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第7話 アニカの新しい主治医候補

領地の災害は広大な範囲に渡っていたものの、その前兆に気づいて避難指示を早くに出していたこともあり、人的被害は最小限に抑えられていた。


ただし、多くの家屋が倒壊し、家財を全て失った者は少なくない。


エカードは、家をなくした領民の仮設住宅の建設を最優先に指示し、瓦礫の撤去や新たな居住区の整備の取りまとめ、さらには国への補助金要請にまで走り回ることとなる。


王都から飛び出していった者たちはマデリンデから精神的制裁を受けたらしい。


なにをしたのか聞いたら『脳筋には精神攻撃が効くのよ』と微笑みながら言っていたので、深追いはしないでおいた。


すっかり大人しくなった王都の脳筋たちは、現地の脳筋たちと力を合わせ、復興作業に汗を流している。


ちいさな問題や混乱はあれど、それらもどうにか乗り切り、気づけば領地に来て一ヶ月近くが過ぎていた。


「完全に復興するにはまだ時間がかかりそうだが、あとは領民たちでなんとかする。王都の屋敷も心配だろうし、お前たちはそろそろ王都に戻ったらどうだ」


領主代行の祖父がそう言ってくれたので、マデリンデとエカードは王都から来た者たちを引き連れて屋敷へ戻ることになった。


ただ、作業内容によっては、突然帰ってしまうと現地の者が困るので、そのあたりをどうするかの調整作業が必要となる。


出立の日取りは確定しないものの、ひとまず帰宅することは先に伝えておいたほうがいいだろうと王都の屋敷へ手紙を送ったら、エルゲンから特急便で返事が届いた。


「うわぁ……。すごいね、これ」


まるで報告書かと見まがうばかりの分厚い封筒に、文字でびっしり埋め尽くされた手紙が二十枚。最初の数枚は、帰宅に対しての歓喜が伝わってくる内容だった。


「……エルゲン、苦労したんだろうな」


残りは業務に関することが多いが、屋敷や家族のこともしっかり書かれている。


書類仕事に追われたバルナバスが日々やつれていく説明がやたら詳細なのは、エルゲンが付きっきりで業務補佐をしながら様子を見ていたからだろう。


使用人のいない屋敷は荒れに荒れているようだ。


最低限の廊下と部屋しか清掃ができないため天井には蜘蛛の巣が張り、床にはうっすらと埃が積もって白くなっているらしい。


修練場や庭は雑草だらけになっていることが記されていた。


「帰宅したら、すぐに大掃除しないといけないわね……」


その様子を想像したのか、マデリンデが眉をひそめる。どうやら、屋敷に戻ってもしばらくゆっくり過ごす余裕はなさそうだ。


「レンのことは『以上なし』って一言だけか」


レンナルトにはレンナルト専属の使用人がいる。そちらに完全に任せて、エルゲン自身は様子を見ることもなかったのだろう。


アニカとの距離感がどうなったのか気になっていたのだが、それは帰ってから直接レンナルトに聞けばいいのでよしとした。


こんなふうに気楽に弟と会話しようと思えるようになったことが、ここ数年で一番大きな変化だなと、エカードは口もとを緩ませた。


「あとは全部アニカのことについてのようね」


マデリンデとエカードが一番知りたかったことでもある。


ふたりはエルゲンからの手紙という名の報告書をじっくりと読みはじめた。


「…………」

「…………」


一枚目を読んだあと、しばらくの沈黙。


「……まず、元気になったのはよかったわ。身体への後遺症もないみたいだし」


「うん。そこはよかったと俺も思うよ」


お互いにそう言葉にしたあと、同時にため息をついた。


「記憶喪失……か」


「講堂でのことも、それ以前のことも、なにひとつ覚えていないようね」


「うちに来る前のことも覚えてないのなら、ある意味よかったのかもしれないけど……」


アニカが心を閉ざしていた原因は、一生引きずるものだっただろうから。


「そうね。そこはよかったと私も思うわ。――でも、実の家族との楽しい思い出もあったでしょうから、それを全部忘れてしまったのは、少し寂しいことね……」


マデリンデが悲しげに微笑む。


「母さん……」


その言葉に秘められた思いを感じて、エカードは痛々しい気持ちでマデリンデを見つめる。それに気づいたのか、マデリンデはすぐにいつもの表情に戻った。


「ごめんなさい。心配させちゃったかしら」


「いや、母さんの立場なら、そう思うのは当然だと思うから」


「……ありがとう、エカード」


「ん、ほら、アニカの問題は記憶喪失のことだけじゃないよ?」


親子のあいだに流れるやさしい空気に照れくささを感じ、エカードはさっさと報告書の話題に戻ることにした。


「あの医者、辞めたんだね」


エカードの記憶だと、アニカを診察していた医者は栄養剤の点滴を打っていただけだ。


息を吹き返したときも首を傾げるだけで、欠乏症の薬も副作用を恐れて結局は投与されなかった。


(あの医者は貴族だったから、長くは続かないと思ってたけど)


貴族間に広がっている、アニカのあの噂――『呪われ令嬢』と呼ばれていることを知らないはずがないのだ。主治医を続けることで被る不利益を考えたに違いない。


噂を鵜呑みにするなんて、馬鹿馬鹿しい。


「新しい主治医は……、え……?」


先に報告書を読んでいたマデリンデが動揺をあらわにした。


「誰? 驚くような人なの?」


「そ、そうね。まだ本決定ではないみたいだけど……、バイスハイト特例伯爵が名乗りをあげているみたいよ」


「はっ!? 魔術師殿が? なにゆえ?」


「そこまでは書かれていないわ。たぶん、バルナバスも知らされていないんじゃないかしら」


バイスハイトがやると言えば、理由など必要なく許可される。唯一それを却下できるのは王だけだ。


講堂での調査に首を突っ込もうとするだけでなく、こんな形でアニカに絡んでくるとは思わなかった。


「本決定するのかな……」


「ご本人様が、直接アニカを診察してから決めるとおっしゃっているそうね。近いうちに屋敷へいらっしゃるそうよ」


「荒れ放題になってるうちの屋敷に?」


「……急いで戻らないといけないわね。調整がつかない者は置いて、帰れる者だけ先に戻りましょうか」


「はぁ……、戻りも強行軍かぁ……」


そんな理由もあって、行きほどの緊迫感はないものの、帰りものんびりできない旅程となったのであった。

※次回、4話冒頭にあった草を食べる妹のシーンに続きます

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