二話
昼休みのチャイムが鳴る。着替えを済ませた私達は、机を寄せてお弁当を広げる。
すると、普段は別グループで昼食をとっている女子生徒が私達のところに机を寄せてきた。
「やほ~、イチャイチャランチタイムに乱入して悪いね」
私の心臓が飛び跳ねるようなことをあっけらかんと言ってのける彼女は、冬華と同じ演劇部の日向結衣だ。
「珍しいね、結衣。いつものメンツはどしたの」
冬華は結衣の爆弾発言を気にもとめず首を傾げる。
「や~、我が演劇部の主役を担う冬華ちゃんに役作りというものをご教授いただきたくてね。紬ちゃん、お邪魔しちゃっていいかな?」
去年の文化祭で演劇部の出し物を見たけど、確かに冬華の役への入り込みはとてつもないものだった。部活中のことはよくわからないけど、昼休みを使ってまで教えを乞いたいだなんて、熱心な彼女のお願いを私が断る理由はない。
「うん、大丈夫。私も冬華の役作りの話、聞きたい」
「えぇ~?別にたいしたものじゃないんだけどなぁ。ていうか、私朝ごはん食べ損ねてお腹すいてるから食べていい?」
冬華は広げたお弁当に今にも箸をつけたいようで、結衣が座るのを待っている。
「うんうん、食べながらでも聞かせて~!」
結衣はぱあっと無邪気な笑顔で席に着き、お弁当を広げる。
冬華の話は、演劇のことはよくわからない私としても興味深いものだった。台本を丸覚えすることは大前提、ほかの部員がミスしてもアドリブでカバーするため、部員ひとりひとりのミスをしがちなところなどの癖を覚えていくつかパターンを考えてあると彼女は言う。あくまでも冬華なりの解釈ではあるけど、演じる役の言動一つ一つの意味を考える、など......。
結衣は彼女の言葉を一言一句忘れないようお弁当と一緒に噛みしめて、冬華がひと通り話し終えると、ほう......と、感心のようなため息をついた。
「や~、正直演劇なめてたわ。そこまでやってんなら、一年から主役任されんのも納得だね。普通、部活の演劇でそこまでする? って思っちゃったもん。もはやプロ意識を感じたわ」
結衣はうんうんと頷きながら腕を組んでいる。
......結衣に悪気がないのは分かっているけれど、今の言葉には少し引っかかってしまった。いや、うん、でもこれは冬華に投げられた言葉であって、私にとやかく言う権利はない。冬華自身がどう思うかが重要だ。
「ん、まぁ好きだし、演劇。でも、これをみんなに強要するわけじゃないし、結衣は結衣なりにやればいいんじゃない?」
冬華は話しながらお弁当の大半を食べ終え、ついに最後の一口を放り込み、ご馳走様でしたと手を合わせる。
「あたしはまだ台本のセリフ覚えるので精一杯だよ~。推しが卒業して女優に転向したから、あたしもやってみよって軽い気持ちで入ったんだけど、なかなか奥が深いんだねぇ」
結衣の言う推しとは、大手アイドルグループの一員だった女の子だ。彼女はその子を真似て、いつもセミロングのさらさらな髪を下ろしている。私自身が結衣と特段仲が良いわけではないけど、彼女のスマホケースにその子の写真が挟んであるから、なんとなく分かる。
「結衣ちゃんの推しは、演技上手なの?」
私はアイドルやドラマに明るくないため、興味本位で問いかけてみる。
「上手いから女優に転向してもやってけるんだよ~! あたしも早くああなりたいなぁ」
スマホの待ち受けにもしているらしい推しを、画面越しに眺めてうっとりする結衣を見た冬華は、笑いながら「じゃあ、結衣もその子と同じくらい頑張らなきゃね」と告げた。
結衣は「ありがと!」と満足そうに張り切ったような仕草をして、いつも一緒のグループのもとへ戻って行った。
そうして昼休みは、慌ただしく終わりのチャイムを迎えた。
五限、六限は、正直授業どころではなかった。
結衣のあの発言が、どうにも胸につっかえる。あんなにも役に入り込んで、真摯に演劇と向き合っている冬華に、普通そこまでする? なんて、あまりにも失礼すぎやしないか。
分かっている、私がもやもやするのは筋違いだってことは。けれど、どうしても普通という言葉に嫌悪感を持つ私だからこそ、自分に向けられたものでなくても気になってしまうのかもしれない。
普通って何。高校の部活でだって、本気でやってもいいじゃないか。そこまでしていいのはプロだけだなんて決まりはないというのに。ああ、もう、あのバンドの音楽が聴きたい。
頭の中はぐるぐるしているけれど、板書はきちんと取らないと後の自分が困るので、ノートにシャーペンを走らせる手は止めない。もやもやしながら板書をとるのに必死で、先生の言葉にまでは注意が向かない。
常に忙しい脳が、いつも嫌になる。




