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第8話 戻ってみたら妹が草を食べていた

ようやく王都の屋敷へ戻ってきたエカードは、荒れ果てた屋敷を見て回ろうと、馬車から降りてすぐに中庭へ向かった。


埃だらけだという屋敷内より、雑草が茂った庭のほうが変化の大きさがあっておもしろいだろうと思ったからなのだが、予想以上の草むらに笑ってしまった。


「一ヶ月ほど放置したらこんなことになるんだな」


草の合間に飛び出して見えるガゼボにも蔓草がびっしり這っている。


知っている場所なのに、どこかの遺跡のようだ。


領地から戻ってきた隊員たちがあっという間に雑草をむしって、以前のような手入れが行き届いた中庭に戻るのだろうが、それにしても不思議な光景である。


草をかき分けるようにして散策をしていたエカードは、ふと奇妙なものを見たような気がして動きを止めた。


一ヶ月前に死にかけていたアニカが、ネグリジェ姿で美味しそうに草を食べている。


しかも、なにもない空間にぶつぶつ話しかけている。


(おかしなものが見える……)


エカードはごくりと息を呑んだ。


このまま見なかったことにして、馬車のところへ戻ってしまいたい。


(いや、うん、現実から目をそらしてる場合じゃないな。……とりあえず、放置するわけにはいかないし)


意を決し、アニカのもとへ静かに足を運ぶ。


「……草、美味しい?」


久しぶりとか、元気になってよかったとか、話しかける言葉はいろいろあったはずなのに、思った以上に動揺していたせいか、エカードの口から真っ先に出てきたのはそんな言葉だった。


アニカは、ぎょっとした顔でエカードを見る。


「っ!? だ、誰!?」


記憶喪失というのは本当らしい。


以前のアニカと何度か話したことはあるが、こんなふうにわかりやすい表情はしなかったし、大きな声をあげることもなかった。


まるで別人のようである。


アニカの手に握られているのは、山間の村などで野菜として食べられている植物だ。


「それ、ウタドリだよね。調理されたものだけど、俺も食べたことあるよ」


「そ、……そう、なんですか?」


「ただ、生の状態で食べ過ぎると、体内に結晶ができて臓器に詰まる可能性があるから、加熱せずに食べるなら少しだけにしておいたほうがいい」


「えっ!? どうしよう、毎日食べてた!」


「ま、毎日……? お腹空いてた? 食事はどうなってる?」


この辺りでは雑草に分類される植物だ。


食べられるというだけで、調理していない状態で毎日食べたいと思えるものではなかったはずだ。


「ええと……。それは、その……、話せば長くなるような短いようなことがあって……」


どう説明していいのか迷うように、アニカはせわしなく目線を動かしている。


(言いづらい理由があるのか……?)


使用人たちが出払っていたとはいえ、バルナバスやレンナルトがいるこの屋敷で、少し前まで死にかけていた子に食事が与えられないという状態は考えられないことだが。


そもそも、アニカの髪型も変だ。


寝ているときは長かった前髪が、慣れない者が適当に切ったのか、斜めにぱつんと切られている。


確か専属のメイドをふたり雇ったはずだが、なにをやっているのだろう。


「いいよ。時間がかかってもいいから、話せることは全部話してごらん。俺が必ず君の力になるから」


この屋敷でいったいなにが起きていたのか聞くのが怖いが、聞かないとはじまらない。


「……もしかして、あなたが今日来る新しい主治医の先生?」


「え?」


「違うの?」


「いや、今日、誰が来るって?」


「しゅじ、…………ひっ!?」


エカードの問いに答える途中で、アニカが全然別の方向を見て引きつった声をあげた。


なにごとかとアニカが見ている方向に視線を移してエカードは目を見開く。


そこには、恐ろしい形相をしたレンナルトが、雄叫びをあげながら剣を振りかざし、一直線にこちらへ向かってきている姿があった。


「な、なんで!?」


一ヶ月前に話したときは、あんなに穏やかだったのに。


いったいどうして。と思うが、今はとにかく逃げなくてはならない。


このままだとアニカまで巻き込まれる可能性があるので、エカードは慌てて少しでもその場から離そうとアニカを突き飛ばした。


そして、即座に場所を移動する。


「だりゃああああああああっ!」


「早っ!」


移動した先にすでにレンナルトが回り込んでいて、斬りかかってきた。


使っているのは木で出来た模擬刀だが、この勢いのまま打ち込まれると骨の一本か二本ぐらいいってしまうかもしれない。


ぎりぎりのところで躱せたものの、レンナルトの模擬刀が草の根ごと地面をえぐっているのを見てゾッとする。


「急になにするんだ! 危ないだろっ」


「うるせぇ! 長々留守にしてたくせに、帰ってきたとたんアニカと楽しくおしゃべりとか、ありえねぇだろっ!」


「はっ!? なんだその理由!」


「しかも! そんな妹を急に突き飛ばすとか、どういう神経してんだ! この野郎!」


突き飛ばしたアニカは腰が抜けてしまったのか、へたりこんだまま近くの木にしがみついて、こちらの様子を不安そうな顔で見ている。


「いやいや、突然斬りかかってきたヤツがなに言ってんだ!?」


「けっ! てめぇの言いつけ通り、こっちは遠くから見守ってたってのに! なんでてめぇはあっさり近づいてやがるんだ! こんのっ、クソったれがぁぁぁぁっ!」


「いや、え!? ――ひぇっ!」


レンナルトが剣を振るうと、ぶん、と空を切る音がして切れた草が舞う。模擬刀のはずなのに切れ味がよすぎる。


これは、一回でも当たったら終わる。


「ちょこまか逃げんな!」


「逃げないと危ないだろ! レン、ちょっと落ち着いて一回ゆっくり話をしよう。たぶん、なにか大きな勘違いがあると思うんだ!」


「勘違いなんかしてねぇよ! ついでに、この場で次期当主の座を賭けて勝負しろっ」


「そんな勝負受ける気ないってば!」


「じゃあ、不戦勝で俺に権利を譲れ! 俺のほうが強いんだから、その権利は俺のもんだろーが!」


「それに関しては、強いとか弱いとかの問題じゃ――」


「うるせっ!」


ぶぅん、と不穏な音と共に頬に痛みが走る。


「痛っ」


触れると、指にべっとり血がついた。


「……ふ、風圧だけで斬った? お、……お前、今、魔術使ったのか?」


「俺は魔力値ゼロの男だ。魔術なんか使えねぇし、これぐらい魔術がなくても、根性があればできるっ!」


「普通は、根性あってもできないんだっ!」


レンナルトの攻撃力は予想を遙かに超えている。

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