手のひら、足に触れてみた。

「んっ、眞由乃様、くすぐったいだに」

 菊恵はぴくんっと反応する。頬も少し赤らんだ。

「……しっかりと感触があるし、香りもするわ。どうみても、生身の人間だ。現実の、出来事なのかしら?」

 眞由乃は頑なな表情で呟く。

「俺も最初かなり驚いたけど、これ、現実なんだ」

「私も最初目を疑ったけど、しっかり現実なんだよ」

 信晴と琴実は楽しげに伝えた。

「確かに、そのようですね。落雷でこんなことって、まず起こりえないよ。摩訶不思議♪ まさにどえりゃあミラクルね」

 眞由乃は疑いの余地はないなと感じたようで、頑なな表情が綻んだ。

「眞由乃様は、でれ賢そうだのん」 

 菊恵に間近でお顔を見つめられ褒められると、

「いやぁ、わたし、それほど賢くもないですよ」

 眞由乃はちょっぴり照れくさがった。

「眞由乃ちゃんは見た目通りとっても賢い子だよ。私達が通ってる県立名古屋千陵台高校は毎年東大合格者が出てる県内でも上の方の進学校なんだけど、そこでもテストはいつも学年トップに近い成績なの。私も小学校の頃から勉強面でよくお世話になってるよ」

 琴実は嬉しそうに伝えた。

「やはり賢者でしたかっ! うちの予感、的中だに!」 

 菊恵は興奮気味に反応する。

「いえいえ、そうでもないです」

 眞由乃はますます照れくさがってしまったようだ。

「眞由乃お姉さん謙遜し過ぎだわ~。おう、敵現れたがや。町ん中でもおるんか」

 碧衣は引き続きプレーを楽しむ。

「ういろうだぁ! ド○クエのスライムみたいだね」

「かわいい♪ 私、ペットにしたいな」

「モンスターもユニークですね。まさに名古屋って感じ」

 画面上に、『ういろうちゃん』と命名された抹茶色で四角い敵キャラが四体表示されていた。眼が二つ、眉と口が付いていること以外、本物のういろうそっくりだった。

「色違いが他に数種類おるけど強さはどれも同じだに。このゲームの敵ではどべだけどのん」

「やっぱ見た目通り最弱モンスターなんか」

「碧衣お姉ちゃん、そろそろあたしにやらせてー」

「わたしもプレーしたいですっ!」

「私もー。メイチカでお買い物したい」

「うちも、ちょっとやりたいだに」

「あの、みんな、俺のデータだから買い物で無駄遣いしないでね」


このあと信晴以外のみんなで、このゲームを交代しながらしばし楽しんで午後八時半ちょっと過ぎ。

「このゲーム、わたしもすごく気に入っちゃいました。お店で見かけたら絶対買いますよ。こんな地理の勉強にもなる良作ゲームが全然売れてないなんて宝の持ち腐れだと思うわ。では、さようなら」

眞由乃は一人で、

「菊恵ちゃん、ワタシんちにちょっとだけ遊びに来ん?」

「行きます、行きます。現実世界の女の子のおウチも気になるだで」

三姉妹は菊恵を連れ、自宅へ帰っていった。

またお金貯め直しかぁ。もう名古屋市内は飽きて来たんだけどなぁ。もう日が暮れかけてるし、安いビジネスホテル代くらいは稼がないとスタート地点の自宅に戻ることになってしまう。

ようやくまたプレー出来ることになった信晴は、ゲーム画面を確認してちょっぴり呆れた。他のみんなにアニメグッズやお菓子、文房具、本などで無駄遣いされ所持金数百円まで減らされ、最後に遊んだ琴実にその状態で旅日記も付けられてしまったのだ。

