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第5話 レンナルトはどうすればよかったのか

重い気持ちのまま、特にすることもなく、気分転換にお茶でも飲もうとラウンジに立ち寄ったエカードは、ぎょっとして足を止めることになった。


ソファに座ってうなだれているレンナルトが目に入ったからだ。


エカードの記憶にある限り、レンナルトのこんな姿は見たことがない。


次期当主に決まって以来、ことあるごとに噛みついてくる暴力的な弟ではあるが、それでも可愛い弟に違いはなく。


(さすがに、放っておけないよなぁ……)


エカードは、レンナルトの隣に恐る恐る腰を下ろす。


「アニカのことか?」


こんなふうに自分が声をかければ怒りだすだろう。

けれど、このまま沈み込ませておくよりはましだと思ったのだ。


しかし、予想に反してレンナルトは無言でこくりと頷いただけだった。


これは重症だ。


「俺でよければ、話を聞くぞ」


エカードは一歩踏み込むことにした。


最近のレンナルトなら、即座に拳を振り上げて『はっ!? てめぇでいいことなんか、なんもねぇよ!』ぐらいの反応があってもいい声のかけ方だ。


だがレンナルトは、ちらりとエカードを見上げると、困った顔をしながら掠れたちいさな声でぽつりぽつりと素直に本音をこぼしはじめた。


「俺の周りって……、みんな頑丈なヤツばっかだろ……? だから、俺ァ戦闘力のない妹なんか、どう接すりゃいいか最初っから全然わからなかったんだ……」


そして気づけば月日だけが過ぎていたのだという。


アニカのほうも相手構わず距離を取っていたから、同じ屋敷に住み、同じ学園へ通っていたにもかかわらず、あいさつすら交わさない関係になっていたらしい。


別々の馬車で通うと言い出したのはレンナルトだったようだ。


「本当はさ、俺、兄貴なんだし、これじゃ駄目だって思ってたんだ。なのに、あいつ勝手に死にかけて……。どうして弱いんだよ、妹って」


エカードは頷きながら聞き役に徹していたが、心の中は突っ込みの嵐だった。


(いや、レンに比べたらみんな弱いし、今回のことは妹だから死にかけたとかそういう話じゃないし、そもそも『戦闘力のない妹』って普通じゃないかな?)


だが、そこはあえて口にしない。


場の空気が読める男なのである。


「俺ァ、どうすりゃよかったんだ。あいつに、なにをしてやればよかったんだ?」


そう言うと、レンナルトは真剣な眼差しをエカードに向けた。


(う……っ)


ものすごく頼りにされている感がある。


それに応えてやりたい。

ついでに、ここでこれまでの険悪な関係に終止符を打ちたい。


これは絶対に失敗することが許されない局面だ。


「そう……だな」


緊張はするが、頭脳戦は得意分野。

やれるはずだ。


「――俺はレンより弱いだろ? だからこそ、強い者に対して思う、強い者にはわからない気持ちがわかるんだ」


「……なんだよそれ」


「弱い者っていうのは、強い者の力が怖いんだ。強い者が思うよりも、ずっとずっと怖いんだ」


「俺は、むやみに乱暴なことはしねぇぞ」


「そうかな? ――いや、まあ、そうだね」


怒り狂うレンナルトに何度も追いかけられた記憶があるから反論しかけたが、ここは共感して次に進むべきだろう。


「でも、いくらレンが力を振るわないと思っていても、それが相手に伝わるかどうかは別の問題だからね」


「なんで」


「力ってものは、強くなればなるほど相手が本能的に恐怖を感じるものだからだよ」


「……俺は、存在するだけでアニカが怖がるから、なにもすんなって言いたいのか?」


「結論を急ぐな。まだ話は終わってないんだから」


レンナルトは続きを促すように、黙ってこちらを睨みつけてくる。


「そこにあるだけなら怖いと思えるものでも、自分を守ったり助けてくれるものなら怖くはないし、むしろ心の支えになる。これは強ければ強いほど、安心感が大きくなるんだ」


「…………あ」


どうやら、エカードが言おうとすることに気づいたようだ。


「お前なら、アニカの最強の支えになることができたはずだ。急に距離を縮めることが難しければ、最初は遠くから見守るぐらいでいいから、アニカに自分が味方だってことを言葉や行動で示すべきだったんだ」


「そっか。……それが、俺がアニカにしてやれたことか。もし、それができていれば、俺が絶対にアニカをあんな目に遭わせなかった。……なのに、接し方がわからないなんて言い訳して、アニカから逃げて……」


