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第6話 領地からの急報

現地も混乱しているのか、知らせには被害の詳細まで書かれていなかったが、人的被害もでているようだ。


クラフト家の使用人や私兵部隊の隊員たちは、領地に家族や親戚を持つ者が多い。そのため屋敷内は騒然とした。


エカードの知る領地は、領民たちの笑顔が絶えない自然あふれるのどかな場所だ。


あの場所や人々がどのような状況にあるのか考えると、今すぐ助けに飛び出したい気持ちになる。


けれど、こういう時こそ冷静になるべきだと己を律した。


救援物資の要請が来る前にできる限りのことをしようと、緊急対策会議がおこなわれることとなった。


エカードは当然それに参加するが、当主であるバルナバスは王城への連絡や騎士団での業務があるため、全権をマデリンデに委ねて会議を欠席した。


合間に軽食は取ったものの、想定できる事態をすべて洗い出した段階まで話を詰めたときには、ずいぶん時間が過ぎていた。


「さすがに疲れたね」


「続報が来たらもっと忙しくなるでしょうから、今のうちにしっかり休んでおきましょう」


そう言いながらマデリンデと会議室を出てすぐ、エカードは違和感を感じた。


「ねぇ、母さん。やけに静かじゃない?」


「……どうしてかしら、嫌な予感しかしないわ」


マデリンデも同じ違和感を感じているようだ。


本来ならクラフト家の屋敷内は、むさ苦しい連中が時間を問わずそこかしらにいる。


私兵部隊の隊員は、大半が英雄一族に仕えたいと志願した者たちであり、クラフト家の役に立つことこそ我が人生だと言って、訓練や出動時以外は敷地の屋内外で使用人として働いているのだ。


隊員ではない純粋な使用人は実はとても少ない。


だからここまで屋敷内が静かなことなんて、通常ではあり得ないのである。


その原因はほどなくして判明した。


会議をしている裏で、ほぼすべての隊員と一部の使用人が、領地に向かって出てしまっていた。

それも当主の許可を得て。


「どうして、許可したんです」


「あれだけ言われたら、引き留めておくわけにはいかんだろう」


マデリンデから会議室に呼び出されたバルナバスは、特に焦る様子もなくそう答えた。


相対するマデリンデは真顔だ。


その様子を、エカードはなんともいえない気持ちで静観する。


事の顛末はこうだ。


領地の緊急事態で錯乱した一部の隊員がバルバナスのもとへ集まり、

『クラフト領の危機は自分たちの危機っす!』

『すぐに行かせてくださいっす!』

『うっすの力を領地のために使ってくださいっす!』

と涙を流しながら懇願してきたらしい。


それを聞いたバルナバスは大いに感動し、

『誰より先に災害の地へ駆けつけた者こそ真の忠信であり武人である』

と言ってしまったようだ。


その結果、他の隊員たちも我先にと飛び出してしまい、ついでに領地に親族のいる使用人らも続いた。


「――せめて、ひとことでも私たちに聞いてくだされば」


「真剣な話し合いの邪魔をしたくなかったんだ」


「あなたは、私が、なにの、話し合いを、真剣にしていたとお思いになって?」


苛立ちを隠しきれない様子でマデリンデが問う。


「災害への対策だろう?」


「……そうよ」


あっさり正解したバルナバスに、マデリンデはがっくりと肩を落とした。


バルナバスは『災害対策』がどういったものなのか、あまり理解していないようだ。


(まあ、父さんらしいっちゃらしいけど……)