 装備まで変えられてるし。防具水玉シュシュ、武器タンバリンって。確かにこれで叩かれたら痛いだろうけどさぁ……いらないアイテム、売りに行くか。 

 信晴は主人公の装備を元の状態に戻した後、質屋さんに移動させた。

『十八歳未満の方からは買取り出来んのだわ~』

 六〇歳くらいの白髪小太りな男性店員さんからきっぱりと申される。

「おいおい、そこまでリアリティさを出すなよ。ひょっとして……」

 続いて古本屋さんに移動させた。

『本日は、ご本人確認のための身分証明書と、買取り承諾書はお持ちでしょうか?』

 爽やかお兄さんタイプの店員さんから問われると、はい、いいえの選択画面が表示されることなく、

『買取り承諾書の方は持ってません』

 主人公から決まり悪そうなキャラボイスで伝えられた。

『十八歳未満のお客様の買取には、ご本人確認のための身分証明書に加えて、保護者様の直筆サインと捺印入りの買取り承諾書も必要なんっすよ。あと、買取りのさい、保護者様にお電話確認を取らせてもらうようになっております。こちらの方、お渡ししておきますね。またお越し下さいませ』

 店員さんから営業スマイルでこんな反応をされ、

「……やっぱり。自由にアイテム売ることが出来ないじゃないか。現実同様、一八歳未満から買取りしてもらうためのハードルは高いな」

 信晴は呆れ気味に笑ってしまう。主人公の所有アイテムに買取り承諾書が追加された。

「捨てるのを選ぶのは、勿体無い気がするけど、まあいいか」

 信晴は主人公を町中の歩道で立ち止まらせた後、三姉妹と眞由乃に購入されたアイテムのいくつかについて、捨てるを選択した。

 そのあと主人公を歩かせ始めてほどなく、

『こらおみゃあっ、なに道端にほかっとんだて。ほかる時は所定のごみ箱にほかりゃぁっ!』

 強面がっちり体型のお巡りさんが駆け寄って来て、主人公は説教されてしまった。

「これもまたリアリティあるなぁ」

 信晴はまたしても笑ってしまう。

『すみません』

 主人公は深く反省しているかのような弱弱しいキャラボイスで謝罪し、拾うしぐさを見せた。

「素直だな。ひょっとして……」

 信晴は主人公の所有アイテムを確認。

「やっぱり、元に戻ってるし」

 先ほど捨てたアイテムは全て、再びそこに含まれた。その表示を消し、

「捨てるにも場所選ばないといけないとはな」

 信晴が苦笑いしながらこう呟いた直後に、

「信晴ぅ、はよお風呂入りやぁー」

「分かった、分かった」

 母に廊下から叫ばれ、信晴は今の画面の状態にしたまま部屋から出て行った。

あのゲーム、余計なリアリティも多いけど本当に買ってよかった。歴代断トツの地雷ゲーってレビューしてたやつもいたけど、俺にとっては人生史上最高の神ゲーだよ。菊恵ちゃんが飛び出て来なくても。天気もリアル同様、刻々変わるのも斬新だよなぁ。

 満足げな気分で階段を下りていたのと同じ頃、蟹江宅。

「おう、すごいのん! アイテムの品揃えお店みたいだに」

碧衣と空葉の相部屋へ足を踏み入れた菊恵は、こんな第一印象を持った。

約十帖のフローリングなお部屋がほぼ半々で分けられていて、碧衣側の本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、一八歳未満は読んではいけない同人誌まで。DVD/ブルーレイプレーヤーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンまであるがこれは三姉妹の共用らしい。

