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星空の記憶  作者: 柳瀬亮
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第11話『決意』

 次の日、無事に仕事を終えた恵の携帯に、和沙からの着信があった。


「もしもし和沙?」


「あっ恵、仕事終わった?」


「たった今終わって帰るところよ」


「ねぇねぇ、久しぶりに飲みに行こうよ」


「…飲みに?」


「恵が働いてる所のオーナーがやってるバーあるじゃない?…オリオンだっけ?」


「いや~よ、なんで仕事終わってからオーナーのバーに行かなくちゃいけないのよ…」


 オーナーの下で働き、プライベートな時間もオーナーの店で過ごすのは、なんとなく鬱陶しい感じがした。


「だってあのオーナー格好良いじゃない…。顔も凛々しいし、背は高いし…。バーで会えるかもしれないわ…」


「あの男は和沙が思ってるような男じゃないわよ?無愛想で意地が悪くて何考えてるのか分かんない人だし…」


「あら?独占欲?」


「違うわよ!……分かった行くわよ。行きますよ、行けばいいんでしょ」


 和沙の猛プッシュもあり、バーオリオンで一緒に飲む約束をしてしまった恵。

なんとなく昨日の出来事があるせいか、克哉を避けたい気分だったが、自宅へと向いていた足を待ち合わせ場所の駅前に方向転換し、恵は歩き始めた。




 和沙と合流し、二人はバーオリオンへと向かった。


「いらっしゃいませ……あっ!」


 店内に入ると、バーテンが恵の顔を見て驚いたリアクションを見せた。恵が懲戒解雇された日に散々迷惑をかけたバーテンだ。


「…どうも。あの時は大変失礼を致しました…」


 恵はたまらなくなり、さっさと過去の過ちを謝罪した。


「い…、いえ…。お元気そうで……。あっ!今は、オーナーのレストランで働いてるんですよね?」


「…は、はい…」


 オリオンとプレアデスは同じオーナーの慶徳克哉が経営している。当然恵が新パティシエとしてプレアデスに迎えられた話も筒抜けである。


「俺、この間食べに行ったんです。…ケーキ、美味しかったですよ!」


「あっ、ありがとうございます!」


 実際に食べてくれた人の感想を直で聞いたのは初めてだった。厨房にいると、お客様と触れ合える時間はない。作ったデザートが皿に残った状態で戻ってくれば"おいしくなかったのかな?"と気にするし、進次郎に大好評だったと誉められても、グルメ雑誌で話題になっても、どこか半信半疑だった自分がいたが、本当に美味しいと言ってくれている人達がいっぱいいるのだと、恵は素直に感動していた。


