#63
おうちに帰ったあとのことだ。俺は自宅で早速、執事喫茶における接客の練習に取り組んでいた。渡された台本を読むだけでいいとか思ってない? そんなこと無いんだよ、大変なんだよこれが〜。
「失礼ながらお客様はアホでいらっしゃいますか?」
鏡に向かってお辞儀をして、顔を近付けながら俺はそう言う。毒舌全壊。いや全開だ。
「えーと……、『お客様』の他には『お嬢様』とか『旦那様』とか、『奥様』とか、それから『ぼっちゃま』ね。バリエーション多いなあ」
休憩がてら、洗面所からリビングに戻って台本に目を通す。呼び方だけでなく、接客する際の台詞にもいくつかバリエーションが用意されているんだ。たとえば『○○様の目は節穴でございますか?』とか、『○○様はやはりそういう方でいらっしゃいましたか』とか、『○○様がおっしゃる通りでございます』とか。だいぶ皮肉も入っているねぇ。――ふと、思ったんだけどこれって毒舌執事喫茶って改名した方がよくね……? こんなことを思ったところでもう遅いかもしれないけどさ。
「アニキー、さっき洗面所で何やってたの?」
「ああ、さっきの? あれね、今度文化祭やるんだけど、それの出し物の練習なんだ。執事喫茶ってやつね」
「へぇー」
茶髪のツインテールで瞳は緑色の愛すべき我が妹、ルミ。いつもツンツンしていてかわいいやつだ。そんなルミにおいらは文化祭の出し物に教えてあげた。
「マサキ、ルミ〜。何の話してるの〜?」
おっとりとした口調で話しかけてきたのは俺のママン。名前は刃野さきこさんだ。美人で優しくて、おっぱいがデカイ。まさしく理想のママンだな、うん! そうだよな!
「今度文化祭あるじゃん。それの話してたんだよ」
「文化祭か〜。高校行ってからは今年がはじめてだけど、調子はどう?」
「ぼちぼちかなー。でも、練習楽しいよ!」
「そう〜。準備段階から楽しそうね〜♪」
なんだろう、母さんの笑顔がすごくまぶしい。屈託の一切ないピュアな笑顔だ。何より見ていて癒される。この家庭に生まれてよかったと、何度思ったことか。それぐらい母さんは立派で、綺麗で、優しい。ガチで翼を失った女神様なのでは? と、思わされるぐらいだ。
「それで、マサキのクラスはどんな出し物をするの〜?」
「執事喫茶だってさー。アニキが執事やるんだよ、執事!」
「執事ね〜。ということは、他にメイドさんがいたりするのかしら〜」
執事がいるならメイドさんもいるはず。そうなんです、いるんです。――って言いたいところなんだけど、母さん――その推測は残念ながらハズレなの。執事もメイドさんもいるのはおぼっちゃまかお嬢様の家だけ!
「執事しかいないよー」
「あら、それは残念♪」
「メイドさんかー……」
あんまり残念そうじゃない母さんはまた、あの癒される笑顔を浮かべる。その傍ら、ルミは口に人差し指を添えて何か考え出す。
「いいよね、メイドさんってさ」
「え? ルミ、お前どっちかっていうと執事の方に興味あるんじゃないの?」
「だってさ、執事だとあんなことやこんなことしてくれないじゃん。でもメイドさんだったら女同士だからー、あんなことやこんなことまでしてもらえる!」
あんなことやこんなことって、ちょっ、やだこの子――いったい何を怪しいことを考えてるの!?
(俺の妹がイケないことを考えとるーッ!?)
「うんうん、女同士なら話も弾むわね〜♪」
(おかーちゃんまでェ!?)
イケないことを考えていたルミを見て俺が驚いて腰を抜かす一方、母さんはにっこりと穏やかに微笑んでいた。なごむわ――これはなごむで〜っ!