本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

「菊恵ちゃん、引いちゃったかや?」

 碧衣は苦笑いで尋ねる。初対面の子にこの部屋を見られるのは少し恥ずかしく感じているようだ。

「いえいえ、むしろ好感が持てただに。うちのお部屋も碧衣様と似たような様相だで。うちもアニメやマンガやラノベが大好きだに」

 菊恵はにっこり笑ってきっぱりと伝える。

「そうなん! 嬉しいわ~♪」

 碧衣は仲間意識が強く芽生えたようだ。

「うちが今嵌っとるんは、桜T○ick、ご注文はう○ぎですか? きん○ろモザイク、のんのん○より、ヤ○ノススメだに」

「現実世界のとタイトル同じだがやっ!」

「エンタメ関連はリアルと全く同じだに。だけど著作権的にプレー画面にはそういうのは会話文含め一切表示されんだに」

「そうなんか。どうりでメイト店内のポスターや商品がぼかされとったわけかぁ」

「ゲーム内から見たらはっきり見えるけどのん。空葉様の領域は、男の子らしさが強く感じられるのん。お料理好きなんは女の子らしいけど」

空葉の学習机の上は雑多としており教科書やプリント類、ノートは散らかっている。床に置かれた収納ボックスにはたくさんのゲームやミニ四駆など男の子向けのおもちゃ、本棚には幼稚園児から小学生向けの漫画誌やコミックス、恐竜などの図鑑が合わせて百冊以上並べられてあった。可愛らしいうさぎのぬいぐるみなど女の子向けのアイテムもあったが少数だ。

「あたし、女の子向けのおもちゃや漫画やアニメはそれほど嵌らなかったよ」

 空葉は生き生きとした表情で伝える。

「ワタシもそんな感じだっただで、空葉も影響されちゃったみたいだわ。琴実お姉さんのお部屋はどえらい女の子らしいよ。菊恵ちゃん、ワタシの描いたマンガ読ませてあげる」

 碧衣は自作マンガ原稿を手渡す。

「碧衣様、漫画も描けるんだのん。凄いわ。絵もでれ上手だに。うちはイラストはよく描くけど漫画はちゃんと仕上げれたことないだに。では、読ませてもらうのん」

 信晴に見せようとしたあのマンガだ。菊恵は全三十一ページ熱心に読んであげた。

「菊恵ちゃん、どうだった?」

 碧衣はちょっぴり照れくさそうに感想を尋ねる。

「エッチな描写が多くてうちの方が恥ずかしくなったけど、面白かっただに。碧衣様の描く男の子キャラって、丸顔で細くてかわいい系が多いのん」

「ワタシ、顎が尖ってて筋肉ムキムキな男キャラはあまり好きじゃないんだわ」

「ほっか。碧衣様は、年下の男の子が好きみたいだのん」

「うん、小四から小六くらいの男の子が特に好きなんだわ。第二次性徴が始まろうとするこの年頃の男の子はかわいいよ」

「うちもその辺の年頃のひょろい系の男の子が好みだに。でもひょろくてもジャ○ーズ系のイケメンはいかん」

「気が合うね。ワタシもイケメン過ぎるのは苦手なんよ」

「イケメン過ぎるのはいかんよのん。プレーヤーの方の信晴様はさほどイケメンでもないだで親しみが持てるだに。ほんじゃあ琴実様のお部屋、拝見しに行ってくるのん」

菊恵はわくわく気分でお隣の琴実のお部屋へ。

「おう! まさに夢見る女の子のお部屋って感じだのん♪」

「そうかなぁ?」

約七帖のフローリング。ピンク色カーテン&水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい並べられてある。ガラスケースや収納ボックスには小型ピアノやヴァイオリン、フルートなどなど楽器がたくさん置かれていて学習机の周りにはオルゴールやお人形、ビーズアクセサリー、可愛らしいぬいぐるみなどが飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。

