最終話『あなたがいたから…』
「…完璧ね」
「本当ですか?先輩!」
「一ヶ月も私のシゴキによく耐えた!これなら、いつ私がここを辞めても任せられるわ…」
「まーたまた!塩らしいこと言っちゃって…」
(…塩らしい…か…)
私は後輩へ、レギュラーデザートメニューの技術を教え込みました。
彼女は素晴らしいパティシエです。飲み込みが早くてセンスがあります。
ありがとう…。あなたがいて本当によかった…。
私は安心して、ここを去ることができるよ…。
「設置完了しました」
「あっ、ご苦労様です」
厨房に、業者の方が私を呼びに来ました。
今日はクリスマスイベント当日、フロアでプラネタリウムの放映を行います。
あなたが亡くなってから、ずっと実現していなかったプラネタリウム…。
「先輩~、どんな感じで映るのか見に行きましょうよ~」
「そうね」
フロアに移動すると、天井に美しい星空が放映されていました。
あの日観た星空…。
私の隣にはあなたがいて…、キョロキョロと周りを見ながら小さな声で私に言ってくれた…。
「…お前と観た星空には敵わないけどな…」
そう…。あの日、あなたと観た星空には敵わない…。
あの星空の草原…。まだあの場所はあるのだろうか…。
この目が見えなくなる前に…。最後にあの星空を観たい…。
「まだストーカーに追い回されてるの?」
「警察に相談しようと思ってんだけどさ、被害届とか書かされるのかな?」
自宅へ帰宅すると、また和沙が押しかけて来ていました。
和沙はズカズカと部屋に上がり込み、冷蔵庫から勝手にミネラルウォーターを取り出してゴクゴクと飲み始めました。
「あ~、お水女の酔い覚ましにはやっぱ水だわ。……しっかし、相変わらず狭くてきったない部屋ね~」
「ちょっと和沙!人の家でよくそんな図々しい行動ができるわね、どんな環境で育ったのよ」
「オカマを育てたような環境よ!」
「そうやって必ず言い返す癖やめなさいよね。自分のことを女って言ったりオカマって言ったり、両生類なの?」
「うるさいこの哺乳類」
和沙が持っているミネラルウォーターを、私は不機嫌に奪い返し、ゴクゴクと飲み始めました。
「それにしても、な~んでアタシって変な男ばっかりに言い寄られるのかしら。ストレス溜まると甘いもの食べたくなるわね。糖分はオカマのホルモンバランスを保つ秘薬だわよ」
和沙の不満を聞いた私は、なんとなく懐かしい気持ちになりました。
「……良ければ何か作ろうか?」
「えっ?本当?」
「大昔、和沙に作ったことあったよね…。すべてはそこから始まったじゃない?」
「…そう言えば………そうだったわね……。……じゃあアタシ、ケーキが食べたい!」
「じゃあシフォンケーキを作るわ!」
「わ~い、楽しみ~!懐かしいシフォンケーキ!」
和沙…、あなたには言わなかったけど…、きっとこれが…、私が作る最後のお菓子…。
そして…、あなたに作る最後のケーキ…。
「美味しい~!やっぱり恵のケーキは最高だわ」
「当たり前よー」
「…目が片方見えてなくても、こんなに素晴らしい技術があるんだから、人生安泰よ」
「……そうね」
「アンタはアタシが絶対に守ってやるからね!」
「………ありがとう」
私は道具と材料の片づけを終えキッチンから部屋に戻りました。
和沙は座椅子に腰を掛けた状態で深い眠りについていました。
私は押入れから一枚の毛布を取り出して、和沙のお腹にかけ、テーブル向かいの座椅子に座りました。
テーブルに肘を付き、両手で頬を押さえながら、眠っている和沙の顔を眺めてみました。
「……和沙……本当に今まで……色々ありがとう……すべてあなたのおかげだよ……」
私は、衝動を抑えられませんでした。
最後に…。最後にあの星空の草原へ行きたい…。
和沙をマンションに残し、そのまま私は家を飛び出しました。
「タクシー!」
タクシーを止めて、私は乗車しようとしました…。
「あっ!」
「お客さん、大丈夫ですか?」
「…大丈夫です」
左目の視力は悪化していました。
もう、見えなくなる…。
「…とりあえず高速に向かってください」
「こんな時間に…目的地もなく…ですか?
「…行く場所は分かっているんですけど…地名がわからないので…」
「……何か事情がおありのようですね…わかりました」
「…ありがとうございます」
私はタクシーの中で、外の風景をただ見つめていました。
克哉さんと星空の草原へ向かっていた時よりも、ビルが増えたみたい…。
どんどん街が変わって行って、あの頃の風景はなくなって行くんだろうな…。
「深夜の長旅にピッタリの音楽をかけましょうか?」
運転手さんが唐突に聞いてきました。
まるで私の心の中を見透かしているかのように…。
「本当ですか?…お願いします」
ポロン…ポロン…。
「……!!…この曲は…」
「知ってますか?星空の記憶っていう音楽なんですよ。私がたまの贅沢に行くレストランで流れてる曲でしてね…」
「……そうなんですか」
克哉さん…。
今、私はあなたに導かれているわね…。
こんな素敵な偶然…あるはずないのだから…。
風景があの日に近づいていた…。
きっとこの近くだ…。この近くの小道を進むんだ…。
「運転手さん…とめてください!」
「ええっ?この辺は何もありませんが…」
「…大丈夫です」
私はタクシーをとめて、山の道で降りた。
そう…確かにこの場所…この小道を進むと、あの草原にたどり着くはず…。
あの頃の景色、匂い、ここだけは何も変わらない…。
あなたと観た星空…。
あの日から五年間…一度も来れなかったこの場所…。
隣にあなたはいないけれど…私は最後に…あの星空を心の中に残しておきたい…。
草原が見えてきた…。
あの場所が見えてきた…。
あなたとの想い出が溢れる星空の草原が…。
克哉さん…。
克哉さん…。
克哉さん……。
広がる星空…。まるで宇宙にいるような美しい星空…。
そう…、この場所…、この星空…、ここがあなたとの場所…。
もう五年も経っているのに…、あなたとの想い出が鮮明に蘇ってくる…。
あなたの言葉…、あなたの顔…、あなたの声、匂い、温かさ、すべて昨日のことみたいに想い出せる…。
最後に、あなたと一緒に観たこの永遠の星空を心に刻むことができて…本当に…良かった…。
星空がだんだんと見えなくなって来ました。
目の前がだんだんと真っ暗になって来ました。
でも、ちっとも怖くありません…。
私には、あなたとの素敵な想い出がたくさんあるから…。
あなたとの想い出は、目を閉じていても頭の中に蘇ります…。
だから、目が見えなくなっても、こうやってあなたのことを想い出せる…。
星空の記憶は……私の心の中にいつまでも残っているから……。
克哉さん…。
あなたに逢えて…本当によかった…。
いつも傍にいてくれたね…。
私を想ってくれて…ありがとう…。
私を助けてくれて…ありがとう…。
私を守ってくれて…ありがとう…。
あなたがいたから…私は素敵な人生を送れたよ…。
あなたがいたから…。
克哉さん…。
……愛してる。