「後悔してるか?」


「……してる」


「だったら反省すればいい。反省したあとは、同じことを繰り返さなければいい。――そうやって、常に前を見て前進する。それが我が家の信条だろう?」


「ああ……。ああ、そうだな」


「アニカが意識を取り戻したら、次は全力で守ろう」


「…………うん」


エカードは内心で確かな手応えを感じていた。


レンナルトがここまで素直にエカードの言葉を聞いてくれたことが、ここ数年あっただろうか。いや、ない。


手に負えない猛獣が突然ゴロゴロ甘えてくるような、極めて稀有な事態である。


そんな感動をしつつも、レンナルトがここまで落ち込んでしまった原因を考えると、そこまで浮かれることもできず。


結局、母に続き弟へも、『アニカが元気になった未来』を前提とした励まししかできなかった。


(無力だな……)


エカードは静かに嘆息した。





アニカが生命の危機から脱したのは、騒動が起きてから一週間過ぎた早朝のことだった。


「奇跡としか申せません」


これは困惑しきった医者の言葉である。


最期が近いと夜中に呼び出された家族が、沈痛な面持ちで見守る中、突然アニカの身体が激しく痙攣し、そこから急に容体が安定するという謎現象が起きたのだ。


しかし、だからといって意識が戻ることはなく、今度は脂汗をかき、苦しそうに呻き声をあげるようになった。


その様子に慌てたが、医者曰く、最悪の状態は脱しているらしく、近いうちに意識も戻るということで、そこでようやく落ち着いた。


その一方で、講堂での詳細はいまだ不明とされている。


現場は保存され、調査は続けられているらしいが、使用された不明魔術のことも、事件なのか事故なのかすら、まったくわからないのだという。


もう任せていられないと思い、エカードも調査に加わりたいとバルナバスに希望を伝えたのに、あっさり却下されてしまった。


「バイスハイト卿が今回の事件に興味を持ったそうだ」


だから現場に入れる人間を制限しているのだという。


「……へえ? 魔術師殿が出てくるのか。今回の件、もしかして俺が思ってる以上にやばいのかな」


理由は公開されていないが、バイスハイト特例伯爵の当主は代々、当代のグランツ王のみに従う魔術師の位に就く。


例え相手が先王や王太子であっても、命令を下すことはできない。


その立ち位置や特別な扱いから、爵位の前に『特例』が付いているほどである。


「今回の件は、陛下の意向というより、バイスハイト卿たっての希望らしいが……」


「じゃあ、個人的に興味を持っただけって可能性もあるのか」


バイスハイト家の者は公的な集まりにめったに顔を出さないため、エカードもそこまで詳しいわけではないが、現在のバイスハイト当主は一年ほど前に代替わりしたばかりで、年若い男性だと聞く。


噂では、あちこちの魔術事件へ介入し、魔術捜査の現場から文句が出ているらしい。


(……アニカの件は、引っかき回してほしくないなぁ)


基本的に噂は話半分で聞くたちだが、それが自分に関わりのあることだと、ネガティブに受けとめがちだ。


「興味か。……それはあり得るだろうな。彼はボティガトス子爵家事件の調査も個人的にしているようだから」


ボティガトスの名を聞いて、エカードはすっと目を細めた。


「そういえば、あの事件も不明魔術の痕跡が発見されてたっけ。そりゃあ、興味を持って当然だね」


この屋敷では禁句となっている家名に、自分の声が尖ってしまうのを感じる。


「で? 魔術師殿の調査はいつから始まるの?」


「さあ、そこまでは聞いてない。ただ、今は王都から離れた場所で、別件の事故処理をしているらしいから、それが終わり次第になるだろうな」


「ふうん」


いつ来るかわからない相手のせいで、調査に参加できないのは納得できないが、相手が相手だけに文句も言えない。


(これは、俺も腹を括って構えておいたほうがよさそうだな)


エカードは、これまで離れていたぶんもアニカのそばにいたいという理由をつけて、期限を決めずに王都の屋敷へ滞在することにした。


領地で関わっていた業務は、時間的なゆとりのあるものばかりだったので、工夫をすれば王都にいても問題なく行うことができる。


領地にいる祖父へ事情を書いた手紙を送ると、むしろ家族との絆を深めるほうが大事だからと、すぐに快諾の返事が届いた。


生活の準備は、以前使っていた自室を整えるだけでよかったし、業務に必要なものも、大抵は王都で入手できたので滞りなく終わった。


あとはアニカが目覚めるのを待つばかり。


領地から甚大な自然災害発生を知らせる急報が届いたのはそんなときだった。

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