「琴実様は楽器が得意みたいだのん」

「うん、まあ、お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるし」

「ほっか。音楽家なんだのん。うち、琴実様の生演奏聞きたいなぁ」

 菊恵から強くせがまれると、

「じゃあ、フルートを吹くね」

 琴実は快くそれを手にとってお口にくわえ、『メリーさんのひつじ』を演奏してあげた。

「でれ上手いじゃん、琴実様」

 菊恵にうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、

「いやぁ、そんなことないよ」

 琴実は照れ笑いする。

「今度はピアノ弾きりん」

「分かった」

次のお願いにも快く応え、嬉しそうに小型ピアノで瀧廉太郎作曲『花』を弾いてあげた。

「とっても上手だに。次はヴァイオリン弾きりんっ!」

「私、ヴァイオリンは上手くないよ」

「琴実様、謙遜するところが大和撫子らしいだに」

「菊恵ちゃんの方がよっぽど大和撫子らしいよ。じゃあ、『山の音楽家』を弾いてみるね」

 琴実は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。

 最初の一節を演奏してみて、

「どうかな?」

 琴実は苦笑いで問う。

「……上手だに」

 菊恵は三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。

「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」

 琴実はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。

「気にしちゃいかんだに。うちもヴァイオリン全然弾けんだで。それにこれは武器にもなるだに」

 菊恵が慰めるようにそう言った直後、 

「碧衣、空葉、琴実、お風呂沸いたよ。菊恵ちゃんもよかったらどうぞ」

 母の叫び声が一階から聞こえてくる。

「私達三人、いつもいっしょに入ってるの。今日は菊恵ちゃんもいっしょに入ろう」

「では、お言葉に甘えてそうさせてもらうのん。リアル日本の一般家庭のお風呂、楽しみ♪」 

「きっと気に入ると思うよ。狭く感じるかもしれないけど」

このあと三姉妹と菊恵、四人いっしょにお風呂場へ向かっていった。

「菊恵お姉ちゃん、おっぱいは同い年の碧衣お姉ちゃんより小さいね」

「もう、空葉様。うち、貧乳なの気にしとるんだで」

「ごめんなさい菊恵お姉ちゃん」

「菊恵ちゃん、お肌白くてすべすべだね。ムダ毛も全然ないし」

「さすが二次元が元なだけはあるね」

「碧衣様、うちのこと、二次元言われるのは違和感あるだに。うちがゲーム内から見たら、碧衣様達が二次元なんだに」

「そっか。ワタシ達も視点によっては二次元キャラってわけかぁ」

 みんなすっぽんぽんで浴室に入り、シャンプーで髪を擦り始めた頃、

このゲーム、本当に宝箱一個も見かけないな。名古屋城にも、行ってみるか。

信晴はすでに入浴を終え、自室に戻ってあのゲームを再開していた。

それから五分ほど後、

『信晴、宿題はちゃんとやっとる? 休み明けに課題テストがあるんだで、勉強もせずに旅ばっかしとったらいかんがね』

『やってるって母さん、それより母さん、今電話かけないでくれよ』

『なんでかや? せっかく心配してあげとるのに』

『早く電話切ってくれた方が、俺の身の安全が。俺今モンスターとの戦闘中なんだよ』

『まあ信晴ったら、ゲーム機も持っていっとんかね。せっかくゲームから離れるええ機会やと思って日本一周旅認めてあげたのに。呆れた子だわ』

『いやリアルで戦闘中なんだよ。七夕の日に起きた知多半島隕石衝突事件以降、愛知県を皮切りに日本各地でご当地ならではのものが次々とモンスター化する怪奇現象が起きてるってこと、母さんは知らないのか? 新聞にも出てただろ』

『あんなのは今流行ってるゲームの中の話だら。母さんは買い物とかで毎日外出歩いてるけど、モンスターなんて一匹も見たことないがね。信晴、ゲームと現実との区別をちゃぁんと付けやぁ』

『母さん、信じてくれよぅ。っていうか俺も母さんもゲームの中の人だろ?』

『ハァッ? 何たわけたこと言っとるんがねあんた』

「なんだこの激しくがっかりするイベントは。おい、主人公、攻撃出来なくなったぞ」

 主人公が敵キャラと戦闘中に起こったゲーム内での予想外の出来事に、信晴は思わず笑ってしまう。主人公は母と携帯電話で話している間攻撃出来ずノラ猫二体、キジバト三体、ミツバチ四体からダメージ受けまくり。

「何とか倒せたけど、体力値かなり減っちゃったぞ。じつにうざいトラップだったな。主人公も母さんからの電話なら無視しろよ。あの母さん、俺の母さんに似過ぎだし。体力値が0近くまで下がると攻撃力まで下がるのもリアルだったな」

