#66
おばけ屋敷というのはどうも苦手だ。遊園地にあるおばけ屋敷に入ったことなんてほとんどないし、ホラー映画もあまり好きじゃない。
グロいのも作風にあってないものだったらちょっとな――って、今はそんな話してる場合じゃねえ。おばけ屋敷だよ――ここを抜け出さなきゃ。
「な、なんか聞こえる」
わずかな明かりだけを頼りにして、暗闇の中を歩いていく。バックから唸り声とかコウモリの金切り声とか聞こえてるんだけど、ここってホントにおばけ屋敷なの? 文化祭のレベルじゃなくね?
「ウオオオ〜〜」
「ひっ……」
――なんて考えてたら、出た。出ちゃった。
「ひぇぇぇあああああ出たあああああああ!!」
死体みたいな肌で目は血走っていて表情には理性や人間らしさが感じられない――つまりゾンビだ。メイクだってわかってても……これは怖いよおおおォ!!
「ひいいいいいいィ!!」
走れ走れ、逃げろ逃げろ! なんてメッセージブロックから大文字で指示されたわけじゃないけど、逃げなきゃ。
「ギョギョー!」
「は、半魚人デター!? ちゅうか何故半魚人が出る!? おばけ屋敷どころじゃないぞこれ、モンスターハウスじゃねーのこれ!?」
今度は半魚人が出現した。メイクか着ぐるみかわかんないけど、造形に気合い入れすぎだ! 鱗とかヌメヌメした感じが妙にリアリティがあってヤバい。
こいつはプロの犯行だ――それも、特撮番組で怪人やヒーローのデザインを手掛けている人が造型したような感じ。いったい誰が作ったのだ――? 学生が作ったものには見えないぞ、他のものにも言えるけど。
「ビビった、まじビビったー……」
俺はなんとか半魚人を振り切った。周りに提灯おばけとかいるけど、別にもう何も出ないよね? 出ないよね? なんか心配になってきたぞえ……。
「頼む、もう何も出ないでぇ」
肩をビクビクひきつらしておばけ屋敷の奥へと進んでいく。出口、まだー? まだなの? これ以上こんな薄気味悪い場所にいたくないよ、頭がどうにかなっちゃいそうだよ……。
なんて考えてたら、天井のほうから出てきやがった。それは宙吊りのガイコツで、しかも中途半端に服を着ていて――血がついている。
「ワァァァァ!!」
こんなのがいきなり目の前に出て平静を保っていられるか! 慌てるあまり俺は走った。もちろん全力で脇目も振らず――。
「はぁ、はぁ……心臓止まるかと思った」
ガイコツゾーンから抜け出したけど――よく考えたらこういうのって一難去ってまた一難だよね。絶対またなにか出てくるぞ。そ、想像したくもない。
「出口……出口はどこぉ!?」
さっさとこのおばけ屋敷を出たい。そのことしか頭になかった。こんなマジキチおばけ屋敷に長居してたら俺が俺じゃなくなってしまう。そんな気がしていたんだ。
「くそー、来るんじゃなかった……って、なんだ!?」
後悔している場合じゃなかった。いきなり鬼火か狐火か、青白い炎が辺りに漂い始めた。そして道の脇から――現れたのだ。
「ひっ……」
「う〜ら〜め〜し〜や〜」
「う、うっ……」
白い着物を着て頭に三角巾をつけた、お岩さんみたいな顔のおばけ。しかも髪が異様に長い、不気味すぎる!
「うわあああああああああああああァァァ!!」
「まーてーこーらー」
声がかわいいから余計に怖い。逃げるしかねえ、全力で。
「来んな、こっち来んなあああああああ!!」
また、メッセージブロックから「走れ走れ、逃げろ逃げろ!」とデカイ文字で逃走を促された気がした。言われなくとも逃げますってばァァァ!
「キェアアアアアア!!」
「わああああああああッ」
超ロングヘアーの女幽霊が奇声を上げて俺に迫るッ! 俺は全力で逃げおおせるッ! あっ、光だ。外の光が見えた。ご丁寧にも出口って書かれてる――けど、今はのんきに喜んでる場合じゃない。
「うわああああああ!!」
「おめでとう、無事脱出できたねー」
かくしておばけ屋敷と化した視聴覚室からの脱出に成功した。ミカちゃんがお祝いしてくれて地味に嬉しい。
「し、心臓……ずっとバクバクしてた。死ぬかと思ったよ……」
「へへっ、本格的だったでしょー?」
ミカちゃんは姉御肌でかなり気が強い子だ。そして太陽みたいに明るくて眩しいんだ。つまり、自分の心にATフィールドを張っているような子のATフィールドを無理矢理にでもこじ開けちゃうタイプ。こういう人はみんなから慕われやすいので、覚えておくがいい。
「あっ、そうだミカちゃん!」
――何か大事なことを忘れてた気がする。そうだ、神永さんに会いに来たんだった! でもどこにもいなかったなぁ。
「なんだい?」
「神永さんって今どこ?」
「あれ、もしかして気づかなかった? しゃーないなー……さよちゃーんッ!」
「はーい!」
ミカちゃんが神永さんを呼ぶために声をかける。元気のいい掛け声とともにやってきたのは神永さん――じゃない、さっきの女幽霊!?
「お、おばけー!」
「違うよー、私だってばー」
「か、神永さんなの!? メイク怖すぎっ!」
あのお岩さんみたいな幽霊は神永さんだった。メイクに気合い入りすぎてて怖ェよ――マジで怖ェ。
「ごめんねー、ちょっと待ってて」
「さよちゃんメイクに気合い入れてもらったからねー……」
神永さんはメイクを解くために少し席を外した。しばらく待ってたら戻ってきた――着物着たまんまで。髪はもちろん洗いざらしのまま。白魚みたいにきれいで艶のある肌。澄んだ赤色の瞳。しかも前髪で片目隠してるからなおさらかわいい!
「て……天女だ……天女は実在したんだ」
「え? そんなにきれいだった?」
――そして、俺は気を失った。