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星空の記憶  作者: 柳瀬亮
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第12話『修羅場』

「うぃ~す…」


 恵が厨房でデザートの仕込みをしていると、克哉が挨拶回りに来た。

 いつもなら"今日も一日よろしくお願いします"という定番の台詞を、克哉の顔すらロクに見ずに、仕込みをしながら言う恵だが、今日は違った。


「あっ、オーナー!」


 恵はケーキの生地をこねていた両手袋を外し、克哉の方へと駆け寄った。


「…どした?」


 いつもと雰囲気の違う恵に、克哉は若干の戸惑いを見せながら恵を見つめている。


「おはようございますオーナー。あの…新しいデザートのイメージが固まったので、このメモに書いてある材料を卸売商社から取り寄せてもらえませんか?」


 恵は発案したデザートに必要な材料を記したメモを、克哉に手渡した。


「そうか…。よし、今日中に取り寄せるぞ」


「えっ、そんなに早く?」


「お前も早く試作してみてぇんだろ?やる気がある内にやってもらわないと困るからな」


 恵が満面の笑みで克哉を見つめると、克哉も口元を少しだけ緩めてくれた。


「御影さん!」


 厨房に突然、フロアマネージャーが駆け足でやって来た。


「…マネージャー?…どうしたんですか?」


「なんか昔ホテルレストランのオーナーだったとか言ってる人が来てるよ?御影さんに会いたいって…」


「…ホテルレストラン?」


 恵と克哉は顔を見合わせ、二人して謎めいた顔をしてしまった。




 恵がフロアに移動すると、そこには恵を懲戒解雇にした憎きオーナーが立っていた。


「…おお~!久しぶりじゃないかぁ!元気そうでなによりだ。うん、良かった良かった」


 ホテルレストランの責任を取らされ、今は小さな料理屋を経営している憎きオーナーは恵の姿を見た瞬間、愛想を振りまき、調子のいい顔をして頷いていた」


「……何か用ですか?」


 ウーハーを積んでいるかのような低音ボイスと、冷たい態度でオーナーを威圧すると、オーナーは禿げた頭をポリポリと掻きながら、こう切り出した。


「…いやぁ、実はね~。もう一度、君に来てもらいたくてね…」


「は?」


「君がいた頃は、本当にお客さんにもデザートが好評だった。うん。素晴らしいパティシエだと私はずっと思っていたんだが、店の方針でああなってしまって、本当にすまなかった…」


 恵は無言のまま、するどい眼光でオーナーを睨みつけていた。オーナーはたまらなくなり、目を逸らした。


「…アハハ、ムシが良いのは分かっている。…どうだね?この店の倍、給料を出そう!アハハ…。一からやり直そうじゃないか、君…」


 恵は突然、笑顔になった。


「本当に…倍もお給料をくださるんですか?」


「ああ…約束するよ…」


 オーナーも笑顔になり、恵に握手を求めようとしている。


「じゃあ契約書にサインしないと…ペンあります?」


「ああ…もちろんあるよ」


 オーナーは握手をしようとしていた右手をスーツのポケットへと突っ込み、中に入っていた万年筆を恵に差し出した。


「…ん?でも契約書は…」


「契約書ならここにありますわ」


 恵は"ぴょん"とつま先立ちをし、オーナーが光を放っているツルピカ禿げ頭に、万年筆でウンコの落書きをした。


「なっ!何書いてるんだ!君!」


 恵は万年筆を床へ投げ捨て…。


「めぐにゃん、貴方の薄汚い下品なお店で、働きたくないにゃん!」


 と、言い放った。


「な…なんだと?この女…!!」


 オーナーは顔を真っ赤にさせ、プルプルと震えた右こぶしの力のままに、恵の顔面を目掛けて思いっきり殴りかかろうとした。

 その瞬間、フロアの奥で様子を見ていた克哉が"スッ"っと二人の前に現れ、オーナーの右腕を掴んだ。


「おい!」


 克哉が半ギレの形相でオーナーを睨みつけると、オーナーは真っ赤にしていた顔を急に笑顔に変え、克哉に掴まれた右腕を優しく振り下ろし、万年筆が入っていたポケットの中から名刺を取り出した。


「いやぁ~、貴方が噂のオーナーさん!初めまして!私…レストランゲーテのオーナーです」


 克哉は差し出された名刺を受け取らずに、恵を庇うようにしてオーナーの前に仁王立ちしている。


「ウチの従業員に何かご用で?」


「…ゴホン。ご存知だと思いますが、御影くんはメフィストホテルのレストランで働いていた優秀なパティシエなんですよ…。私どもが育てたと言っても過言ではないんです」


「……で?」


 克哉は人を馬鹿にしたような冷ややかな顔でオーナーを見ている。


「で?じゃなくてね、君…。私は御影くんの生みの親であり育ての親なんですよ。勝手にパティシエを引き抜いたんだから、こちらが返せと言ったら返すのが筋なんじゃないんですか?ええ?」


「…面白い持論だな」


「なんだと?」


 オーナーは再び顔を真っ赤にさせて、克哉の襟元に掴みかかった。


「私に逆らう気か?ん?私を誰だと思っている?40年この業界に携わって来たんですよ?横の繋がりが深いこの業界で私を怒らせたらどうなるか分かってるのかね君?」


 克哉は襟元を掴まれた手を"バチン"と払いのけ、オーナーの目の前に顔を突き出した。


「愛人をねじ込んで追放されたお前の方こそ、自分の立場をわきまえたらどうだ?」


「…!!このっ!!」


 オーナーが克哉を殴ろうとした瞬間、恵は思わず"きゃあっ"と悲鳴をあげ、両手で顔を覆ってしまった。

 フロアは静まり返り、恵がそっと目を開けると、克哉がオーナーのパンチを掌で受け止めていた。


「…俺をあんまり怒らせるなよ?」


 克哉はそう言い放ち、逆にオーナーの襟元を掴んでそのまま持ち上げた。

 宙ぶらりんになったオーナーは、両足をバタバタさせながら窒息している。


「くっ…苦しい!いー!いいー!」


 克哉はそのままオーナーを床に振り払うように"ぶんっ"と投げ、オーナーはゴロゴロと床を転がった。


「…くっ!!この野郎!」


「…帰れ」


「………覚えてろ!」


 オーナーは逃げるようにレストランプレアデスを去って行った。

 恵はすぐに克哉の方へ駆け寄り、気まずい顔をしながら克哉のヨレたシャツを手ではたいていた。


「…オーナー、ごめんなさい…。私……」


「…お前が謝ることないだろう…」


「でも…」


「気にすんなって。…おっし!材料調達してくるからな、お前も店の準備しとけよ?」


 克哉はそう言って、恵から手渡されたメモに記されている材料を仕入れるため、卸売商社へと向かった。

 恵は克哉を見送り、一人厨房へと戻った。心の奥に溢れ出る克哉への感情を、必死に抑えながら…。

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