 信晴は主人公にノラ猫が落していった、【尾張小町】という名のこし餡入り和風パイを使わせ、体力を全回復させた。

 それからしばらくして、

「ただいま、信晴様。琴実様達の属性も知れて良かっただに」

 菊恵が戻って来て信晴のすぐ隣に腰掛けた。

「おかえり菊恵ちゃん、風呂も入ったのか。俺の母さんには見つかってないかな?」

「特に問題ないだに」

「そうか。ばれると説明にかなり困るからこれからも気をつけて」

「分かっただに」

「このゲーム、余計なイベントも発生するな。戦闘中に母さんから電話かかって来て一時戦闘不能になったし」

「そりゃリアルに近い世界観だで。ラスボスバトル中でも容赦なくかかってくる可能性もあるだに。四時間くらい旅日記付けずにプレーし続けてたらトイレにも行きたくなって戦闘に支障出るだに」

「そうなのか。そこもリアル入ってるな」

「ゲーム内時間で、主人公ら勇者様が夜十時から早朝五時までの間に町中ぶらついてたら、お巡りさんに補導されて保護者と学校に連絡される隠しイベントも発生するだに」

「それはお節介過ぎる要素だな。ゲームの世界にまで青少年保護育成条例持ち込むなよ」

 お風呂上りの菊恵ちゃんも、やっぱかわいいな。

 しっとり濡れた黒髪、シャンプーの桃の香りも漂わせていた菊恵の姿に、信晴はゲーム画面から視線を移して魅入ってしまう。

「最初見た時から思ってたけど、信晴様のお部屋って、男の子のお部屋のわりにきれいに片付いとるよのん」

「俺が学校行ってる間に母さんが掃除してくれるからな」

「信晴様、勇者だからって自分の部屋の掃除をお母様に任せ切りはいかんだに」

「俺、勇者じゃないし」

「このゲームのプレーヤーはみんな勇者だに。信晴様のお部屋はどんなアイテムが隠されとるんかな?」

 菊恵は立ち上がるや、勝手に机の引出やベッド下を調べてくる。

「あの、俺の部屋、従来のRPGのアイテム探しみたいに物色するのはやめて欲しいな」

「あっ、テストが出て来た。数学Ⅰ八四点に古文八六。賢いのん。賢者としても活躍出来そうじゃん。図鑑もけっこう持ってるし、教養高そうだのん」

「あの、菊恵ちゃん、聞いてる? プライバシーの侵害だから」

「通知表も出て来た。中学の頃のだのん。五教科はオール5だけど、副教科が平凡なオール3だに」

「実技系は全般的に苦手なんだ。筆記試験は得意だけど」

「ほっか。それが信晴様の属性なんのん。体力テストは全部平均以下だで納得だに」

「おいおい、俺の個人票見つけるなよ」

 信晴と菊恵、こんなやり取りをしていると、

「おーい、信晴くーん、菊恵ちゃん」

 窓の外から琴実の声が。

琴実のお部屋と、信晴のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。

「あっ、琴実ちゃん」

「のんほい琴実様、お部屋そこだったんのん」

「うん。十年以上前からそうなってるよ」

「琴実ちゃん、菊恵ちゃんが俺の部屋勝手に荒らしてくるんだけど、何か言ってやってくれないか?」

「信晴くん、妹っていうのはお兄ちゃんのこといろいろ知りたいものなんだよ。私もお兄ちゃんがいたら、お部屋を勝手に詳しく調べると思うなぁ」

「俺、菊恵ちゃんのお兄ちゃんじゃないし」

「琴実様、いいこと言うのん」

「菊恵ちゃん、信晴くんはエッチな本は絶対持ってないから安心してね。ではまた」

 琴実はそう伝えて窓を閉めた。

「のんほい信晴様、琴実様は信晴様の恋人じゃないの?」

「ああ。ただの幼馴染のお友達なんだ。時にお姉さんっぽく、時に妹っぽく振る舞って、性格もいいし、好感が持てる子だなって感じてる」  

「ほっか。キスはしたことある?」

「あるわけないって」

「俯きながら即答したとこが怪しいだに。絶対しとるだら? 正直に答えりん」

