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星空の記憶  作者: 柳瀬亮
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第5話『スカウト』

「ふぅ~、参ったなぁ~。克哉、どうするよ?」


 レストラン『プレアデス』の支配人室で、二人の男が頭を抱えていた。

 デザート専属のパティシエが急に行方不明になり、ホテルへ発注せざるおえない緊急事態に加え、後任のパティシエも決まっていなかったからである。


「妥協して腕のないパティシエを雇うのは、プレアデスの名が廃るだろ」


「じゃあ、正式な後任が決まるまで発注でいいんだな?」


「……ウチはオリジナルメニューにプライドを持ってるんだぞ」


「まったく、本当に昔から頑固だなお前は。もうすぐ開店準備だぞ?どっちかのプライド捨てろよ」


 チリンチリン。


 現実的な思考の進次郎と、プライドの高い克哉が衝突している最中、入り口のベルが店内に響き渡った。


「ん?まだ営業時間じゃないぞ」


「ああ。昨日バッグを忘れた客が取りに来たんだよ、さっき電話があった。克哉、悪いが保管室からピンク色のバッグ持って来てくれるか?」


 克哉が保管室へバッグを取りに行き、進次郎が入り口へ向かうと、ナチュラルメイクさえも崩れたニューハーフが息を切らしながら立っていた。


「ハッ……、ハァ……、す、すみません……。バッグを……。アタシのバッグゥ~」


「五十嵐様ですね。昨晩はご来店ありがとうございました。お忘れになったバッグはもうすぐお持ちいたします」


(あんっ!昨日のイケメンのカタワラ~!)


 和沙が進次郎に目を輝かせていると、店の奥から克哉がド派手なピンク色のバッグを持って来た。


(いぁんっ!昨日のイケメンコンプリート~!)


 和沙は目を付けていたイイ男二人に挟まれ、整形した二重目の瞳孔を開かせていた。


「はいどうぞ」


 バッグのド派手な色に呆れ声の無愛想な克哉が、和沙に手渡した。


「良かったぁ~!これで質に……。いえ、本当にありがとうございますぅ~!」


「またお越しください」


 進次郎に社交辞令を言われ、帰らされる雰囲気になった和沙。

 目を付けていた男二人が目の前にいて、手を出さないなんてことは肉食猛獣系ニューハーフのプライドとして許せなかった。


「本当にごめんなさいでしたぁ~。アタシったらウッカリしてて……。もう~、アタシのドジドジ!」


 ニューハーフクラブでも使い、恵にも伝授したぶりぶりハマチ攻撃を男二人に仕掛け始めた和沙。少しでも長く会話を続けるために、昨日の話を持ち出すことにした。


「バッグは忘れちゃいましたけど、このお店の味は絶対忘れないですよぅ~。だって、すっごく美味しいお料理がいっぱいいっぱいだったもん!」


「ありがとうございます」


 進次郎が支配人らしい対応をしている傍らで、克哉は"ふっ"と呆れ笑いをしていた。

 そんな空気を読み取った和沙は、ターゲットを進次郎一人に絞り、カマトト攻撃を続けた。


「でもデザートが食べれなくて残念でしたぁ~」


「……そうでしたね、昨日は申し訳ありませんでした」


「いいえ~。だから昨日一緒にいた女友達に……、ほら!シフォンケーキ作ってもらったんです!」


「そうですか。すごく美味しそうなケーキですね」


 感想を言い尽くした和沙は、どこまでも紳士な対応をしてくれる進次郎と深い仲になりたくて、持っているアイテムまで会話の糸口に利用し始めた。


「彼女パティシエなんです。パリに留学経験もあるんですよ!」


 和沙の言葉に、二人の男は真剣な表情に変わった。


「でも、働いてたホテルレストランのオーナーをぶん殴ってクビになっちゃって……。ううっ、可哀想な恵……」


 克哉が透明のタッパーに入ったシフォンケーキを見つめながら、和沙に歩み寄った。


「そのケーキ、味見させてくれないか?」


(えっ、やだ……、ナンパ?)


「さぁ、五十嵐様。中にお入りください」


(アタシ……、男二人に回されちゃうかも……いや~ん!)


「ちょっとだけですよぉう?」


 店内へと招かれた和沙は、ケーキ目当てに歩み寄ってきた男達との無駄な妄想を膨らませていた。国賓級の扱いを受けながら椅子に腰掛け、克哉にタッパーを渡すと、男二人はじっくりとシフォンケーキを見つめ始めた。人差し指でケーキを触り、指先についたクリームを舐め、しばらく口を動かした後、手掴みでケーキを食べ始めた。


「……克哉、コレはかなりイケるぞ」


 進次郎が恵作のシフォンケーキを絶賛した。


「ああ」


 克哉もかなり気に入ったようだ。


「でしょでしょ?恵は天才ですものぉ~!アタシのだ~い好きな友達なんですぅ~!」


 和沙はまるで自分の手柄のように鼻を高くし、カマトト口調で自慢を始めた。


「実はパティシエを探してたんだよ。ぜひ今日から来て欲しい、彼女に連絡してくれないかい?」


「……こんな有名なお店に、……恵を?」


 進次郎の予想外な頼みに、和沙の頭の中は打算で渦巻いた。


(恵は再就職、アタシは恵の友達。この男は友達の職場の人間、お近づきになれる最高の接点。全員が得をするわ!)


「すっ、すぐに電話します!」


 和沙はド派手なピンク色のバッグから携帯を取り出し、恵に電話を掛けた。


 ブルル、ブルル……。


 恵の部屋に携帯の振動音が響き渡る。

 二度寝をした後、ハローワークへ行くために洗面所の鏡で化粧をしている最中だった恵は、部屋のテーブルに置いてある携帯をすぐさま取りに行った。携帯の画面を見ると、和沙からの着信だった。


「もしもし和沙?どうしたのよ?……バッグちゃんと受け取った?」


「バッグどこじゃないのよ!大変よ!早く早く早く来て!レストランに!」


 尋常じゃない状態の時、和沙のか弱い女性らしい声は、若干オカマ声になるのを恵は知っている。


「何?何があったの?」


 和沙の声から、大変なことが起っていると察した恵は、不安げに問いかけた。


「いいから早く!アタシのためでもありアンタのためでもあるの!来ないと殺すわよ!早くしろ早く!」


 ガチャ。


「もしもし?ちょっと、和沙?……ったく何なのよ!財布でも抜かれてたのかしら?」


 昨日は和沙にどん底の精神状態を救われた恵。友人の非常事態宣言を受け止め、急いでレストラン『プレアデス』へと向かった。

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