#73
佐伯さんこと佐伯神社は街から少し離れた山の方に建てられている。夏場の花火大会や七夕のときなんかはすごくきれいに見えるんだよな。来るのははじめてだけど、流石に神社までクリスマスの飾りつけはしないみたいだね。
「あんまり人がいませんわね」
「うん。まあ行くとしたら夏か秋ですからね、あと初詣」
「別にいいのでは? あまり人がいないのなら二人きりになれるじゃないですか」
「え……いや、それはそうですけど」
「リア充ごっこというのはそういうものなんでしょう? 遠慮なんてしないで、楽しみましょうよ」
三ノ宮さんにグイグイ引っ張られて俺は彼女と境内を歩くことになった。おみくじ? それは初詣になってから。射的に金魚すくい? それは夏祭りっしょ。じゃあこの季節に神社やお寺で出来ることってなんだ?
決まってんじゃん、イチャつくってことだよ。イチャつきゃいいじゃんよ、だってこれはリア充の気分を味わう企画なんだもん。そういうことだから三ノ宮さんも開き直ったのかも知れないな。三ノ宮さんもお嬢様とはいえ女の子だ。日々勉学に励むだけじゃつまんないしストレスも溜まってくるだろう。だから今のうちだけでも発散させなきゃ。
「えっと、この先に展望台があります。階段キツいですけど、行ってみますか?」
「行きましょう、私は見てみたいわ」
「俺もです!」
階段の手前には立て札が。展望台へ行くにはこのきっつい階段を登らなくてはならないのだ。運動会で思い切り突っ走った俺から言わせればこのくらいは大したことないけど、今日は三ノ宮さんと一緒だからなぁ、ゆっくり行こう。そう思い一歩ずつ丁寧に足を踏み出したが――。なんということだろう、三ノ宮さんが俺より早く先へどんどん上がっていく!
「ちょ、三ノ宮さん!?」
「どうしたの、刃野さん? 早くしないと置いていきますよ!」
「い、いや、ちょっと待って! 手繋いだままどんどん先行かないでぇ!!」
「だからって立ち止まったら他の人に迷惑よ? ほら、早くしてくださいな」
「ひぎぃ!」
な、なんで? なんでこんなに楽しそうなの? 吹っ切れたのか、それともスイッチ入っちゃったのか? と、とにかく置いていかないでー。
「この先で私が転んだら受け止めてくださりますか?」
「え? は、はい、喜んで!」
「その意気よ。あなたが立てた企画なのに、あなたが楽しまなくてどうするんですか? さあ、急いで!」
「ひっ引っ張んないで〜〜〜〜!!」
三ノ宮さんはノリノリで俺の手を引っ張って上へ上へ登っていく。凄腕の漁師が網にかかった魚を思い切り引き揚げるようなそんな感じで、それはもうグイグイと。さっきも行ったような気がするがホントに漁師みたいに俺を、ウワアアアアアアアァ!?
「着きましたわ、ここが展望台ね。確かに綺麗な眺め……」
「はあっ、はあっ」
こうして強引に引っ張られる形で、俺と三ノ宮さんは展望台に着いた。三ノ宮さんったら手を離して柵まで行ってしまった。ゼェゼェ言ってる俺をほったらかしにして。――お、置いてかないで。
「さ、三ノ宮さーん!」
「刃野さん、見て! 街があんなに小さく!」
ヘトヘトになった体に鞭を打った俺は立ち上がって三ノ宮さんがいる方へ進む。彼女が言うようにそこから見下ろした街の景色は本当に小さくて、ミニチュアみたいだった。――素晴らしい。
「はは、ホントだ。こういうのっていつ見ても圧巻ですよね」
「ええ。大きいと思っていた街も高いところから見ればこんなに小さくて、かくいう私たちはそれよりもっと……」
「神様みたいな気分になれますよね!」
「それはちょっと大げさではありませんか? せめて鳥になった気分だとかそっちの方が」
「ですよね〜!」
展望台から広い地上を見下ろしながら盛り上がる俺と三ノ宮さん。互いに楽しく笑っていたが、急に三ノ宮さんの表情が真剣なものに変わっていく……。
「三ノ宮さん?」
「刃野さん、急にこんなことを聞いて恐縮ですが……今日、私と一緒に行動してどう思われましたか?」
「えっと、そうだなー。すっごく真面目で誠実な人だなって思いました」
「そうでしたか。私は刃野さんをどちらかというといい加減で不真面目な人だと思っていました」
「えーっ! そんなぁ」
「ですが、今日リア充ごっこをしてみて思いました。明るくて面白くて、裏表が無い優しい方だわ……って」
「い、いや、それほどでも」
やべぇ照れるなぁ……こんなことを女の子から言われたら照れるよなあ。かくいう俺も、三ノ宮さんも決して俺らが思っていたような近寄りがたい堅物なんかではないってことがわかったし。こんなに理知的で真面目な人なんだから、そりゃあみんなからも慕われるわな。今日ふれあってみて改めてそれを確信したよ。
「今日、どうでした? やっぱり私、真面目すぎましたか? よくあなたは頭が堅いって皆さんから言われるんです」
「え? い、いや、きっちりしてるのはいいことだと思うよ。それに俺も最初は堅い感じだなーって思いましたけど、全然そんなことなかったですよ」
「……柔らかかった?」
「そんなところ、かなぁ」
シリアスに、心配そうに眉をひそめて聞いてくる三ノ宮さんの表情が切ない。いや、微笑ましいというべきか――そうだよな。
「ま、まあでも、たまには今日やったみたいにどこかで発散するのも必要だから」
「そうですね、今日は思う存分楽しめました!」
温かく微笑んだ三ノ宮さんは、その体を寄せて俺をギュッと――抱きしめた?
「はうっ!?」
「落ち着いてください、あくまでリア充ごっこですから大丈夫です。そうですよね?」
「は、はい、そ……そうだね、うん」
――三ノ宮お嬢様は大胆不敵だ。ときにどう出るか予測不可能。ゆえにすっげえ胸がドキドキする。けれど、それがたまらないのだ。
「また明日会いましょう!」
「お元気で!」
それから佐伯さんをあとにし、いろいろあったが本日は終了。それぞれ家に帰ることになった。明日も思い切り遊んで、楽しい思い出たくさん作るぞー。そして一生の宝にするのだっ!!