「してない、してない」

「これはしとるのん。お顔に書いてあるだに」

「だからしてないって」

「ほんじゃあ一応信じたげるだに。信晴様、うち、宿題せんといかんだで、また明日」

 菊恵はにやけ顔でそう告げて、ゲーム画面内へ飛び込んだ。

 いったん電源切ったら、もう出て来れなくなるなんてことはないよなぁ? あっ、菊恵ちゃん動いて画面から消えちゃったよ。

 信晴は少し心配しながら、主人公を移動させ菊恵を再び画面上に表示させると、

「信晴様ぁ」

「うわっと」

「きゃぁっ!」

 またすぐに菊恵が飛び出て来た。信晴は思わず仰け反るも、菊恵に四つん這いで覆い被されてしまった。信晴は両肩をぐっと押さえ付けられる。

 お互いもう少しで唇が触れそうになった。

「あのう、信晴様。大変なことが起きてしまいまして」

「何が起きたの?」

「ゲーム内の愛知編の敵キャラが、ボスも含め、どさまく現実世界に飛び出ちゃったみたいだに。おそらくこのお部屋の窓から外へ出て行っちゃったみたい」

 菊恵は信晴の体から離れて、深刻そうに伝える。

「ってことは今、リアル愛知県にゲーム内の敵キャラがいっぱい蔓延ってるってことなのか?」

「そういうことだに」

「それ、かなりまずいよな?」

 信晴は苦笑いする。

「でれまずいだに」

「俺、風呂入る時もゲーム付けっぱなしだったから、それが原因なのかな?」

「きっとそうずら」

「やばっ。俺のせいか」

「信晴様、こうなってもうた以上、きちんと責任を取ってもらいますからのん」

 菊恵にやや険しい表情でじーっと顔を見つめられ、

「分かった。退治しに行くよ」

 信晴は断り切れず引き受ける。

「琴実様達にもお願いしなければ」

 菊恵は部屋の窓を開けて、

「あのう、琴実様、碧衣様、空葉様、でれ大事が話があるだに」

 琴実のお部屋に向かって大声で叫ぶ。

「なぁに? 菊恵お姉ちゃん」

「何か起こったんかや?」

「何かな?」

 三姉妹はすぐに気づいて各自室からベランダに出てくれた。

「ゲーム内の愛知編の敵キャラが、現実世界に飛び出してリアル愛知県内各地に散らばっちゃったもんで、敵キャラ退治に協力して欲しいだに」

 菊恵は申し訳なさそうに手短に伝える。

「ってことは、敵キャラとリアルで戦えるってこと! もちろんオーケイでっ!」

「あたしももちろんオーケイだよ。リアルな勇者気分が味わえるね」

 碧衣と空葉は大喜びで悩むことなく引き受けたものの、

「私、戦いなんて、怖くて出来ないよぅ」

 琴実は億劫としていた。

「琴実お姉さんは相変わらず怖がりだわね。ワタシはどえらい楽しみなのに」

「あたしもすごく楽しみだよ」

 碧衣と空葉はにっこり笑う。

「ご心配いらんだに琴実様。愛知編はゲーム上ではスタート地点ゆえに、主人公一人でも攻略出来るようになっとるだで、皆の力を合わせればきっと楽勝だに」

 菊恵は爽やかな笑顔で主張した。

「私はいっさい戦わないよ。ついていくだけだよ」

 琴実は困惑顔できっぱりと主張する。

「それでもいいだに。琴実様は回復係としての活躍期待しとるのん」

「リアル愛知県これから大変なことになりそうだな。重大ニュースになるんじゃないのか?」

 信晴は心配になり、テレビを地上波受信モードに切り替えた。

「敵キャラは勇者に対して攻撃してくるだで、一般人には特に影響ないずら。ほいだでのんびり退治してもきっと大丈夫ずら」

 菊恵は余裕の心構えのようだ。

「そうなのか。まあでも、対応を急ぐに越したことはないな」

「ゲーム上での標準攻略日程通り、一泊二日で片付けよまい。皆様の宿代はうちが全額負担するだに。明日どこまで進めるか分からんだで、明日の夕方時点でいる場所で宿を探そまい」

