#83
ある寒い日の書店でのことです――。私は、踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れてしまいました。神永さんと一緒にその書店に行ったんですが、奥のほうにあるオタクな人向けのコーナー。そこには橘さんの姿が! ちなみに橘さんは青い髪のクールな子で、神永さんは髪の毛がすごく長い子です。
「あっ、橘さん! 何してるの?」
「バラと百合を探してるんだけど、欲しいと思えるのが全然見つからなくて……」
え? ここは本屋さんじゃないの? なのにどうしてここでバラやユリの花を探してるんだろう。橘さんったら、寒すぎて頭がその……ヘンになっちゃったのかな。
「なに言ってるのー。バラと百合が売ってるのは本屋さんじゃないよ。お花屋さん行かなきゃ」
花屋さんに行くべきだと指摘したんだけども、橘さんはこっちを薄ら笑いしながら見てこう言ってきました。
「違う違う、花屋さんには無いけど本屋さんにはあるものよ」
「え? どういうことなの。ますますわかんない……」
このときは頭の中が混乱していて気が付かなかったんですが、わたしの傍らで神永さんはすべてわかっているような様子で私たちを見ていました。――それは彼女に本屋さんにあるほうのバラと百合に関する知識を持っていたからです。けど私にはそんな知識はなかった。
「ねえ橘さん、それどんなものなの?」
「……こういうの♪」
にっこり笑いながら橘さんはそれを見せてくれました。バラの花に囲まれた中でお互いに抱き合い、愛し合う二人の美少年。なぜかハダカで、すごく――きわどい表紙でした。
「なぁに、これぇ……」
なんなの、なんなのよこれ。わからない。わからない。わからない、わからないわからないわからない! どうして男の人同士で愛し合ってるの? 友達じゃなくて、家族じゃなくて、そういう関係なの!? 全ッ然わけがわからない!
「……さあエリカ、あなたもこっちに……」
「ヤダ、ヤダ! 気持ち悪い!!」
ちょっと、いやかーなーり危なげな顔をして橘さんが男の子同士の恋愛を描いた漫画を持って私に迫ってくる。来ないで……、来ないで。そんなつもりはないのぉ!
「エリカちゃん、世の中知らないほうがいいこともあるの。わたしも橘さんがあっち系の趣味を持ってる人だなんて知らなかったし……」
「え、神永さん……あーいうのには詳しいの?」
「一応ねー。でも足を踏み入れちゃいけないところまでは行ってないよ」
「そ、そう……」
神永さんも橘さんと似たような趣味を持っていたみたいです。でもまだ常識的なほうに入るみたい。……ちなみに百合は、女の子同士の恋愛を題材にした作品のことだそうです。
そういえばこの前、橘さんに恋愛感情的ななにかを抱いていたような……? イヤ。そんなのもう忘れたい。こんな、えーと、変な人のことが気になるくらいならバラも百合も……私はイヤぁあああああああ!!
保険医の山科エリノです。
あら、エリカ? 肩で息してるけどいったい何があったの?
え、橘さんが? ……そう。まあ、そういう人もいるわよ。
でもそんなに落ち込まないで。お姉ちゃんはいつでもエリカの味方よ。
次回、『2年生になったら』
お楽しみに~