「良かったじゃない、イイ男に誉められて…」


「ええ、そうね…」


 和沙は男の顔で物事を判断する癖がある。


 二人は"星空のカクテル"を注文し、他愛もない雑談をカウンター席でしていた。


「そうなんだぁ~、新しいデザートを考えてるのね…」


「でもなかなかアイディアが浮かばなくて……お店の雰囲気に合ったお菓子って難しいわ…」


「う~ん……オーナーをイメージして作るのが一番良いかもよ…」


 和沙の度肝を抜いた提案に、恵は露骨に嫌な顔をした。


「オーナーをイメージ?やだ気持ち悪い…」


「だって、このバーもあのレストランも、オーナーが築いたものでしょ?店の雰囲気と合わせるなら、オーナーから連想するのが一番手っ取り早いわよ…」


 チリンチリン。


 そんな会話をしていると、入店ベルが鳴り、和沙が目を輝かせた。


「……!ねぇ恵…、あの人ってレストランの……?」


「えっ?…あっ!支配人!」


 進次郎はこちらに気づき、コツコツとカウンター席の方へ歩いてきた。


「…御影くん!偶然だね…」


「こんばんは!」


 恵が挨拶をする前に、和沙が満面の笑みで進次郎にアプローチを始めた。


「ん?…ああ~、君は確か…。バッグを忘れた…」


「恵の友達でぇえ~す」


 恵は呆れ顔で和沙の方を見ながら、進次郎に挨拶をした。


「お疲れ様です支配人。…今日は飲みに来たんですか?」


「ああ。プレアデスが終わった後、よくオリオンに来るんだよ…」


「そうなんですか……」


 ブルル…。ブルル…。


 進次郎とお近づきになりたい気持ちとは裏腹に、携帯が突然鳴り始めた和沙。


「クソなんだよ!殺し…あっ、ちょっとごめんなさぁ~い」


 本性を若干曝け出してしまったのを抑えながら、和沙は携帯と共に店の外へと出て行った。


「支配人は何を飲みます?」


「…じゃあ君達と同じ星空のカクテルをもらおうかな」


 進次郎が注文をした瞬間、和沙が曇り顔で戻ってきた。


「恵、ごめん!真弓がお客とトラブったみたいで…」


「えっ?大丈夫なの?」


「分かんない。私が行かないと…」


「そう……」


「ごめんね、先に帰るわ!…支配人さん、残念だわぁん。また今度ゆっくり飲みましょうぅ~ん」


「…ああ、はい。お気をつけて…」


 和沙は駆け足でオリオンを後にし、恵と進次郎の二人が残された。


「…ごめんなさい、なんかドタバタしちゃって…」


「面白い友達だね」


「面白いと言うか……なんと言うか……」


「…そう言えば昨日、克哉に呼ばれてたけど?」


「ああ、あれですか…。新デザートの材料調達でした…」


「…新デザート?」


「新しいお菓子を作るように言われたんです…」


「…克哉に?」


「はい…」


「……よっぽど君の事を買ってるだな」


「…え?」


 進次郎の意外な言葉に、恵は一瞬謎めいた顔をしてしまった。


「克哉は、人に任せるって事をなかなかしないヤツだから…。新しいデザートを任せるなんて、君に期待してるんだよ…」


「そ…、そうなんでしょうか?そんな感じしないですけど…」


 いつも人を"お前"と呼び、挨拶もロクにしない克哉が、自分に期待をしているなんて有り得ないと恵は思っていた。

実際、昨日少しだけ親しくなれたかと思っていたのに、今日の出勤時もいつもとまったく変わらない、無愛想な挨拶だったからだ。


「克哉は不器用だからな…」


「…支配人は、オーナーの事を克哉って呼びますけど…、付き合いは長いんですか?」


「ああ…、もう15年だな…」


「15年!?」


「…ああ。俺が18の時にバイトしてたバーに、克哉が面接に来て、働くことになったんだよ」


「あれ?支配人はオーナーより2つ年上じゃありませんでしたっけ?」


「そう。だから当時克哉は高校生でな…。歳をごまかして面接受けたんだよ」


「えっ…!高校生でもう夜の世界に飛び込んでたんですか…」


「アイツ、中学の時に両親が交通事故で亡くなってるから…。引き取られた親戚の家が気に食わなくて、家出してたんだよ。だから金が必要だったみたいで…」


「……そんな過去があったんですか」


 恵は平然を装ったが、心の中では戸惑っていた。克哉にそんな辛い過去があったなんて、想像もしていなかったからだ。

 無愛想だと文句を言ったり、無神経だと思っていた自分を恥じていた。

 彼には彼なりの、苦しみや辛さがあったのだろう…。人に対しての愛想があまり良くないのも、その頃に生み出された影なのかもしれない…。