「泊りがけの旅行になっちゃうね。パパとママにどうやって説得しよう?」

「空葉、そのまま伝えたら絶対変に思われるよ。ワタシに任せとき」

「私は出来ればダメって言って欲しいな」

「琴実お姉さんが嫌がっとる。これは快く許可してくれるフラグ立ったでね」

 碧衣はにやりと笑う。

「賢者としても活躍出来そうな眞由乃様にも連絡しとくだに」

菊恵はそのあと信晴の携帯を借りて、眞由乃に事情を説明した。

『もちろん協力するわ。また夢のような体験が出来るなんて。とても楽しみにしてます♪』

 眞由乃は快く乗ってくれたようだ。

「眞由乃様も琴実様達も、うちがゲーム内から装備品や回復アイテムを調達してくるだでこちらの時間で明日の朝七時頃、信晴様のお部屋へ来りん。住宅地には敵キャラは現れんと思うだで、安心して移動しりん」

 菊恵がさらにこう伝えると、

『了解です。では明日。おやすみなさーい』

 眞由乃はわくわくしているような声色で電話を切った。

「そんな朝早くから行くのか」

 信晴はちょっと迷惑そうにする。

「人通りが多くなると敵キャラは隠れちゃうだに。信晴様の不注意が原因でこうなっちゃったわけだで、信晴様に文句言われる筋合いはないだに」

 菊恵はほんわかした表情、おっとりした口調できっぱりと主張する。

「そう言われると、何も言い返せないな」

 信晴は苦笑いした。

    ☆

「お母さん、お父さん、菊恵ちゃん東京から来た子で、この辺のことまだよく知らんみたいなんよ。愛知県内いろいろ案内して欲しいって頼まれたから、明日からワタシ達三人と、信晴お兄さんと眞由乃お姉さんとで、愛知県内一泊二日で旅行して来ていい?」

「県内だったら、オーケイよ。月曜日も休みだし」

「ママが良いって言ってるからいいぞ」

 あのあと碧衣のこんな説明で快く外泊旅行許可が取れ、三姉妹は旅の準備を整える。

 信晴と眞由乃も適当に理由を考えて、それぞれの両親から許可を貰った。

 信晴は母にゲームばっかりしてる信晴にはいい気晴らしになるわと言われ、むしろ推奨されてしまった。

     ※

午後十一時半頃、信晴の自室。

信晴は明日に備え、いつもより一時間以上早く就寝準備を整えた。その頃にローカルニュース番組も始まったが、あの件に関することは全く報道されず。

「人的被害はまだ出てないみたいだな」 

 信晴はひとまず安心し、ゲーム画面に切り替えた。

「夜遅くから明け方までは敵キャラもお休みするだで。うちももう寝るだに。おやすみ信晴様。明日起きたらゲームの電源入れて、うちを出してのん」

 菊恵はそう伝えて、ゲーム画面に飛び込んだ。

 菊恵ちゃんは三次元化しても、無邪気ですごくかわいかったな♪

 信晴は菊恵の映る夏目庵で旅日記を付けた後、ゲームの電源を切り、布団に潜り込む。

 リアル世界で俺が勇者となってRPGが楽しめるって、怖くもあるけど、すごく楽しみだ。夕飯食ってからの出来事、怒涛の展開過ぎてまだ現実だって実感沸かないよ。

 興奮からか、なかなか眠り付けなかった。


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