覚醒―邂逅―
「氷魚!?おいっ、しっかりしろ!氷魚っ」
何度も呼びかけるが、返事は、ない。
瞼は固く閉じられ、光のもとでも、彼女の頬は、青ざめて見えた。
瑪瑙は、氷魚を抱えて、必死に村へと戻った。
草原、だった。
氷魚は、一面の草海原に、佇んでいた。
「どこなの?ここ」
自分以外、誰の気配も感じない。
氷魚は、周囲の景色を見わたす。
きれいな、景色だった。
しかし、どこか寂しげで、何かが物足りないような感じがした。
「あたし、一人なんだ」
ぽつり、と呟くその声も、風がかき消していった。
風が渡り、草がなびいていく。
ふと、呼ばれたような気がして、氷魚は振りむいた。
「だれ?」
「氷魚、目覚めよ…」
よく通る、力強い、女の声だった。
「だれ?女の、ひと?」
そこに立っていたのは、赤い髪を、一つに結った女性だった。
「私は、お前の母だ」
「え?」
「時間がない、手短に話す。氷魚…お前はまだ、完全に目覚めていない。だから今…目覚めてもらう」
「覚醒!?あたし、もう目覚めたはずじゃ…」
「いや、剣士としての目覚めだ、お前は、限りなく私に近い、そういう血が流れている。お前なら、できるよ」
スゥ、と緑色の草海原が、薄れて消え、代わりにそこに現れたのは、硝子のように透き通る氷が広がる、氷原だった。
「なに、ここ…」
「あそこをごらん、お前の中に、流れるべきものだ」
氷魚の、母だと名乗る女性は、少し離れた場所の、氷を指さした。
「これって、あたし!?」
そこには、氷の中で横たわる、もう一人の自分がいた。
「凍ってる…死んでるの!?」
「いや、眠っているだけだ。これで、氷を砕きなさい」
そう言って彼女は、一振りの刀を、氷魚に手渡した。
「でっ、できないっ!刀なんてっ、あたしに、そんなっ」
「いや、お前ならできる、やりなさいっ!」
「えっ、ちょっと…やっ、やだ、体が勝手に!」
声に導かれるように、氷魚の手は、刀の柄を握り直す。
「そう、それでいい…」
刀が、振りおろされる。
赤い光と共に、氷が砕け散った。