「俺も家が裕福じゃなかったから、なんとなく克哉とは相性が合ってさ。…でも一緒に働き始めて数年経ったある時…」




 ――早番の進次郎が、バーを開店させたと同時に、派手な格好をした一人の女性が入店してきた。


「いらっしゃいませ…」


「…マスター、いるノ?」


「あっ、…はい」


 女性はカタコトの日本語で、進次郎を鋭い眼光で睨みつけている。


「じゃア、通してもらえル?」


「…どのようなご用件でしょうか?」


「おまえペェペェのペソのクセにうるさいよ?ワタシはマスターと仲良しネ?ペソのおまえに関係ないネ」


 進次郎が店の規律に則った瞬間、女性は暴れだした。


「おお~!ピノ!」


「マスター!」


 困っていると、店の奥からバーのマスターが顔を出した。


「…どうしたんだ?ピノ」


「マスターに会いたかったんだけド、このペソがなかなか入れてくれなくテ…ワタシを不審者扱いしたんだヨ」


「永瀬!大事なお客様になんて事してんだ?」


「そうだヨ、ワタシマスターと仲良しって言ったネ。ワタシがフィリピンだからって差別するネ!」


「…すみません」


 進次郎が謝ると、二人は手を繋ぎながら店の奥へと向かって行った。


「じゃあピノ、奥に行こう…」


「マスター、話あるのネ。兄さんが病気デ…ピノ困ってるのネ…」


 二人が店の奥へと消えて行く時、不吉な会話が少しだけ聞こえた進次郎は、なんとなく嫌な予感がしていた。


 数週間後、進次郎と克哉は一緒にバーへと向かっていた。週末のシフトは二人が早番で、出勤前にダーツをして勝った方が店の後片付けをするという可愛い賭けをしていたからだ。

 二人がバーへ着くと、入り口には臨時休業の看板が立てられていた。


「…なんだこれは、誰かの嫌がらせか?」


 中へ入ると、ボックス席のテーブルやソファはもちろん、グラスや電子レンジまですべて持ち出されていた。


「…フィリピン女だ」


「…あ?」


 進次郎は、バーがもぬけの殻となってしまった原因を推測していた。


「マスターが入れ込んでたフィリピン女と、ドロンしたのさ」


「なんだと?」


「金目のモノを洗いざらい持って行って、店の権利まで売り飛ばしたんだな…」


「マジかよ…」


 数日後、正式に店が営業停止となり、進次郎と克哉は毎週賭けをしていたダーツバーで酒を交わしていた。


「俺達はもう無職だな…。克哉…お前、これからどうするんだよ?」


「………俺、あの店の権利を買って、経営者になろうと思う」


「何?」


「…俺には、学歴もコネも何もない。店で稼いだ金つぎ込んで、一発立ち上げてみるよ」


「克哉……。よしっ、俺も手伝うぜ!」


「進次郎……」


「一緒に底から這い上がろうぜ?」


「……ああ、そうだな…」




 ――恵は、二人の深い絆に感銘を覚えていた。


「じゃあ、このバーが?」


「そうさ、俺と克哉が始めて出会った場所さ。そして権利を買って、オリオンて名前をつけたんだよ」


「…そうだったんですか」


「オリオンが繁盛するまで、二人で必死になって働いたさ…。軌道に乗ってから、克哉と俺はレストランの経営に動き出したんだ…。そして、克哉はプレアデスのオーナーになって、俺が支配人になったんだ…」


「この場所が、二人の原点なんですね…」


「ああ…」


 恵は進次郎の話を聞いて、克哉に対するイメージがガラリと変わった気がした。

 結局、自分に対する態度だけで判断して、克哉の内面的な部分を見ようともせず、ただ感じの悪い人だと決め付けていた。


 克哉と進次郎も、オーナーに酷い目に遭わされて、苦労したのだと知った。

 二人は試練をバネにして這い上がる精神を持っているのに、自分は酒を煽り現実逃避をした人間。

 たまたま運良くプレアデスに入れただけで、精神的な部分は二人に遠く及ばないと悟った。


「…15年も一緒にやって来たんだ…」


「ああ……。克哉は、不器用だけどいい奴なんだよ…」


「……そっか」


 進次郎は立ち上がり、恵と和沙が注文した分を含んだ会計を済ました。


「新しいデザート、俺も楽しみにしてるよ…」


 そう恵に伝えて、進次郎はオリオンを後にした。


 恵は一人、バーのカウンターで考えていた。

 自分に今できることは、救ってくれた二人に恩返しをすることだと。

 二人が何もない所から築き上げた職場で働かせてもらっている有難さを、新デザート考案にぶつけようと決意していた。

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