第22話『心のどこかで』
克哉さん…。
昨日、私はあなたの夢を見てしまいました。
他愛も無い夢でした。
厨房で私がケーキの生地を仕込んでいると、あなたがひょっこりと顔を出すのです。
そして「開店に間に合わせろよ」と言いました。
相変わらずのあなたに、私は呆れてしまいました。
でも…心のどこかで、夢を見ていると気付いていました。
あなたはもういない…心のどこかで分かっていました。
だから夢から覚めないフリをしていました。
現実に引き戻され、目覚めるとあなたがいない毎日です。
久しぶりに、あなたの声が聞けました。
夢の中ですけど、あなたの声が聞けました。
このまま、あなたの記憶がかすんでいって、あなたの顔も声も思い出せなくなっていくのかな。
本当は……あなたのことは忘れたくないのに……。
日が昇り、ボーっとしていると、チャイムが鳴りました。
また和沙なのだろうと、玄関の方へ行くと"トントン"と扉を軽く叩く音がしました。
和沙の叩き方ではありません。誰か別の人なのだと分かりました。
そっと扉のレンズを覗いてみると、そこには支配人が立っていました。
「…支配人……」
「やぁ、御影くん久しぶり。元気にしてたかい?…痩せた?」
私は、支配人を部屋に招き入れました。
化粧もしてないし、部屋も散らかっていたけど、見栄を張る意味も何もないから…。
「…お茶どうぞ」
「ああ、すまない…」
「…いえ」
「…御影くん。…レストランの再開日が決まったんだ」
「………そうですか」
この人は、無神経に何を言っているのだろう…。
レストランの再開日が決まろうと、私には働く意思も精神もないと言うのに…。
「…またウチに来てくれるかな」
「……あの……それはちょっと…」
「…克哉の」
「克哉さん?」
久しぶりに聞いた、支配人の"克哉"というフレーズに、一瞬"ドキッ"としてしまいました。
でも、すぐに昔のことだと…また私の心は冷めて行きました…。
「…克哉の…遺品から…これが出てきた…」
「えっ?」
支配人は、テーブルの上に紺の小さなケースをそっと置いた。
「そして、このカードも一緒に…」
私は、支配人から差し出されたカードを受け取りました。
カードには、可愛い雪だるまとクリスマスツリーが描かれていました。
そして、克哉さんの直筆メッセージも…。
"メリークリスマス!また一緒に星空みような!"
紺のケースを開けると、そこにはシルバーの指輪が光り輝いていました。
私は指輪を手に取り、よぉ~く見ると、裏側に何かが小さく書かれているのに気付きました。
そこには"M・M"と彫られてありました…。
「それ…御影くんへのクリスマスプレゼントだったみたいだな…」
「支配人……」
「君達が付き合っていたことくらい、雰囲気を見ればすぐ分かるさ」
「…でも私……」
「…悲しいのは、俺も同じだ…。克哉とはずっと二人でやって来たからな…」
私の目に涙が浮かんだ。そしてポロポロと溢れ出した。
毎日あんなに泣いているのに、まだこんなに涙がでるの?
克哉さんは、一体どこまで私を泣かせるつもりなんだろう。本当に腹が立つ!
でも少し…、元気が出る涙な気がした。
「泣いてばかりじゃいられないからな!克哉が築いてくれた俺達の店を、守る責任があるから…」
「…支配人……」
「…また来てくれよ……御影くん……」
私は、まだやれるのか不安だった。
だけど支配人の言う通り、今の私にできることは、克哉さんのお店をしっかりと守ること。
毎日家に引き篭もっていても、克哉さんはきっと喜ばない。そう思った。
「…わかりました!…頑張ります!」
「…よく言ったな」
支配人は、私の頭を"ポンポン"と優しく叩いてくれた。
昔から、ずっと変わらない優しさを与えてくれた支配人。
私の大好きな克哉さんが、唯一心を許した大切な友人。
手に取った指輪を試しにはめてみると、ピッタリと私の薬指にはまり、キラキラと輝いていました。
私は、まだやれる…。きっとやれる…。
克哉さん、見ててね…。




