#61
――材料はそろった。ケーキミックスやらブレンドコーヒーの素やら、ジュースやらを入れた袋をぶら下げて、俺は意気揚々とスーパーから学校へと戻る。なぜだか楽しくなっちゃったから、ついついスキップしながら。理由は聞かないでおくれよ。
「ふっふふっふんふん、ふっふふふーん」
鼻歌混じりに俺は家庭科室に向かう。なんだよなんだよ、その目は。靴ならちゃんと上靴に履き替えたぞ。下靴のまま下駄箱から上がるよーなバカがどこにいるんでい。
「ふふんふんふんふん、ふんふふんふんふふんふんフゥーン♪」
「あら、マサキくん? なんだかとっても楽しそうね〜」
その途中で――栗色のロングヘアーをなびかせた白衣の女性にばったり!
「ふぉあっ!? え、え、エリノ先生ッ!」
こ、こ、興奮しちゃってるけどむむむ無理ないでしょ! だ、だってよ。こっこっこの人はよ――おおお、俺が尊敬してやまない人である、やややや山科エリノ先生なんだから! かっ彼女はこの学校が誇る美人校医であり、なんと我がクラスの学級委員である山科エリカの実の姉。実の姉なのだぁ――!
「うふふ。もしかして買い出しの帰り〜?」
「え? え、ええ、はい。そうなんです。イケメン執事喫茶っていうのをうちのクラスでやることになって」
落ち着け、落ち着くんだ俺! そう自分に心ン中で言い聞かせて憧れのエリノ先生に事情を説明する。落ち着いてるように見えるって。いーや、そうでもない。じ、実はまだ心の中は煮えたぎっているんだ。溢れんばかりの愛と情熱でねっ!
「ふ〜ん、そうなの。とっても楽しそうね〜!」
「でしょ、でしょ! ホントはメイド喫茶やりたかったんですけど、エリカたち女子の意見を尊重して執事喫茶をやることになったんです」
「あら〜」
相変わらず優しくてきれいだ。笑顔もステキ――。天使様どころじゃない。この人は女神様だ。翼を失いこの大地に舞い降りた女神様だ。誰がなんといおうとエリノ先生は女神様だァァァ!!
「仮にメイドさんの方でも、きっと面白くなっていたんでしょうね〜。ボツになっちゃったのが残念だわ〜」
「い、いやーそれほどでも……」
実のところ、俺はエリノ先生にこともあろうか嘘をついていた。だってその――あれだ。あんな下らないことで血みどろの戦い(なんて言ったら大げさだが……)を繰り広げたことを言えるはずがない。まあ、それにしてもエリノ先生は本当にかわいいし優しいし美人だし――ハイスペックにも程があるでぇ。
「あっ……いっけない! 家庭科室行かなきゃ!」
「それじゃー、エリカによろしく言っておいてくださいね〜。あの子最近寝不足みたいだから〜」
「わかりました〜っ、そう伝えておきますんでぇー!」
「お願いね〜♪」
エリノ先生にしばしの別れを告げて俺は今度こそ家庭科室へ向かう。ダメなんだよ、急がなきゃ。ゆっくりしてる時間がねぇ!
「うふふ。文化祭、今年も楽しくなりそうね〜」