第19話『永遠の星空』
12月になり、レストランプレアデスではオーナーとスタッフ達が打ち合わせをしていた。
毎年恒例であるクリスマスイベントの企画内容を確認し、それに向けての準備をするためだ。
「写真の方はまかせてくださいよ!御影パティシエのデザートが映えるように調節しますから」
「いえいえそんな…。デザートがメインじゃないんですから…」
父が亡くなってから半月、恵の周りにいるみんなが気を遣ってくれていた。
和沙も、父の訃報を知ってから毎日電話をくれる。
なんとなくその気遣いが、申し訳ないような、無理をして明るく振舞わないといけないような、そんなプレッシャーを感じていた。
「おーし、じゃあ今年のイベントはフロアにプラネタリウムを放映っつーことで、いいな?」
克哉が立ち上がり、打ち合わせが終わった。
会議室から厨房へ移動する途中の廊下で、克哉に呼び止められた。
「おい!」
「…オーナー、何かご用ですか?」
唯一、克哉の態度だけは前とあまり変わらない。変な気を遣うこともなく、相変わらず"お前"だの"ちーす"だの言って来る。
でもあの日、克哉に抱きしめられたことは口に出していない。克哉にとってあの出来事は、なかったことになっているのか、気まずくて語らないのか、恵には分からなかった。
「…お前、夜…時間あるか?」
恵は一瞬、耳を疑った。
どうせ"仕事しっかりやれ"だの"酒を控えろ"だの言われると思っていたのに、ずいぶんと想定外の台詞。
「…今夜ですか?…ええ、空いてますけど」
「…仕事終わったら厨房で待っててくれよ」
「……わかりました」
平然を装った恵だったが、内心はドキドキしていた。
いったい何が起きるのか、克哉が何を考えているのか、期待と不安で妄想が膨らんでいった。
営業が終わり、厨房の片付けも終え、いつもなら更衣室へ向かって帰宅の準備をする所だが、今日は克哉に待てと言われている。
午前1時になっても、克哉はなかなか厨房に現れない。
ブルル…ブルル…。
恵の携帯に、和沙からの着信があった。
「もしもし?恵?元気?体調は?今日の企画会議はどうだったぁ~?」
電話に出ると、相変わらずの酒ヤケ声で和沙が一方的に話を振って来た。
「和沙、ごめんね。まだ店の厨房なのよ」
「あれ?残業?クリスマス用メニューの試作でもしてんの?」
「ううん、ちょっと用があって……。……ありがとう……」
恵はなんだか、和沙の質問攻めに"クスッ"と笑ってしまった。そして、感謝を言いたい気分になった。
「え?何が?」
「父さんが死んでから、毎日電話くれてるでしょ?…でも、私なら大丈夫よ。まだ心から明るくはなれないけど、時間が解決してくれると思うから…」
「…ふん!別にアンタに気を遣ってる訳じゃないんだからね!うぬぼれないでよ!」
「はいはい、分かった分かった」
和沙も少し安心した表情で、いつも通りの振る舞いをし始めた。
友達だから気を遣う、でも友達だから気を遣わなくていい。和沙は恵の本心がやっと分かった気がした。
「でもちょっと待ってよ。こんな夜中に何の用があんのよ?厨房で何してんの?」
早速、人の心の中にズケズケと入り込んで来る和沙。
恵はその瞬間"ああ、和沙とのやりとりって本当はこんな感じだった"と少しの嫌悪感を覚え始めた。
「……実はオーナーに厨房で待ってろって言われてるのよね」
「ええっ!何よそれ…。営業後の店内で…男女が二人きり…」
「そんな意味深な雰囲気で言わないでよ。もう来ると思うから電話切るわよ?」
「事後報告よろしく…プツン」
和沙との若干イライラした通話を終えた直後に、克哉が駆け足で厨房へと現れた。
「悪い悪い!イベント用のツリー発注に手間取っちまって…」
「いいですよ別に…。それより、一体何の用があるんですか?」
恵はいつもの態度で克哉を出迎えた。自分の気持ちが知られないように…。
「…着替えたら荷物持って下に来てくれ」
「…下に?何処か行くんですか?」
「ああ…」
言われた通り、更衣室で私服に着替えて下へ降りると、ビルエントランスの目の前に、克哉の車がとめられていた。
「…車……?」
「いいから乗れよ、時間がないんだ」
「…時間?」
克哉は運転席から、恵に同乗するよう催促をしてきた。
恵が助手席に座ると車は急発進して、すぐに道を曲がって高速へと乗った。
「もしかして、この間行った卸売商社へ向かってるんですか?」
「方向が逆だろ?…そんくらい分かれよ」
「知らないですよ。目的地くらい前もって教えてくださいよ。だいたい何でいつも急になんですか…」
「…悪い」
久しぶりに克哉とドライブができて本当は嬉しかったが、気のないフリをして不満をぶつけてみる。
思い返せば、克哉のことを気になり始めたのは、初めてのドライブの時だったかもしれない…。
恵はそんなことを考えながら、黙って窓の外を見ることにした。
しばらくすると、風景に山がたくさん見えて来る。一体どこへ向かっているのか、恵にはサッパリだった。
「おーし、もう着くぞ」
「…は?…周りには山しかありませんけど?」
車は高速を降りて、山の中の小さな道を走っていた。しばらく進むと草原のような場所にたどり着き、車はそのまま止まった。
「えっ?ここですか?」
「ああ」
車を降りると、目に映るのは広がる草原。真っ暗で明かりも無いぼんやりと見える草原。草原草原草原。ただそれだけだった。