対策会議の前にこうなる事態を想定して、家令のエルゲンかメイド長のダナあたりをバルナバスに付けておけばよかったのだろうが、この状況下でそこまで頭が回らなかった。


マデリンデが、深くため息をついて頭を抱える。


「段取りが! めちゃくちゃ!」


「そう心配するな、マデリンデ。だいたいのことは意外となんとかなるもんだ。案ずるより動け! それがクラフト家だからな」


「だからって、行けばいいってもんじゃありません!」


バルナバスは善人だし、人情も厚く、人望のある人間だ。


ただ、剣技と野性的な勘に全ての能力を振り分けてしまったんだろうなと思えるほど、それ以外のことは常人より短絡的でうかつなのだ。


そういう短所はマデリンデが補っているから、夫婦って上手くできてると感心することもしばしば。


今回のような件も、些細なことならよくあることで済ませるところだが。


(さて、どうやって収拾をつけたもんか)


頭の中で今後のことをあれこれ想定していると、マデリンデの視線がエカードに向けられた。


「エカード、準備しておきなさい。続報が届き次第、私たちも領地に行くわよ」


「え、母さんも行くの?」

「え、マデリンデも行くの?」


エカードとバルナバスの声が重なる。


「行くに決まってるじゃない」


やれやれと言った様子でマデリンデは言う。


「俺だけでも大丈夫じゃないかな? こっちの業務とかどうすんの」


「あなただけで、あの脳筋たちをまとめられると思う? 被災地には被災地の脳筋たちがいるのに?」


「……ぐ。それは。確かに、そうだけど……」


エカードの脳裏に、領地で働く元騎士団員やら元私兵隊員やらが、疲れたときは筋肉を育てろとか、具合の悪いときは肉を食えば治るとか、謎な理論を唱えながら、うっすうっすと元気に走り回っていた様子が浮かんできた。


(みんな、無事でいるかな……)


大きな怪我などの被害が出ていなければいいなと思う一方で、無事なら無事で彼らが威勢よく『救助活動だ!』と言いながら、二次災害に繋がる行動を取っていそうで恐ろしくもある。


「緊急事態なので、王都での業務はこうなった原因に責任を取ってもらうわ。――ねぇ、バルナバス? だいたいのことは、なんとかなるものなんでしょう?」


にこりと口もとだけの微笑みを浮かべ、マデリンデはバルナバスを見た。


「お、おお……」


「母さん。アニカは? 母さんが行くなら、ダナも連れて行くんだろ? アニカに専属の使用人はいないみたいだし……」


あと屋敷にどれくらいの人員が残っているかわからないが、必要な物資量によっては運び手として連れて行かなければならない。


「そうね……。それが一番の問題だわ。本当は、私がアニカのそばにいてあげたかったけど……、領地の危機とは天秤に掛けられないものね」


悲しそうに言ったあと、マデリンデは再び口もとだけの微笑みを浮かべてバルナバスを見る。


「というわけで、あなたにアニカのことを頼みます。アニカの専用メイドをすぐにふたりほど雇いましょう。今から、ギルドへ緊急依頼を出しておきます。面接はあなたがなさってください」


「お! だったら、書類仕事ができる人材も頼もう」


「却下です。考えなしに行動した責任をお取りください」


「はい……」


最年少就任記録を持つ現騎士団団長も、怒れる妻の前では形無しである。


「こちらを発つ前に、エルゲンには業務の引き継ぎについて話しておきます。――エルゲン、あなたには負担をかけるけれど、屋敷のことをよろしく頼むわね」


声をかけられたエルゲンは、わずかに目を見開いた。


「……はい。できる限りのことはさせていただきます」


ここで、お任せくださいと簡単に言わないあたり、自分にのしかかる負担量を理解できているのだろう。


年齢も年齢だから、無茶はさせないでほしいが、他に適役がいないのだから仕方がない。


(母さん不在の屋敷で、父さんの手綱を取りつつ、業務を滞りなく進める……。考えただけで地獄だな……)


エカード自身も領地でやらなければならないことを考えれば、人のことを言えないのだが、なんとなく憐憫の眼差しを向けてしまった。


その後、続報が届くまでのあいだ、マデリンデとエカードは不在時の備えをできる限りし、領地から知らせが届くと救援物資の手配に奔走した。


結局、やることが多すぎて、ほとんど寝られないまま領地へ向かうこととなった。

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