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星空の記憶  作者: 柳瀬亮
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第21話『すべてを忘れるには』

 克哉さん…。

 あなたが亡くなって、私の前から居なくなってしまってから、ひと月も経ってしまいました。

 あの事件で、レストランは休業状態となり、年が明けた今でも再開の目処は立っていません。


 でも…私はレストランのことなんて、もうどうでもいい…。

 プレアデスが再開したとしても、そこにはあなたがいない…。誰よりも大切なあなたが…。




「…恵」


「……和沙」


 私はあの日から、ずっと家に閉じ篭っていました。

 ほとんど何も口にせず、携帯の電源も落としたままでした。


 今日も、和沙が自宅のチャイムを鳴らしに来ました。

 私の所へ来る人なんて、父さんが死んで克哉さんも殺された今、和沙しかいません。


 ずっとチャイムを無視していたのですが、今日は玄関のドアを開けてみることにしました。

 開けることで何か変わる訳でもないのは分かっていましたが…。


 和沙を部屋へと招き入れましたが、二人の間には沈黙が続いています。

 テーブルに向かい合い、座椅子に座ったまま俯いているだけ…。


「恵…」


 和沙が真剣な顔をして私を見ている。

 この子がこんな顔するなんて、今まで知らなかった。


「……なんて言ったらいいか、分からないけど……」


「何も言わなくていいよ…」


「…え?」


 和沙の慰めなんて、今の私にはただ鬱陶しいだけでした。

 友達想いじゃないかもしれない、人間失格かもしれない、けど今の私には、友達の言葉なんてどうでもいいことでした。


「何も言わなくていいよ…。一人にして…」


「でも恵、みんな心配してるよ?支配人さんも…。それに…、そんなゲッソリしちゃって…」


「放っておいて…」


「放っておけないよ!オーナーが殺されて、恵がここまで衰弱するなんて…。電話で話したよね?オーナーに厨房で待ってろって言われた日…。あの日に何かあったの?」


「…黙って」


「え?」


「克哉さんの話はしないでよ!お願いだから!…もう忘れたいの!ぜんぶ忘れたいのに……」


「…恵」


 克哉さんとのことは、和沙に言えない…。

 だって約束したの、誰にも話さないって…。


「…和沙……お願い…帰って…」


「……恵…」


 和沙のあんな寂しそうな顔も、初めて見た。

 でも当たり前だよね、私がヒドイことを言っているんだから。


 私は、人を不幸にする人間なんだと思う…。


 私が無職にならなければ、克哉さんの夢や希望を奪うことはなかった。


 私がプレアデスで働かなければ、克哉さんは死なずに済んだのに…。


 出会うことはなかったかもしれないけど、克哉さんが幸せに暮らしていけた未来の方が、ずっと良かった…。




 和沙が帰ってから、何時間経ったのだろう、また空が暗くなってきた。

 夜が来て、朝が来て、その繰り返し。

 時は進んでいるのに、私の時間はあの日から止まったままみたい。


 テレビもつけたくない。

 克哉さんが殺されたニュースはもう流していないだろうけど、連想するフレーズがテレビから聞こえて来るだけで落ち込む。


 ニュースで"レストラン"と聞けば克哉さんを思い出す。

 バラエティで誰かが"お前"と呼べば克哉さんを思い出す。

 そしてドラマで"愛してる"と囁けば克哉さんを思い出す…。


 すべての言葉に、克哉さんとの思い出があることに気付いてしまうから…。


 何も聞きたくない、何も見たくない、何も考えたくない…。

 すべてを忘れられる薬があるなら、私はどれだけ楽になれるか…。




 バルコニーに出て、星空を見上げてみる。

 あの日に観た星空とは全然違う。くすんで、ちっとも輝いていない。

 一人で見上げているから…。隣にあなたがいないから…。


 そんなことない…、都会の星だから輝いていないんだ…。

 そうだ、あの場所に行こう。あの星空の草原へ行こう。今からなら間に合うはず。


 克哉さんが私にプレゼントしてくれた、あの星空の草原に行こう。




 私はあの事件以来、初めて自宅の外へと出た。

 足がなまっていて、少し歩くだけでもう痛い。

 でも平気、あの星空が観れるのだから…。


 タクシーをとめて、すぐに高速へ乗るように指示をする。

 あの場所は覚えている。見覚えのある風景が見えたらすぐにタクシーを止めるつもり。


 あの日、克哉さんとのドライブで観た風景。まったく同じ風景…。


 カーオーディオから聴こえて来る音楽、匂い、そして隣にいた克哉さんの横顔…すべて鮮明に思い出せる。




 だけど……隣にあなたはもういない……。


 あなたとの時間は永遠に戻らない……。


 たとえ……あの星空の草原へ行ったとしても…。


 そこにはあなたがいない…。


 私の隣で、私のことを誰よりも一番に想ってくれた…あなたはもういない…。


 急に切なくなって、急に悲しくなって、泣き崩れそうになる。

 考えれば考えるほど、辛くなる…。


 だから私は、すぐタクシーに引き返すよう指示をして、また自宅へと戻りました。


 そして自宅のベッドの中で、またあなたのことを考えながらたくさん泣いてしまいました。


「克哉さん…克哉さん…」


 私は、あの日から辛いことがあるとあなたの名前を呼ぶようになってしまいました。


 あなたの名前を呼んでばかりの毎日…。




 克哉さん、私はあなたにすごく逢いたいです。


 あなたと過ごした幸せな日々を思い出せば思い出すほど、あなたに逢いたくなります。


 映画やドラマなら、あなたと夢の中で会えたり、幽霊になったあなたに逢えるのかな…。


 でもこれは現実で、そんな美しい物語が待っている訳ではありません…。




 生まれ変わったらあなたに逢える?


 でも、私は誰に生まれ変わるの?


 私に生まれ変わらないと、あなたと最後に結ばれない…。


 でも、私に生まれ変わったら、また同じ苦しみを味わうことになる。


 あなたと幸せに暮らせる日々は、生まれ変わったとしてもやって来ないんだ…。




 それなら…人生をやり直したい。


 あなたが殺されたあの日に戻って、もう一度やり直したい…。




 克哉さん…。


 私はどうしたらいい…?

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