「なんですか?ここ…」
「上を見てみろよ」
克哉にそう言われ、素直に上を向いてみる。
「………わっ!……わぁ~!!」
そこには一面の星、星、星の数々…。
まるで宝石箱をひっくり返したかのようなキラキラの星空が広がっていた。
草原で星を見上げると、視界には余計な木や建物などが入ってこない。
まるで宇宙空間にいるような感覚に、恵は感動していた。
「すごい!こんな綺麗な星空、生まれて初めて観た!」
「…上見たまま歩いてみろよ」
「…え?……わ~すっごい!宇宙を散歩してるみたい!」
しばらく上を見上げて、首が疲れて来た二人は、そのまま草の上に並んで寝転がった。
「こうやって星空を見てると、本当に星の中にいるみたい…」
恵は横に寝転がっている克哉の方を向いた。
克哉と並んで寝ている…。それだけでも嬉しい出来事なのに、この素晴らしい星空。恵は克哉にいろいろな質問をしたくなった。
「…でも、どうして私をここに?」
「………俺のお袋も親父も、事故死しててさ…」
「…前に聞きました……」
話の途中で割り込むのは失礼かと一瞬迷ったが、正直者の恵は、聞いたことないフリが出来なかった。
「は?お前誰に聞いたんだよ?」
「えっ、あっ、……支配人に…」
「チッ。あの野郎、ペラペラ喋りやがって……」
「支配人がその話をしてくれたから、秋の新作デザートが成功したんですよ?悪く言わないでください。……その後に親戚の家に引き取られたって…」
「……ああ。…この近くなんだ、その家が…」
「えっ?そうなんですか?」
「親戚の連中が気に入らなくてな…。夜中に家飛び出して、暇だからフラッと周りを散歩してたら、ここへたどり着いてさ。…今夜みたいな星空が広がってたな」
「へぇ~」
「なんにもなかった俺にも、色々と出来そうな気がして来てさ…」
「…可愛い所あるんですね」
「俺は意外とロマンティストなんだぞ?店の名前も星に関連するものにしたりな、凝ってるんだぞ?」
「ああ!そう言えばそうですね…。ぜんぶこの星空を見て、決めたものだったんですね…」
「よぉ~く見とけよ。お前の職場の原点だからな」
「私、最近視力が落ちて来たみたいで…。両目2.0くらいだったらもっと綺麗に見えるんだろうな~」
「お前は酒飲み過ぎなんだよ。だから目も悪くなんだ、ばぁ~か」
「ふん!何さ!…だからどうして私をここに連れてきたのって聞いてるの!」
「……そろそろだな」
そう言うと、克哉は起き上がり、草原の地平線を指差した。
「ほら、見てみろ?」
恵も不思議そうな顔をして起き上がり、克哉が指差した方を見てみた。
「…す、すっごぉ~い!」
そこには、星空に光が射し込み、コバルトブルー色からオレンジ色にグラデーションして行く朝の始まりが広がっていた。
「…幻想的……こんな綺麗な空、観たことない…」
「…俺はこの空を見て、明日への希望が持てたんだ…」
「えっ?」
「すぐに高速バスへ乗り込んで、そのまま家を出たんだ」
「家を?」
「…お前にも……希望を持って欲しくてな…」
「…オーナー……」
「親父さんが亡くなってから……お前が無理して笑顔を作ってる気がしてな…」
「………そんな………心配してくださって…ありがとうございます……」
「いや……」
克哉は、恵にこの空を見せるために誘ってくれた。
すべて恵のためにしてくれたプレゼント。誰よりも恵のことを考えてくれていたのだ。
「私も……オーナーに…言いたいことがあって…」
「…なんだよ?」
「…父が亡くなった翌日に、オーナー…私を慰めて、抱きしめてくれたのに…私、拒絶したみたいになっちゃったから…」
「…気にしてねぇよ」
「…私…本当は嬉しかったから……オーナーに抱きしめられて、本当は甘えたかったから……」
克哉が見せてくれた幻想的な星空を前にして、恵は初めて素直になれた。
心の想いを、このまますべて克哉へ明かせる気がした。
「オーナー……私………あなたが好きです……」
「……お前…」
克哉は驚いた表情をして、恵のことをじっと見つめた。
空にオレンジ色が広がり、しばらくの沈黙が二人の間に続く。
恵が"何か反応してくださいよ"と言おうか迷っていると、克哉は再び地平線の方を向き、腕を組み始めた。
「……いいか?あのニューハーフのダチにはペラペラ俺達のこと話すなよ?それから進次郎にも…」
「…オーナー?」
「…パティシエとオーナーがデキちまうんじゃ、お前が働いてた店と同じじゃねーか」
「…オーナー……」
克哉は照れ臭そうに、鼻の下を人差し指で何度もこすっていた。
恵は、克哉に自分の想いが通じたのだと分かり、心の底から嬉しさが溢れて来ていた。
でもやっぱり、喜びを素直に表現はできなかった。恥ずかしかったのだ。
「…お前って呼び方やめてくださいね」
「あ?」
恵はキリッとした表情で、克哉に注文をつけ始めた。
「いっつもお前、お前って…。店の中ではいいですけど、外ではちゃんと名前を呼んでくださいね」
「…お前も俺のことオーナーオーナー言ってるじゃねぇかよ」
「……じゃあ同時に呼び合いましょ?」
「…ああ、いいぞ」
二人は向き合い、若干照れ臭そうな表情をしながらも、大声で一緒に叫んだ。
「恵!」「克哉!」
星空は朝焼けに包まれ、だんだんと観えなくなっていった。
でも星空の記憶は、二人の中に永遠と残るだろう…。そう信じていた…。




