第6話『再就職』
「………」
開店前のレストラン『プレアデス』のフロアに、足を組みながら椅子に座っている恵と、どっしりと構えながら座っている克哉が向かい合いながら無言を貫いていた。
その様子を立ちながら見守っている和沙と進次郎は、二人のにらみ合いとも取れるただならぬ空気にタジタジしていた。
「…今日から、働いてもらえるか?…どうせ無職なんだから暇だろ?」
最初に口を開いたのは克哉だ。
「………」
しかし、恵は無言を貫き通している。
「ちょっと恵!なに格好つけてるのよ?仕事探してたんだから、有り難い話じゃない!」
「うるさい黙って」
和沙を一喝した恵。もう男には舐められたくないと"仕事の契約に関しては敷居の高い女"のイメージを付けたかったからだ。
「…私、まだ厨房とか見てないんです。充分に働ける環境でないと、お菓子作りはできないので…」
環境が良くないと働けないプロの職人アピールを恵がすると、克哉が立ち上がった。
「分かった。厨房に案内しよう」
恵と克哉が厨房へと移動した所で、和沙は隣にいた進次郎の手を握り、恵達が座っていたテーブル席へと一緒に座り、愉快なお喋りを始めた。
(す、すごい…。最新の設備だわ)
厨房で恵はカルチャーショックを受けていた。一台数千万円もする業務用の機械がズラリと並び、ピカピカの床に広々とした調理台。本場のパリでもこんな設備は見たことがなかった。
「…足りない機材があったら俺を通せ、すぐに用意する」
「そうですか」
「…ウチと契約するか?」
「ええ、いいでしょう」
貧窮状態の恵は、別に設備が悪くても契約するつもりだったが、こんな素晴らしい環境を見せ付けられたら内心"ヤッター!"状態。それをグッと堪えて、平然を装った。克哉と呼ばれている感じの悪い男は好きじゃないが、生活第一である。
「…じゃあ、早速仕込みをしてもらう。その冷蔵庫見てみろ…」
恵が巨大な冷蔵庫を開けると、図鑑でしか見たことのないような材料がギッシリと詰まっていた。調味料はもちろん、フルーツ専用室には高級なアップルマンゴーやドリアンまで常備されている。
「材料はここに入ってる。…メニューのマニュアルだ、目を通しといてくれ…」
「…分かりました」
「製菓衛生師の資格は持ってるよな?」
「ええ…」
「ウチは安全面、衛生面において最善の配慮をしている…。二日酔いで髪がバサバサのまま厨房に入ったり、手を洗わずに材料触ったりすんなよ?汚ねぇから」
「さっきから当たり前の質問ばっかするんですね」
恵と克哉のどこかギスギスした雰囲気の会話が終わり、恵は無事にレストラン『プレアデス』との専属契約が決まった。
二人が厨房から出ると、早速トコトコと和沙が擦り寄って来た。
「あっ、恵!どうだった?ね?ね?」
「…今日の夜から働くわよ」
「やったー!やったじゃない恵!すごい所で働けるじゃない!こんな素晴らしい素敵なお店で働けるなんて、恵ちゃんすごぉ~い~!」」
恵の再就職にキャピキャピと可愛い声で喜ぶ和沙。一見友達思いに見えるが、狙っている進次郎がいるから友人思いの女を振舞っているだけで、彼女の友情はニセモノである。
「ありがとうございます。今日からよろしくお願いします」
進次郎も恵の就職を祝ってくれた。
「おい!雑談はいいから、早く帰って化粧して出直して来いよ。時間がねーんだぞ?」
克哉は"よろしく"とも言ってくれなかった。
恵は和沙と共に店を出た後、和沙と別れ自宅へと戻り、大急ぎで準備をして再度レストラン『プレアデス』へと向かった。