表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空の記憶  作者: 柳瀬亮
15/25

第14話『父と娘と』

 レストランが相変わらずの賑わいで、今日も大忙しだった恵は帰宅の準備をしていた。


「御影くん…」


「ああ…支配人。今日もお疲れ様です…」


「お疲れ…。君のお父さんが来ているよ?」


「…父が?」


 恵が進次郎と共にフロアへ移動すると、父が入り口に立っていた。


「…父さん!どうしたの?こんな時間に…」


「恵…。お前の作ったお菓子がどうしても食べたくてね…」


「そうだったの…。前もって言ってくれれば良かったのに!」


「いやいや…。せっかくだからお前の顔を見て行こうと思って、終わるまで待ってたんだよ」


「ありがとう…、父さん…」


「星空の記憶…、美味しかったよ…」


「もうやだぁ~、支配人の前で…。親バカなんだから…」


 進次郎は微笑ましい顔をしながら、恵と父を見ていた。


「ハハハ…。仲がよろしくて、羨ましい限りです」


「いやはや。この子と二人で過ごす時間が長かったもので、親子と言うよりは友達みたいな感じで…。…出来損ないの娘ですが、これからもどうぞよろしくお願いします」


「いえいえ。恵さんの考案した星空の記憶は、お客様にも大変好評です。とても素晴らしいパティシエですよ」


「そう言ってもらえると、親として鼻が高いです。ありがとうございます」


 進次郎は恵をベタ誉めし、恵は天へ舞い上がるような浮かれモードになっていた。


「支配人ったら~!父さんの前で誉められたら恥ずかしくなっちゃうじゃないですか~!」


 他愛もない雑談を支配人とした後、恵親子は挨拶をしてレストランプレアデスを去った。

 父は終電に間に合うと言ったが、恵は万が一のことを考えて、父を自宅マンションに泊めてあげることにした。


(…あれが御影くんの父親か…。娘と違ってずいぶんと大人しい人だな。…どうしてあんな破天荒な子が生まれるんだ?)


 進次郎はフロアで一人、遺伝子の不思議について考えていたが。




 二人はマンションに着き、明日もあるから…とすぐに布団を敷いて、寝る準備をした。


「…なんか久しぶりだね、父さんと並んで寝るの…」


「ああ、そうだな…」


「…仕事は順調?」


「ああ、なんとかやってるよ。……恵はどうだい?」


「私もなんとか……」


「…そうか、それはよかった…。恵は昔からお菓子を作るのが好きだったからな…。きっと上手くやって行けるはずさ」


「うん。だけど…好きな事って仕事にすると辛い時もあるよね…」


「辛くない仕事なんてないさ、恵は好きな事を仕事にしているんだから、立派だよ…」


「そうかな…」


「ああ…」


 久しぶりの親子水入らずに、恵は嬉しいような、切ないような、センチメンタルな気分になっていた。


「…父さん」


「…ん?」


「…家に一人でいて、寂しくない?」


「…ああ、寂しくないよ…」


「……本当に?」


「……恵の事を考えたり、母さんの事を思い出したりしているからな…」


「…今でも母さんの事…、覚えてる?」


「…ああ。…何が好きだったか、…何が嫌いだったか、…何一つ忘れずに覚えているさ……」


「……母さんに会いたい?」


「……ああ。立派になった恵を見たら、きっと喜ぶだろうな…」


「立派じゃないよ…、いつも周りに助けられてばっかりで…。私は名前どおり、人に恵まれてると思う…。友達のおかげで再就職できたの。それにレストランの人達も、みんな優しいよ」


「そうか………」


 父は娘の充実した日常に安心し、深い眠りについていた。

 そして恵も、遠い昔に戻れたような安堵感を抱きながら、目を閉じた。




 ――その頃、レストランプレアデスの元パティシエ"梨香"のマンションでは、大騒動が起きていた。


「……どういう事?」


「あちゃ~…」


 梨香が体調不良から、いつもより早くクラブの出勤を終えて帰宅すると、玄関には女物の靴があった。

 急いで寝室へと梨香が移動すると、愛する男と見知らぬ女がベッドの上で抱き合っていた。


「…女がいたのね?」


「あ~あ…。バレちゃったよ…」


「ふ…、ふざけないで!アンタ誰なのよ!どういうことなのよ!」


 梨香が激怒すると、見知らぬ女が嫌そうな顔をして口を開いた。


「やだ…、この女うるさ~い!金生む便器の癖にさぁ~?」


「なっ、なんですって?ちょ!何言ってるのよ!説明しなさいよ!ええっ?」


「始まったよヒステリー…。これだから年増は嫌なんだよ…。お前なんかな、金づるなんだよ。図に乗って彼女ヅラしやがって…」


 男は、梨香のことを呆れた目で見つめていた。


「図に乗って…ですって?」


「最近ぜんぜん金よこさねぇじゃねぇか。金のなくなったお前なんか価値ゼロ、もう終わりだね…。故郷の沖縄に帰ってゴーヤ売りでもしろよババァ」


「プッ!篤志それいい過ぎ!ウケるぅ~!」


 梨香はプルプルと痙攣を起こし、寝室にあったオブジェを二人に投げつけながら泣き喚いた。


「出てってよぉおおお~!早く出てけ!ふざけんなぁああ!出てけ!出てけぇええ~!」


「きゃっ!シーサー女が狂った!」


「チッ!クソ女きめぇんだよ。このパティシエ崩れが!」


 二人は梨香に文句を言いながら、服を着て、荷物を持ち、梨香のマンションから出て行った。

 梨香はその場に泣き崩れ、寝室にはボロボロに破損したオブジェが散乱していた。




 早朝、恵は父を駅まで見送っていた。電車に乗る父と、発車時刻までおしゃべりをした。


「悪いな、出勤前なのに駅まで送ってもらって…」


「なに言ってるのよ…。あっ!そうだこれ…。私が作ったお菓子…、良かったら食べて…」


 恵は父より2時間早く起きて、お土産用にケーキを作っていた。

 タッパーが入った紙袋を父に手渡し、発車のベルが鳴り響いた。


「こんなに沢山?ありがとう…。会社の人達と一緒に食べるよ…」


「うん…」


「…じゃあな。寒くなって来たから、体に気をつけるんだよ…」


「父さんもね…。もう年なんだから…」


「ハハハ…」


 電車の扉が閉まり、出発していく。

 今度はいつ会えるのか、そんなことを考えながら、恵は父の姿が見えなくなるまで、電車を見送った。


(父さん…。ありがとう…。………さて、家帰って二度寝だわ。睡眠不足で電車の匂い嗅いだらゲロ出そうになっちゃった)


 恵にはあまり情緒というモノがなかったが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